Episode 19 - デレクの決意

「……〈敬愛アドレイショナ〉……」

「あー! さてはルーキーくん、チックルプの感情分析わすれたー?」

「いや……それは……すいません」

 燃える朱の髪色の少女威療士――研修先チームのサマンサに、ぐいっと顔を寄せられ、ついデレクは目を泳がせてしまった。確か資料によれば、デレクと年齢が近く、パンチパーマのヘアスタイルが表している通り、炎系のユニーカを操るという。

(めっちゃ、腹がすくな、サマンサさんのフレグランス)

 じきに20代へ突入しようというデレクだ。異性に対し、免疫がないほどウブでもない。しゃべり方のせいだという自覚はあるが、いちおう、これでも将来を約束した相手が故郷にはいる身だ。

 鳴りそうな腹をとっさに押さえ、デレクは目の前のことに意識を集中させる。

 倉庫に似た平屋根の天井を突き破って、チームリーダーが言う“ツタ”とやらがウネウネと天を突いていた。ツタは横方向にも枝を伸ばしつつ、着実に成長しているように見える。

「そか。植物系の涙幽者か」

 その光景と、チームリーダーがこぼした〈敬愛アドレイショナ〉という単語に、記憶がつながっていくのが感じられた。

「せいかーい。アタシたちも数えるくらいしか見たことない、レアなタイプにはちがいないけど」

「デレク。〈敬愛アドレイショナ〉の特徴は何ですか」

「あー、扱いがメンドいんですっけ」

「ぶっ。ストレートな言い方だなあ」

「サマンサ。……〈敬愛アドレイショナ〉に分類される涙幽者は、刺激さえしなければ無闇に暴れることはありません。いわば、踏みとどまっている状態です。ですが、一度反転が激しくなれば……おっと」

「講義はあとにしてくれないか、リーダー!」

〈ギア〉に届いた接近警報とほぼ同時に横へ跳び退る。

 見回してみれば、チームメンバーのそれぞれも回避行動を取った後らしく、先頭を行っていた大柄の威療士が、のたうち回るツタにしがみついて振り回されていた。

『いい反応です。では、マイクの手伝いを任せましたよ』

「オレがっすか?!」

 イヤコム越しに面白がるチームリーダーの声が届き、サムズアップを残した蒼い〈ユニフォーム〉と燃えるパンチパーマが“ツタ樹”の根元、ガレージらしいほうへと駆け出していた。

『聞いたろ新人! さっさと動け!』

「動くたってどうすりゃいいんすか!」

『んなもん、こいつを止めるに決まってるだろが! このまま枝が伸びりゃあ、周囲に被害が出ちまうだろ!』

「切るのはダメなんすよね!」

 明らかに速度を増してこちらへ飛んでくる枝先を辛うじて躱しつつ、デレクは必死に頭を巡らせる。、という感覚がしない以上、この枝は単に伸びているということなのだろう。それでも当たれば重傷確実な威力ではあるが。

『あったりまえだろ! 切りゃあ、もっと手がつけられなくなるぞ! うおっ』

 太枝が交差しかけ、とっさに飛び退くマイクの姿が視界の隅に映る。今や、巨大な“ツタ樹”は敷地全体に広がりつつあった。

「刺激を与えずに、抑えこむ……だったら」

 矛盾しているようだが、理不尽だとは感じなかった。そもそも、威療士を志すと決めた以上、矛盾くらい解きほぐしてみせる覚悟はしている。

「で、どうする、新人」

「マイクさん。この植物、スニヴェラー……涙幽者から生えてるんすか?」

「生えちゃいるが、こいつは反転感情が暴走させたユニーカそのもんだ。ぜんぶ体の一部、とは言えんだろな」

 返った予想通りの答えに、デレクは短い息を吐いた。

敬愛アドレイショナ〉に限らず、涙幽者の凶暴な個性ユニーカは、マイクの言うように反転した感情がトリガーしたものだ。

「……って習ったけど、実感わかねえわ、これ」

「何ボソってる? リーダーたちに注意が向かんように引きつけるか。まえはそうやって――」

「――いや。もうちょい耐えてもらえます? そのあいだに、オレが

「……おまえのユニーカか? 他人にとやかく言えた義理じゃないが、資料のとおりならそいつはけっこう危ないんだろ。特に、おまえ自身が」

「まあ、腹はくくってるんで。オレはどうなったっていい。威療士のスキルさえ磨ければ、それでいいんす」

 自分は弱い。弱かったから、彼女を助けてやれなかった。

 だから。


 ――幸セにナって。


 そんなこと、できるはずがなかった。

「……わかった。その覚悟に免じて、顎で使われてやるぜ」

「あざっす」

 速まる鼓動に合わせ、体中を熱いパワー《祝福》が巡っていく。ユニーカの行使に邪魔な〈ギア〉を放り投げ、じーんと火照る両眼で対象を見据えた。

「――微少再構成ミキシング、開始」

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