Episode 12

 普段の起床時間より早くセットした目覚ましが、ジジジっと、聞き慣れたサウンドを奏でる。

 嫌いなカーテンを取っ払った部屋の窓向こうは、まだ薄ら暗く、大都市カシーゴとは言え、街の中心から離れた公園内のひと気は少ない。

「ついに……」

 目覚ましを、鳴ると同時に叩いて黙らせ、既に済ませた着替えのまま、ベッドにあぐらをかいて呼吸を整える。

「この日が……っ!」

 日付変更から何度目になるかわからない、確認を繰り返すため、これまた装着済みの〈ギア〉へ、両手を繰って指示を出す。

 2024年9月12日。自動的に書類へ入力された日付を確認。

 昨日までは【条件未達成】で赤くマークされていた年齢の記入欄に、数字が一つ増え、それを祝福するようにマークが緑に変わっている。

「うっし」

 軽いガッツポーズを繰り出し、続けて提出書類の隅々まで目を通していく。とっくの昔に記入を済ませてあるが、慢心はしない。それは威療士になって、なおさら心掛けるようにしている。命を救うのも、自分がそれをできるのも当たり前だが、他のことで当たり前など存在しない。

「きのうの出動記録は……追加しなくていっか」

 いけ好かない紫の瞳を思い出しかけ、リエリーはブンブンと首を振って嫌な記憶を追い払った。

 今日は待ちに待った日だ。そんな大切な日の始まりを、胸くそ悪い過去のことで穢したくない。

〈ギア〉に表示されている【業績】欄には、既にスクロールしなければ末尾まで辿り付かないほど、びっしり救命活動の記録で埋めてある。これでも一部に過ぎず、特に上手くいった案件だけ抜粋したものだ。足りないというのなら、後は本部ネクサスで照合してくれればいい。

「やっと、ここまできた」

 一人部屋に、返る返事はない。家人たちは遅番だし、昨晩はリエリーのパーティでずいぶん盛り上がったようだから、当分は起きてこないだろう。二人ほど、朝にはめっぽう強い人物の顔が思い浮かんだが、この部屋に用がある足音は聞こえない。

 正直、あまり感慨深さはなかった。

 今日を目標に定めてからというもの、ずっと準備を重ねてきた。途中で歯を食いしばるような辛いこともあったが、この時のことだけを考え、耐えた。

 だから嬉しさよりも、解放感や安堵に似た気持ちのほうが強い。

「これで、あたしのチームが作れる。もう、ロカが命をかける必要も、なくなる」

 どちらも本心だった。威療士としてやっていく以上、自分のチームを持つのは当たり前の目標だ。それは何も、リーダーとしてふんぞり返りたいからではない。

「ま、そういうチームもいるけど」

 自分のチームを持つということは、実力の証明だ。

 最終確認を済ませ、五部もバックアップを取った『個人威療士開業届』自体はただの書類に過ぎないが、この書類を提出できること自体が一つの証明であり、開業許可が下りればさらに認められたという証になる。

「あたしは、チームをこの国最高にしてみせる。ロカを認めなかった奴らに、目にもの見せてやるんだ」

 知らず、グローブを嵌めていない両の手が、シーツを握り締めていた。決意を燃やす怒りが体を駆け抜け、密閉状態の室内にふわっと風が渦巻いた。ユニーカ行使特有の目の疼きを感じ、だが敢えて抑える代わりにその感触を維持する。

 思考から、知覚から、余分なものが消えていき、リエリーはこの地球ほしを包み込む大気とつながっていた。

 ユニーカの範囲を広げていけば、街全体をことも不可能ではない。が、今は代わりに目の前に意識を集中させる。

 自分の手足のように、空気の流れを把握し、机の上を撫でていく。昨晩、バースデープレゼントとしてレイモンドにもらったブースターをそっと持ち上げ、手繰り寄せる。

 別の空気の支流を作り、同時にそちらを自室の入り口、〈ユニフォーム〉の充電ステーションへ差し向けた。最初のうちはアクリルドアを開けるのにも四苦八苦していたが、今ではチャージャーからグローブを取り外し、ドアを閉めるのも余裕だ。

「……ふわ~あ。そろそろ行くか」

 少し無駄に体力を使ってしまった感は否定できないが、ユニーカを使ってグローブをアクティベートし、拳を握ったり開いたりしているとつい、頬が綻んだ。

 ちゃんとユニーカを制御できている。それどころか、ほとんど自分の指先さながら正確に操れる。ユニーカをここまで上手く使える威療士は、カシーゴ広しと言えど、他に見たことがない。鍛錬の賜物だ。

 愛用のグライダーに取り付けるべくブースターを脇に抱え、勢いをつけて立ち上がる。

「帰ってきたときは、チームリーダーだ」

 ぐるっと部屋を見回してから、リエリーは自室を後にした。

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