Episode 9 - 若きレンジャーと老メカニック
玄関から聞こえてくる騒がしいやり取りは、救助艇〈ハレーラ〉の分厚い壁を突き破って、船尾の格納庫まで容易に伝わってくる。
人数こそ多くないものの、リエリーの狼耳が捉えた客人は皆、古い馴染みばかりだった。それこそ、リエリーにとって親戚と言って良いくらいには長い付き合いだ。
同年代の友人と言える友人がいない代わり、街には彼らのような顔見知りが大勢いる。知り合ったきっかけはさまざまだが、共通して言えるのは彼ら大人のほうが、リエリーには話がしやすい。
「早く組み立てないと」
だから早く、自分が顔を出すべきだ。皆、自分の誕生日を祝いに来ているのだから、それが
「ああっ、もう!」
が、焦るほどに、器用なはずの指先が、おぼつかなくなる。〈ハレーラ〉の
「――上下が逆さだ。ボルトの位置も間違っとる」
「あっ……レイ爺ちゃん」
呆けたリエリーの呼びかけには応えず、オーバーオールのずんぐりした姿が後部ハッチからのっそりと歩いてくる。
「ほれ、見してみろ」
そうしてきっちり刈り上げた総白髪に太い白眉の、巌のような顔が薄暗い格納庫の明かりに浮かび上がる。突き出た口吻の髭が手入れされている一方、顔中を覆う毛は灰色がかっていた。
差し出された武骨な掌に、リエリーが部品を手渡すと、外見からは想像もつかない手際の良さで部品が組み換えられていく。
「ふん。旧式のイヤコムに増幅器を接続してAGエンジンのクリスタルを付けたんじゃな」
「マチルダの声が聞こえたからちょっとやり替えてたんだけど。……どう思う?」
「増幅器自体が高出力なカスタマイズ品なうえに、一般には出回ってない加工クリスタルを使っとるんじゃ。下手すりゃあ、婆さんの耳が吹っ飛ぶぞい?」
「マチルダ、人工内耳も補聴器も嫌だって言ってたじゃん。だから非装着型がいいと思って。そのサイズで安定して浮かすには、クリスタルしか思いつかなかった」
「安全装置はどうじゃ?」
「電圧センサでリミッターを作ってあるよ。デッカい音が急にしたときは、クリスタルの上昇特性で浮上して散ける……はず」
「はず、か……ふむ」
レイモンドはリエリーが即興で組み立てた特製補聴器を、しばらくの間、手で転がしたりオーバーオールのポケットにいつも入っているテスターにつなげたりして、検分していた。その姿はいつものレイモンドで、リエリーは待っている間に今度は落ち着いて黙って残りのプレゼントを組み立てる。こちらは小型のびっくり箱で、補聴器よりよっぽど簡単だった。
「おい、リエリー」
「なに? ダメ?」
「誕生日おめでとう」
てっきりダメ出しされると思って顔を上げると、目の前にぐいっと、手作り感満載の包装紙が差し出されてきていた。
「え、あ、サンキュ。……あっ、これ!?」
「ほお、わかるかの?」
「わかるよ! これ、グライダーのブースターでしょ! あ、裏のアンテナってもしかして速度違反のカッター――」
「――こほん。あれじゃよ。お前さんのことだから心配いらんとは思うがの、どうしてもってときだけ使うんじゃぞ?」
「わぁってるって。でも、なんでレイ、あたしがブースターほしいってわかったの?」
「お前さん、船は使わないつもりなんじゃろう?」
一瞬、何を問われたのか掴みきれず、リエリーはきょとんとした。が、すぐにレイモンドが自分の独立のことを話しているのだと気が付いた。
「うん。〈ハレーラ〉は、ロカとルーの家だし。あたし、まだ救助艇買えるほど、稼いでないし。あ、でもすぐ稼いでもっと速い船にするから、そんときはレイも手伝ってよ――」
「――じゃが、お前さんの家でもあるじゃろうて」
「……そう、だよ。でもあたし、ずっとここにはいられない」
「なぜじゃ。勘当でもされたかの?」
「ちがうってば。レイならわかるでしょ。あたしのせいで、ロカは……」
リエリーの頭に、あの日の光景が過る。
天を突く光の柱。
恐怖で怯えた大人たちの口から聞こえた、恐ろしい出来事の子細。
そして、自分に覆い被さった〈ユニフォーム〉を突き破って肥大化していく、その身体。
あの日に起きたことを、忘れた日はない。
忘れてしまえば、施設で生活を共にした子たちや職員、飲んだくれのくせに子どもたちを逃げそうと懸命になっていた施設長――彼らがいたという証は何一つ発見されなかった――までも忘れてしまうと思ったからだ。その後にあった出来事さえも。
だから、たとえ記憶が蘇る度、握った拳が震えそうになっても、リエリーは目を背けようとは思わなかった。
「かもしれん。じゃが、お前さんが出ていったところで、彼奴が元に戻らんのも事実じゃ」
「知ってるよッ! そんなこと、威療士やってたら嫌でも知るんだし……」
「ほれ」
差し出された特製補聴器のスイッチを、リエリーはおそるおそる入れてみる。起動時のキーンという音がして宙に浮いた後は、爆発することも飛び回ることもなく、静かに漂っていた。
「さすがレイ」
「お前さんは器用じゃ。頭も悪くない。なんたって若いんじゃしな。向こう見ずなところは、彼奴そっくりじゃが」
「それ、褒めてる?」
「自分で考えい。儂が考えるにはの、歳を取るっちゅうことは、一つ賢くなるっちゅうことじゃ。賢くなるのは難しいもんじゃ。じゃが、それを考えるっちゅうことも、賢くなるっちゅうことじゃないかの」
「……なんか、今日のレイ、ジョンみたいでキモいんだけど……痛っ!」
「年寄りをからかうでない。独り立ちすりゃ、その本部長がお前さんの上官になるんじゃろうが? そうなりゃ、親の背には守ってもらえんぞい?」
「上等だよ。あたし、いつまでも『戦錠の相棒』に留まってるタマじゃないから」
ぬっと、レイモンドの左の眉が吊り上がった。普段、経営するレストランで散々、“
似たような仕草をすることがある巨躯の姿を思い浮かべていると、〈ギア〉のディスプレイに『みんなお待ちかねよ』とルヴリエイトのテキストメッセージが流れた。
「それじゃあ、パーティーに行くとしますか。主役がいないんじゃあね」
「楽しんでこい」
「レイは来ないの?」
「船を見とるほうがいい。見てみろ、あのハッチのシリンダー。あれじゃ、ちーっとの振動で外れるじゃろが。やれやれ、彼奴、相変わらず機械はとんとじゃな」
「あー、レイも行こうよ。メンテは後でもできるじゃん。ほらほら、ルーの手料理が待ってるよー」
老エンジニアが目敏く捉えた、船の一角。それが自分の要望でこうなったとは言うに言い出せず、リエリーはレイモンドの腕を引くことで何とか注意を逸らす。
「ほほう。さてはリエリー、お前さんの指示じゃな?」
「げっ。……だって、開くの遅いし」
「なんのためのセーフティじゃ! やれやれ。儂は今晩泊まっていくからの。隅々までチェックせんとな」
「はいはい、わぁったよ」
肩をすくめて見せたリエリーを見て、レイモンドがため息をもらす。
そうして諦めたように、背を押されながら上階へ続く階段を登っていった。
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