Episode 28 - たとえ子でなくても

 ――あの子が、トゥルーが生まれたときのことはよく覚えている。


 タイラ夫人は二人目のお子さんだったが、たいそうな難産だったという。

 トゥルーの姉であるフォリナーの頃から、タイラ宅のシッターとして雇われていたワタシは、ご自宅でフォリナーのお世話をしながら、ご夫妻と新しい家族の帰宅を待っていた。

 フォリナーが寝付いた頃、ようやくお帰りになった夫人は、目に見えてやつれていらっしゃった。だが、その表情は明るく、腕に抱いていらっしゃった新しい命は、それは可愛らしかった。


 ――そして、最初にトゥルーの異変に気がついたのは、ワタシだった。


 トゥルーは赤子の頃から、人形や模型といったミニチュアに興味を持っていた。いや、それ以外のおもちゃには全く関心を示さなかったといってもいい。

 シッターとして当然の責務ではあるが、ワタシは子どもたちに渡す物には細心の注意を払い、衣服からおもちゃから、全て暗記してメモを取っていた。

 ある日、ワタシは身に覚えのないおもちゃを握り締めているトゥルーを目にした。それは蜘蛛のミニチュアで、不気味なほどにリアルな造形をしていた。

 部屋はいつだって掃除を欠かさなかったが、タイラ家の教育方針で子どもたちにはなるべく大自然に触れてほしいというご要望から、よくトゥルーを庭に連れていき、芝生に寝かせていた。

 蜘蛛のミニチュアのことをご夫妻とフォリナーにも尋ねたが、誰も渡した覚えはないといった。


 ――それからまもなくのことだった。芝生で遊んでいたトゥルーが、寄ってきた小鳥に手を伸ばし、に変えたのは。


 初めは、ご夫妻も信じてくださらなかった。それは無理もない。ワタシだって、直に見ていなければ信じがたい話だ。

 だが、トゥルーの力は、日を追うごとに強くなっていった。

 もはや直に触れずとも、指差すだけで生き物を模型に変えられるようになっていた。その一方で、トゥルーは模型から元の姿に戻すことができるともわかった。例の小鳥の模型を使い、ワタシが「空を飛べるようにしてあげてほしい」と訴えると、トゥルーの眼が黄金色に色付いて、何事もなかったように小鳥は息を吹き返して飛び去った。

 しかし、トゥルーの力を頑として信じようとなされなかったタイラ氏は、ワタシの反対を押し切ってトゥルーを動物園へ連れていくと言い張り、案の定、すぐに真っ青な顔を浮かべて帰ってきた。何があったかを口にはされなかったが、察しはついた。


 ――トゥルーのことを思えば、ご夫妻の信頼を裏切ることになっても、あの時点で彼を連れて姿を消すべきだったのかもしれない。


 それからタイラ氏はワタシをトゥルーに会わせてくれなくなり、ご自分の部屋に二人っきりで丸一日、閉じこもるようになった。夫人も心配していたが、ワタシにはどうすることもできなかった。


 ――そして、事件は起こった。

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