Episode 13 - 希望のブースター

「――グゴォォー……」

「うっわ。ジャック、完全につぶれてるし」

 リビングに降りていくと、涙幽者のうなり声にも引けを取らない豪快な寝息が聞こえてくる。ソファに目をやれば、手作り感あふれる“バースデイシャツ”を着たままのジャックが、気持ちよさそうに爆睡していた。

「そんなにアルコール、美味しい?」

 放置して立ち去るわけにもいかず、かと言って部屋から毛布を取ってくる時間も惜しい。

「いいもん、みっけ」

 見回すとちょうど、キッチンの壁掛けにビッグサイズのエプロンを見つけ、リエリーはひったくるように取り外す。振り返り際、ダイニングテーブルに置かれたものが目に入った。

「ルーらしいや」

 持ち運びしやすいようラッピングされたサンドイッチの脇に、バースデイカードを使ったメモで『頑張って』と書かれてある。ルヴリエイトのことだ。きっと起きているのだろうが、気を遣って姿を見せないのだろう。

 昨晩はあれから結局、ルヴリエイトと話はしなかった。

 来客の手前、ディナー中は普段通りに努めたものの、中座した後はそのまま部屋に籠もっていたし、パールホワイトの正十二面体キューブが訪ねてくることもなかった。


 ――もし一人だったら、死んでるところよ。


「……そんなこと、わあってるし」

 ルヴリエイトの鋭い指摘が思い出され、リエリーは知らず、言葉をこぼしていた。

 威療士が、一人でこなせる仕事ではないことくらい、重々わかっている。それが理解できないほど自惚れたつもりはなかった。

 ただ、自分ならやれるという自信はある。

 が、それを現場で試すのはあまりにリスクが大きいから。

「だからチームを作るんじゃん」

 胸の中にある苛立ちを、握ったエプロンへ込めて睡眠中の客人に投げ付ける。「ふがっ?!」とコミカルな音を出した客人だが、目を覚ますことはなく、投げつけられたエプロンを大事そうに手繰って自らの体に掛けていた。

「やっば。降りてくる時間じゃん」

 予想外に考え込んでいたらしく、ふいに視界の隅に捉えた時計が、経過した時間を告げていた。本部ネクサスの事務の受付にはまだ余裕があったが、今は誰とも顔を合わせたくない気分だった。

「……もう」

 足早に玄関へ行きかけ、誰にともなく愚痴を漏らす。そうしてダイニングへ引き返し、ラッピングされたサンドイッチを引ったくって、今度こそ玄関に掛けてあるリュックへ押し込んだ。


「……レイ? マチルダと帰ったんじゃ?」

「言ったろう、儂は船の手入れをすると。あれは先に帰らせた」

「そ」

〈ハレーラ〉のメインハッチをくぐると、シリンダーの影に見慣れたインディゴの背が見えて、返った言葉にリエリーは軽く肩をすくめる。

 機体の側面へ回り、格納した愛用のキック・グライダー〈ウィンド・ゲイル〉を地面に降ろす。蛍光グリーンをベースに、リエリー自らカスタマイズした小型の浮遊式滑空板ホバーボードは、ワンタッチで起立状態へ変身し、リエリーはリュックへ仕舞っておいたブースターを取り出した。

「もう使うのか」

「うん。急いでるし。なんかダメだった?」

「そういう訳じゃないんじゃが……。公道で使う分にはな……」

「わぁってるって。公道で吹かしたりしないってば。速度違反でキップ切られてライセンス停止とか、あたし恥ずかしくて死ねる自信ある」

「お前さんならやりかねんな」

「どっち? レイのブースターでしょっ引かれるほう?」

「減らん口め。ほれ、さっさと行け」

 シッシと手を振ると、インディゴの背が再びしゃがみ込んだ。気に留めず、接続したブースターをオンにすると、たちまち〈ハレーラ〉のメインエンジンと紛うほどの高周波サウンドが朝の公園に反響する。

サイコーAwesome。やっぱレイはわかってるね」

 贈り主をハグしてやりたくなるのを堪え、リエリーはひょいっとグライダーへ飛び乗ると、躊躇わずに踵を一気に踏み付けた。


「……」

 瞬く間に豆粒サイズに消えていくモスグリーンの後ろ姿を、レイモンドは白眉をぐいっと傾けて見やる。確かに、公園内は公道ではないのだが。

「おはようございます。お気持ちはとってもうれしいんだけど、レイモンド。あの子に“加速系”のプレゼントは、ちょっとヒヤヒヤしちゃうわね」

「……反省しとる」

 おそらくずっと二階から見守っていたのだろう一家の母がこぼした苦笑に、レイモンドはインディゴの背を縮めるしかなかった。

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