Episode 21 - 隠されたユニーカ
「――
舌の上で転がしたその単語は、まるで氷を呑みこんだようにティファニーの喉を通っていく。無邪気な笑顔から告げられたその言葉は、あまりに禍々しいものだった。
一つとして同じものは存在しないと言われる、
だから、個性的な名前を付けるのは、珍しくない。
(だけど、もしそのままの意味だったら……)
「私がさわってもいい?」
「うん、はい、ぐりぃ46だよ。ひんやりしてて、きもちいいんだ」
手渡された人形を、ティファニーは危うく落としそうになった。冷たいどころのものではない。両手より少し長いその人形の表面は、完全に凍っていた。持ち主に気づかれないよう、ハンドサインで〈ギア〉へ検査コマンドを送ると、【反転感情を検知。種別:〈
「……ねえ、トゥルー? お人形たちはこれがぜんぶ?」
「ううん。パパのおへやにもたーくさん、あるんだ」
短い腕をぐるりと回して、トゥルーがその規模を教えてくれる。
(全員つれてかないと……)
「わわっ。なんのおと?」
地響きに似た振動が、自分たちのいる場所まで届いてくる。オープンになっている通信回線に飛び交う言葉から察するなら、チームメイトたちが涙幽者と接触した余波ということになるのだろう。〈ギア〉には、室内を透過し、裏手のほうで激しく動く輪郭がいくつも重なっていた。
(時間が、ないっ)
威療士として、涙幽者を見捨てるわけにはいかなかった。人形のバイタルの検出ができない以上、その生死を確かめる術はないが、少なくともユニーカが発現しているということは、生きている証しだ。
が、目の前には年端もいかない子が、不思議そうな表情を浮かべてこちらを見上げている。ガレージにいるという涙幽者の救命活動が始まれば、屋内であっても安全とは言えない。
決断しなければならなかった。
「トゥルー。手伝ってくれる? お人形たち、私の〈ユニフォーム〉に運びたいの」
「おねえちゃんの、ピカピカする服のこと?」
「そ。このピカピカする服はね、とっても丈夫なの。こうやって包んでいれば、傷がつかないから」
コンソールから〈対衝撃〉モードを選択し、素早く袖を解く。【警告。救命活動中の〈ユニフォーム〉脱着を検知】という警告を無視し、トゥルーと一緒に人形を包んでいく。〈ユニフォーム〉なら外からの衝撃に強いだけでなく、内部からの衝撃にもある程度は耐えてくれるはずだ。
「よしっと。その人形も渡して」
「やだ。おねえちゃん、つれてっていいっていったもん」
「トゥルー。確かに私、そう言ったわ。ごめんなさい。でも、いまはあなたの命を守るのがいちばんなの」
「やだぁ! かえしてー!」
奪い取るようにしてトゥルーの手から人形をもぎ取り、〈ユニフォーム〉の中に放り投げる。密閉を確認し、泣き叫ぶトゥルーを抱え上げて、玄関を目指す。
「おろして! ぐりぃをかえして!!」
「ごめん。ぜんぶ終わったら――」
ドアを視界に捉え、ホッと安堵する。――その一瞬の油断を突かれた。
【重大事項発生。装着者の異常なバイタル上昇を検出。推測:重度の外傷】
息が詰まるほどの強い衝撃を腹部に感じ、おそるおそる見下ろすと、半透明の氷の棘が突き出していた。周囲から血が滲み出していき、体から力が抜けていく。
(トゥルーだけでも……逃がさなきゃ……)
暴れるトゥルーを抱き留めておけず、ティファニーの腕からするりと小さな体が離れていった。
「――――」
「ぐりぃ!」
聞き慣れた咆哮に続いて、刺し貫かれた氷柱が引き抜かれる。途端に襲ってきた激痛のせいで、トゥルーの喜ぶような声が聞こえた。
(――え?)
膝から崩れ落ちていく体を、ティファニーはなんとか方向転換させ、トゥルーの様子を確かめる。
暗転していく視界の中、黒い巨躯に抱きついているトゥルーの笑顔がはっきりと見えていた。
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