Episode 26 - 迫り来る巨躯
「……うっ」
猛烈な寒気を感じて、ティファニーは眉をひそめながらゆっくり瞼を開いた。
「ここ、は……」
薄暗い空間だった。
はっきりしない視覚は周囲の輪郭を得ず、自分が固い床に寝かされていることだけが辛うじて感じられる。仰向けに見上げた天井は、白色の
体の向きを変えようとし、床に手を突く。たちまち、全身を貫いた鋭い痛みに息が詰まり、音にならない悲鳴が口から漏れていく。
「はあ……はぁ……私……凍って、る……?」
無理に動くのは得策ではないと察して、深呼吸でなんとか自分を落ちつかせていると、手が腹部に触れた。返る感触は触れ慣れた自分の体でなく、痛みさえ感じるほどの、ツルツルした氷のそれだった。
「トゥルーを避難させようとして、それで……」
絶えず刺激してくる冷気のおかげで、徐々に思考が働くようになってくると、直前までの出来事が一気に蘇ってきた。
自分は、玩具を取りに部屋へ向かったトゥルーを追いかけていた。そこで彼の人形を目の当たりにした直後、鋭い痛みが腹部を貫いた。
「――無理ニ、動カナイホウガ、イイ」
「だれ?! ……っ!」
唐突に部屋へ木霊した、不明瞭なうめき声。尋ねるまでもなく、威療士としての経験が危険を察して、体を立たせようとする。が、まるで腹部が床と一体化したように微動だにせず、ただ激痛が結果として返った。
「ヒドイ、ケガ、ダ。血ヲ止メナイト、死ヌ」
「トゥルーはどこなの! あの子に手を出したら、ゆるさないからっ」
声の主は依然として見えないが、今すぐにこの場を離れなければならない。年端もいかないトゥルーが、涙幽者と出くわしてどうなるか、想像したくはなかったが、それでも彼を探し出して仲間たちと合流するのが先決だ。
(コンソールはどこなのよ! あれがあればSOSが送れるのに……っ)
〈ユニフォーム〉も〈ギア〉も手元にない以上、
「――おねえちゃん、これ?」
「トゥルー!? そこいちゃダメ! 走って! エドゥアルドを……さっきのお兄さんを呼んできて!」
あどけない声は返事を返さず、代わりにキュキュっという小刻みな足音がティファニーの傍へ寄ってきていた。
「おねえちゃん、だいじょうぶ? ねぇ、ぐりぃ89。おねえちゃん、汗びっしょりりだよ?」
「ソノレンジャーハ、疲レテルンダ。ソットシテ、アゲナサイ。ウデワハ、ワタシニ」
「うん、わかった。おねえちゃん、ゆっくり寝てね」
「まって、トゥルー!」
視界の隅に捉えた小さな輪郭が、今度は離れていく。
代わって、ドンドンっと、重厚な足音が迫り、ぬっと巨躯がティファニーの顔を覗き込んだ。
「ホカノレンジャーヲ呼ブツモリダロ? ソレハ、サセナイ」
「どうして……あなたはだって……」
「“染マッテイル”、カ? アノ子ハ、ワタシタチの恩人ダ。レンジャーニハ、渡サナイ」
曲がった上背に乗った、
そこから覗く鋭利な牙の列が、対照的な言葉を紡ぎ出す。
トゥルーが、ぐりぃ89と呼んだ涙幽者の白濁した双眸が、ティファニーの顔を見下ろしていた。
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