Episode 29 - 救命の手段

「……事件、って?」

「タイラ氏ノ出張ガアッタ。ソノ日ヲ狙ッテ、ワタシと夫人ハ、氏ノ部屋へ忍ビコンダ」

「その部屋って、もしかして……」

「ココダ。ソノトキハ、モット大勢ガ」

 ティファニーに向けられていた眼が滑り、周囲を見回すような動作が続く。

 つられるように、ティファニーも改めて辺りへ目を巡らせた。体に力は入らなかったが、激痛は鎮痛剤のおかげで鈍い痛みに変わっていた。

 室内は、思った以上に広かった。

 倉庫、という趣が強く、壁の一角に、天井まである棚が寄せられ、保存食や日用品といったパッケージが目に付く。それらの棚を移動させて設えたのだろうか、残る壁際はガラス戸のある金属製の戸棚が埋めている。ティファニーの守備範囲ではないものの、チームメイトであるブランドンの自室で似たような棚を見たことを思い出した。

(たしか、フィギュアケース、っていうんだっけ)

 チームメイトのフィギュアケースと異なるのは、こちらのほうが空きが多いという点だった。びっしりとコレクションが並べられていたブランドンのケースと違い、ここの棚は空白が目立つ。

「大勢いたって……もしかして、人間?」

「アア。ソンナ予感ハシタガ、オゾマシイ光景ダッタ」

「うそ……っ。どうしてタイラさんはそんなことを……? そもそも、人がひとり行方知れずになったら、大騒ぎになるわ。捜査だってはじまるはずじゃない! ――まさか!?」

「姿ヲ消シテモ、誰モ気ニセズ、探サレルコトモナイナラ? オマエタチレンジャーナラ、思イ当タル節ガアルダロナ」

「ちがうわ! 涙幽者が差別の対象にされてるのは知ってる。でも、私らは彼らの命を守るのが仕事よ。こんなヒドイこと、するわけがないわよ! こんなことを平気でやる威療士がいるなんて……っ」

「レンジャーダケガ、スペクターニ関ワルトハ限ラナイ」

「っ?! じゃ、じゃあ、タイラさんが涙幽者をここに連れてきて、トゥルーの……トゥルーに力を使わせたってこと?」

「オソラク。ワタシモ詳シク知ラナイが、アノ方ハ、高イポジションニイルノダロ?」

「……本部ネクサス勤めの事務官は、たしかに私らより立場は上だけど……」

 威療士の仕事は、チームプレイだ。

 それは現場に出る威療士チームだけを指すのでなく、威療センターや本部ネクサスのスタッフも当然、含まれる。前者は負傷者の治療を、後者は威療士のサポートを担うというようにだ。

 さらに本部ネクサスは、威療士制度そのものを維持するための、行政機関としての側面も併せ持つ。ただ、いわゆる政治まつりごとの領域で、普段、威療士が関わる機会は皆無に等しい。

 正直、ティファニーにはよくわからないジャンルだったし、あまりよい印象もない。

(面接で落としてきたの、いつもスーツ組だったし。現場に出もしないで、威張り腐っちゃって)

 だが、彼らが一定の地位を築いていることは知っていた。

 アシュリーはよくチームに対し、「媚びる必要はまったくありませんが、事務官とはまあまあの関係を保ってください。彼らの機嫌を損ねると、ただただ面倒ですので」と言っていた。アシュリーがそう言うなら、ティファニーとしてはただそう努力するだけだ。もっとも、「事務官の相手をするくらいなら、ボクは喜んで涙幽者を選びますよ」とも、チームリーダーは言っていたが。

「タイラ氏ハ、日頃カラ『ドレスコードダケデハ、スペクターニ対処デキナイ』ト、仰ッテイタ。ダカラ……」

「だから涙幽者を人形に変えたっていうの?! しかも……息子の手をつかって!」

 思わず大きな声を出しそうになって、慌てて押し殺す。幸い、トゥルーはまだ、部屋の端で人形ごっこに夢中なようだった。

「タイラ氏ガ、トゥルーニコレヲヤラセテイタノハ、間違イダト、ワタシモ思ッテイル。――ダガ、オカゲデ、ワタシハ助カッタ」

「……助かった?」

「言ッタダロ。アノ日、事件ガ起キタト。タイラ氏ハ、予定ヲ切リ上ゲテ、オ帰リニナッタ。鉢合ワセシタ夫人ハ、氏ヲ激しく責メテイラシタ。息子ヲ、道具ニシテイルト。――ソシテ、夫人ハ“染マッテ”シマワレタ」

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