Episode 17 - 命と家族

「ママは、どうしたの? お姉ちゃんたち、だあれ?」

「……私らは威療士で……」

 無垢な瞳から、問いかけられる、純真な疑問。その問いに、けれどティファニーは口が回らない。

 おそらく家の裏手にいるという家族を心配し、女性は急いで向かおうとしたのだろう。それは当たり前の反応だ。

 が、自分はそれを止めた。半ば無理やりに薬を打って、眠らせた。

 それが救命活動における威療士としての権限に則った正規の対応だとしても、幼子たちが見ている前で自分が彼らの母の意識を奪ったことには変わりない。リーダーたちが向かっている家の裏手に出現した涙幽者が、仮に一家の父親だったとしたら、自分は彼らから両親を取り上げたことになる。かつて、自分がそうされたように。

(私、は……)

 本当に、命を救っているのだろうか。

 幼い子らの母親を眠らせ、父親を拘束する。完全に涙幽者へと変異していれば、父親が再び目を覚ます可能性は低い。それを知った母親は、ひどく嘆き悲しむだろう。もし、その激情がトリガーとなり、母親までも涙幽者と化すれば、姉弟とおぼしいこの子らは、一気に両親を失うことになる。涙幽者の両親を持つことになった姉弟は、〈ビーコン〉を埋め込まれ、生涯そのレッテルと付き合わなければならない。

「――や、やあ。二人とも驚かせてごめん。ボクは、エドゥアルド。こっちのクールなお姉ちゃんはティファニー。ボクたちは、レンジャーだよ。聞いたこと、あるかな。ママのことは、ボクたちに任せて。疲れてたみたいだから、ティファニーお姉ちゃんがおねんねさせてくれたんだよ。ね?」

「そ、そうね。一時間もすれば起きるわ」

〈ギア〉と触診でもう一度、女性のバイタルを確かめ、ティファニーは今度こそ姉弟の目を見てうなずきかける。

 そのまま〈ギア〉越しにエドゥアルドを見上げ、唇だけを動かして感謝の言葉を形にした。

「お姉ちゃんたち、まっくろなこわいひとたちをつかまえるひと?」

「よく知ってるね。ボクたちは、その人たちを助けるのが仕事だよ。けっこう上手なんだよ?」

「ママは、まっくろになっちゃうの?」

「それはわからない――」

「――そんなことにはさせないよ」

 すかさず重ねられた相方の言葉が降ってきて、思わずティファニーはそちらを見上げる。エドゥアルドはこちらを見もせず、姉弟のほうへ進んでいくと膝立ちになって目線の高さを合わせた。

「ママは、ボクたちが必ず助ける。信じてくれるかな?」

「じゃあ、パパは?」

「パパはまだおねんね中かな?」

「ううん。さっき、おしごとにいったよ」

「そっか。きっとクールなパパなんだろうね」

「うん、パパはとってもカッコいいんだよ」

「パパは“すたー・べーす”にいったよ!」

 弟とおぼしい子が、無邪気に跳びはねてそう告げる。その愛称が指すものはただ一つしかなく、携行している浮遊担架に意識がない女性を移乗させたところだったティファニーは、その言葉にハッとした。

「……ねえ。もしかして、アナタたちのパパって、レンジャーだったりする?」

「ちがうよ。パパは、ほんぶでおしごとしてるんだ」

「……リーダー」

『ええ、聞きました、ティファ。いま、ブランドンがその子たちの父親が〈ネクサス〉の職員だと照合しました。特権事項特例5条の適用を申請中です。ガレージにいるようですが、派手になるかもしれない。ターゲットの家族と先に〈スターダスト・ピザ〉号へ戻ってください』

 救命活動中は常時、共有回線になっている通信越しに指示が届く。リーダーの判断に異論はなかった。威療士ではないとしても、本部施設である〈ネクサス〉の職員となれば、救命活動に対して拒否権を持つ。もし、そうなれば、明らかに周囲へ危害を及ぼすと判断できるまで、手出しできない。

「エド」

「パパはすごいな。それじゃあ、ティファニーお姉ちゃんとママと、病院にいこうか。すぐ帰れるようにお医者さんにお願いしようね」

 意図を察したエドゥアルドが、さりげなく姉弟の背後へ移動し、その視線を遮りながら移動を促す。感情反転者に最も近しい彼らは、真っ先に涙幽者の標的となる。そうなる前に、安全に避難させる必要があった。

「ぼく、おもちゃとってくる!」

「あっ、待って!」

 とことこと、素直に進んでいた弟が、唐突に踵を返して住居の奥へ駆けていく。とっさに伸ばされたエドゥアルドの手はするりと空振りし、ティファニーの〈ギア〉には裏手のガレージに接近しつつあるチームメイトたちの輪郭が映し出されていた。

「その子と母親をお願い!」

「ティファニー!」

 見せてはいけない。

 その焦りに焦がされながら、ティファニーは小さな背を追いかけた。

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