Clause 3.マキュレット・パーク タイラ邸 EST 6:16

Episode 31

「ティファニー……っ!」

 リーダーたちがいる裏庭のほうは後回しにし、勝手口から入って邸宅内をくまなく探していく。オートロックの玄関を蹴破る時間が惜しかった。

 さすが本部ネクサス事務官の自宅だけあって、やたら部屋数が多く、空間認知には自信があるエドゥアルドでも、探査済みの部屋を思い浮かべながら進んでいかなければ、堂々巡りしそうだった。

 それが焦りを強くさせ、知らず独りごちた名前にはもちろん、応答がない。

(ティファニーは強いんだ。ぼくなんかより、ずっと。きっと大丈夫)

 片手で数えられる部屋数を回りきりながら、エドゥアルドはそう自分へ言い聞かせる。

 それでも心配なものは、心配だ。

 ティファニーと相棒バディを組んでまもなかった頃、似たような状況があった。

 そのときは、自分がイージーミスをしたせいで負傷し、さらに重傷の要救助者と孤立した状況にあった。

 思い返すだけで当時の自分を殴ってやりたくなるのだが、そのときは迫る死の足音に本気で怯えていた。

 元より、この仕事レンジャーに就いたのも、半ば強制のようなものだった。


 ――オレの息子がそんなに弱っちくてどうすんだ! 度胸つけてこい!


(だからって、勝手にアカデミーに入れなくたっていいじゃないか)

 皮肉なことに、臆病な性格が『状況の正確な予測と重大事案の防止』に適していると評価され、気がつけば〈ユニフォーム〉を羽織っていた。

 もし、あの事案を経験していなければ、間違いなく自分は威療士を辞めて、遠くへ逃げていた。

(『要救助者も仲間も連れて帰るのが威療士よ』、かぁ。あのときのティファニー、かっこよかったな)

 思い返しただけで頬が緩みそうになり、エドゥアルドは慌ててその頬を叩いて気合いを入れ直す。

「もっとティファニーの役にたつって、決めたんだ。しゃきっとするんだ――?!」

 パステルカラーで染められた如何にも子ども部屋だとわかる部屋へ足を踏み入れたとたん、エドゥアルドの頭は一瞬で真っ白になった。

「……血だ」

 短毛の淡色の絨毯に散った、赤黒い点々。

 デザインと見間違うほどの少量だが、嫌でも見慣れた目にはそれが人の血液だとすぐにわかる。

「DNAを、照合」

 浅い息しかできない喉から無理やり、指示を絞り出すと、たちまち〈ギア〉に【解析中】のプログレスバーが浮かび上がる。

(たのむ……っ!)

 不謹慎だと充分に理解したうえで、それでも分析結果がを祈る。

 やがて、無限にも思える短い解析が済むと、その文字が〈ギア〉に流れた。

【――解析完了。威療士ティファニー・ロドリゲスのDNAと99.9998%の確率で一致】

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