Episode 5 - 威療士の使命
「――はんっ! 要救助者を投げ飛ばす狂った《バーサーカー》レンジャーに言われたかないね!」
守衛室のガラス越しに、その嘲った怒鳴り声が届いてくる。見下してくる紫の双眸が、ちらりと室内に向いたあたり、さしものアキラとてジムを面倒には巻き込みたくないと見える。
「ごちそうさま。じゃ、また明日」
「いえいえ。そうだ、レンジャー・リエリー。このタンブラーをチーム〈ファイア・マカロン〉の皆さんに渡してくれませんか。わしがコーヒーに入れとる秘伝のスパイスをお教えすると約束しておったのですよ」
「わかった。……あのさ」
「どうぞ、こちらがそのレシピです。と言っても、香辛料のリストですがね」
ボウリングのピンほどもある保温瓶には、丁寧にチームの人数分のカップが提げられていた。
夏が過ぎ、カシーゴの街に冷気が満ちてくると、毎年ジムが威療士たちに暖かい飲み物を振る舞ってくれる。一応、自分たちでも飲み物を用意してはいるのだが、美味しさではジムに敵わない。待機中や救命活動に区切りがついた威療士たちにとって、ジムの存在は街のどの有名コーヒーショップより安らぐ憩いを提供してくれる。
「サンキュ。こんど、ルーのマッシュドポテトを持って来るよ」
「それはありがたい。RAI・ルヴリエイトの手料理は、実に美味ですから」
「1000回、っと。よし、俺は先に〈ハレーラ〉へ戻ってるぞ。あとは若いもん同士、仲良くな」
「……裏切り者」
睨みつけたリエリーの眼光を快活な笑いで躱し、マロカが守衛室を後にする。アキラたちへの挨拶はおざなりな返事しかなく、リエリーは意を決すると守衛室のドアを一気に開け放った。
「ジムのプレゼント」
「うおっ?! 投げんなよ!」
抗議の言葉をスルーしていると、アキラのチーム――〈ファイア・マカロン〉のメンバーたちからの敵意が込められた視線が突き刺さってくる。次の予定もないリエリーとしては、ここで彼女たちと一戦を交えたところで痛くもかゆくもなかったが、何とか自制心を呼び覚まして堪えた。
――明日まで我慢するんだ。ずっとこの日を待ってた。だからもうすこし。
「聞いてんのか、最年少レンジャーさんよぉ?」
「……何か用?」
「あるからこうやって来たんじゃないか! おまえ、アタイらの救命活動を邪魔してどうするつもりだい?」
「邪魔してない。距離的にいちばん近かったし、あんたのチームが当番だって知らなかったし」
「知らなかった、じゃないよ。そもそも、今晩のウェストサイドの担当はわたしらじゃないか! シフト表にあるだろ!」
「じゃ何で、出動しなかったわけ?」
「なにいってんだ? 通報を受けてないんだから出られるわけない――」
「――それでも威療士かッ!」
気付いたときには、アキラのスヌードを摑んでいた。リエリーよりよっぽど大人びたアキラの紫の瞳が、見開かれる。
「通報を待つくらいならパトロールしろよッ! 何のためのご立派な救助艇だ? シフトの範囲もわかってんだろ? なら回れば?」
「け、けど、いつも涙幽者がいるとは限らないじゃないか!? 救助艇の飛行だってタダじゃ……」
「それが何? 涙幽者がいないんなら、いなかったことに安堵すりゃいい。あたしらが無駄足で、暇してるってことは、泣いてるヤツがいないってことだ。カネでそれを買ったと思えば、安いもんだよ」
「偉ぶってんじゃないよ! いつもそれじゃないか、おまえ。本部長に贔屓されてるからって、何でも許されるとおもったら大間違いだよ!」
手首をつかみ返してきたアキラの目に、怒りの色が浮かんでいた。唐突にアキラの口から出た無関係なはずの人物の名前が、リエリーの思考を逸らし、次の瞬間には、その身体が宙を舞っていた。
「こっのッ!」
「――そこまでにしましょう、皆さん。命を救う威療士の皆さん同士で殴り合うのは、もったいない」
「止めんな、ジム! 何がそんなに気に食わないんだよッ! あたしは救命活動してるだけだろッ!」
「〈
「――ッ!」
頬を熱いものが伝っていた。
同時に体中の血管という血管を、熱いエネルギーが駆け巡る。ぼやけた視界が、
自分の目標を揶揄されるのは、まだ我慢できる。それは揶揄されたくらいでは揺らがない長年の決意だし、自分の腕で証しを立てることができるものだからだ。
だが、家族の悪口を言われることだけは――特に、マロカを蔑む言葉だけは、リエリーにとって赦しがたいことだった。
「――よすんだ、リエリー。深呼吸しろ。こんなところで自棄になってどうする? な?」
「ロカ……」
周囲に渦巻き始めていた風が、ふっと解けていく。右肩に感じる温かな重みと、聞きなれた落ち着き払った声が、逆立った神経を静めていった。
「レンジャー・レスカ」
「な、なんだよ、レンジャー・ジョイナー・シニア……?」
「すまなかったな。要救助者の搬送を優先するために、君らの職務を妨げてしまった。多少のズレはあったかもしれんが、我々が出ずとも君らだって救命活動に向かったことだろう?」
「そ、そりゃあまあ……。アタイらレンジャー、だし?」
「心強いな。この街には、君らのような熱意ある威療士が多くて安心だ。老いぼれ《シニア》も、後腐れなく引退できるってもんだな。ははっ」
「……信じらんない」
引いていた怒りが、再びふつふつと湧き上がるのを感じて、リエリーは踵を返していた。今度の矛先は、マロカにおだてられてまんざらでもなさげなアキラではなかった。
「それじゃ、引き続き夜勤を頼むな」
軽快だが重厚な足音が背後に迫るのを聞き取って、リエリーは足を速めた。
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