Episode 14 - Morning Patrol

「――♪♪」

 お気に入りの楽曲をハミングしながら、〈ギア〉にオーバーレイされた情報へ目を走らせる。

(41号線は、今朝も異常なしっと)

 カシーゴ・シティの中心街へ向かう、幹線道路。そのを法定速度ギリギリの速度を維持しつつ、リエリーはひた走る。早朝であるとはいえ、リエリーを追い越していく自動車の数は疎らだ。

(ま、おかげで周りが見やすいけど)

 片側二車線のスチールグレイのアスファルトの両脇に立ち並ぶ、住居や店舗は、中心街の天を突く摩天楼と異なり、背が低いものが目立つ。いわゆる郊外にあたるマキュレット・パーク地区は、住宅街といった趣が濃く、歩道にはランニングする人の姿や犬の散歩をする人影がちらほら見受けられた。

(こういう閑静なとこほど、出るときは出る)

 地平線の彼方まで続くかと思われる57号線の遠方に、目的地であるの偉容を捉え、だがリエリーは早る気持ちを抑えてあくまで淡々と住宅街を進んでいく。

 人口が多い場所ほど、確かに涙幽者の出現は多い。が、その分、威療士レンジャーの数も多い。あちらリバー・ウェストには〈ネクサス〉があるわけだから、慢性的な人材不足とはいえ人手はままある。

 そして、少しでも郊外に離れると、途端に出動のレスポンスは下がっていく。

 涙幽者の出現には感情が大きく関わるわけで、街中よりも住宅街のほうが発見が遅れることが多い、というのがリエリーの経験則だった。だからもっと、パトロールの回数を増やすよう、幾度となく言ってはきたのだが。

(ふーん、今日は〈スターダスト・ピザSP〉が当番か)

 パラボラアンテナよろしく突っ立てた三角耳に、独特のAGエンジンの高周波音を捉え、上空を見やると、すかさず〈ギア〉が救助艇の輪郭を威療士であることを示す蒼い枠線で強調してきた。ポップアップされた威療士チームの情報を見るまでもない、円盤状の機影と、故意に傾斜を付けて飛んでいるおかげで目に付く、機体に塗布されたのデコレーション。仲間内や地域住民から“空飛ぶピザ”の愛称で呼ばれるその救助艇が、リエリーが昔、怪奇映画で見た飛行物体さながらゆっくりと回転しつつ、低空を滑っていた。

(たしかあのピザ、回転させるためだけに余分に一基、エンジン積んでたんだっけ。店長チームリーダー、やるぅ)

 実用性には全く貢献しない、むしろ整備面を考えれば手間しか増やさない魔改造だが、そういういっそ清々しいまでの個性が、リエリーは好きだ。付け加えれば、そういった法スレスレのカスタマイズを、文句を垂れながら施してくれるエンジニアは、カシーゴ広しといえど一人しかいない。その意味でも、威療士チーム〈SP〉には親近感のようなものを感じる。

「――――」

「……おでましだ」

 だからリエリーの鋭敏な聴覚が、距離200mほど前方から聞き慣れた咆哮を捉えたとき、迷いはなかった。

 右腕に装着したコンソール、その手首に接したダイヤルを一気に捩り回し、回したその左手でハンドサイン――“非番”を通知する印を切り結ぶ。

 私服のカラーリングだった〈ユニフォーム〉が、瞬時に威療士の証たるホープ・ブルーへ様変わりし、背にはそのエンブレム〈二対の翼ダブル・ウィング〉が刻まれているはずだ。

「ピザ屋も受信したか。よしよし、優秀優秀」

 見当を付けた方角と同じほうへ向きを変えた円盤を認め、リエリーは口元が緩むのを抑えられない。〈ギア〉に表示された時刻へちらっと目をやると、早めに家を出たことが功を奏し、まだ充分に余裕があった。

「そんじゃ、お手並み拝見するよ、レイ」

 そうして、出発時とは桁違いの勢いをつけて、リエリーはグライダーのアクセルを蹴り込んだ。

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