Episode 25 - 息子

「――っ! サマンサ! ティファニーの援護に行ってくださいっ!」

「ラジャ――」

 踵を返しかけたサマンサの背後へ、鞭のようにしなった枝が迫る。明らかにその背を狙った一撃は、だがに阻まれる。

「――――」

「あいにく、こちらも伊達に長く威療士をやっていませんの、でっ!」

 そのまま走っていくサマンサの背を視界の隅に捉えつつ、今度はアシュリーが一気に加速する。

 サマンサのユニーカは、その外見に相応しく、炎系だ。植物系のユニーカが多い〈敬愛アドレイショナ〉との相性はすこぶるいい。それに、彼女の〈不意打ち無効フレイム・ヘア・シールド〉はほとんど自動的に視界の外から来る攻撃を防ぐ。

 ティファニーの身に何が起こったのかはわからないが、助けが必要な状況にあることだけは間違いない。攻防のバランスが取れているサマンサならば、どのような状況でも力を発揮してくれるはずだ。

「アノ子を――トゥルーヲ――」

「安心してください。お子さんたちは無事ですから――」

 幾本も迫り来る枝の突きを、〈ユニフォーム〉のアシストを借りて跳躍し、涙幽者へ肉薄する。右手には抜針してある〈ハート・ニードル〉が、いつでも直心穿通できるよう握ってあった。

「――チガウッ!」

 車中の涙幽者にサイドからアプローチするのは困難と判断、側転カーウィールの要領で体を捻ってフロントへ回る。グローブのパワーを使ってフロントガラスを叩き割るまでもなく、それを予期していたように一本の太い枝が、まるで布に糸を通す手易さで剛性のガラスを突き破った。

「ぐっ……!?」

「トゥルーに――ムスコに、手ヲ出スナ」

 頭を狙ったと予測した枝が、急降下し、アシュリーの右足に絡みつく。そのまま釣りでもするように逆さに持ち上げられ、不意を突かれたことで手から滑り落ちた〈ハート・ニードル〉がカランカランと軽い音を立ててボンネットへ跳ねた。

「ですからタイラ! お子さんはボクたちが保護――」

「――アノ子ガ、スペクターダ」

「……えっ?」

「トゥルーノチカラハ、ワタシノヒデハナイ。ダガ、ワタシナラ、トメラレル」

「それじゃあ、あなたが〈敬愛アドレイショナ〉を発現したのは――!?」

「アア。ワタシハ、ムスコヲアイシテイル。ダカラ、アノ子ガ“ソマッテ”シマウマエニ、ワタシガトメル」

 逆さになった視界の中、白く濁った涙幽者の双眸から透き通った雫が溢れていく。

 それは、まるで天へ届けと込められた願いのように、アシュリーには見えた。

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