Episode 2 - 雷速の救命
『もぅ! 二人とも、帰ったら反省文を書いてもらいますからねっ!』
声の主――
「ま、業務報告を書くのが楽になったっちゃ、そうなんだけど。……いけないいけない、集中」
救命とは無関係な思考に向きかけ、リエリーは頭を振って目前のことに意識を戻す。
「ロカ、“腹ぺこ”のほうはどう?」
「〈
「――そんな時間ない」
ここから最寄りの威療センターまで、直線距離で約2km。俊足を誇るリエリーの愛機〈ハレーラ〉なら一瞬の距離だが、それでも瀕死の負傷者にとっては命懸けの時間だ。
「ルー。カーラをセンターの屋上に呼んで。2番ポートに降りる」
『エリーちゃん?! 貴方また飛ぶつもりじゃないでしょうね!? 無茶だし、危険よ!』
「ほかに手がないよ。あたしとロカの
この場で可能な最大限の応急処置を施し、リエリーは傍らに立つ巨躯の眼を見上げる。
それは、一見すると〈涙幽者〉と瓜二つの偉容だった。
平均的な成人体型を優に上回る巨体に、長く突き出た口吻。易々と〈涙幽者〉の
だが、〈涙幽者〉と異なるところもあった。
〈涙幽者〉の毛並みが漆黒を表す闇色であるのに対し、巨躯――マロカの体毛は焦げ茶色が主だ。その色は紅茶のそれより濃く、まるで少しミルクを差したチョコレートのそれだった。
鎮静化した〈涙幽者〉を担いだその強肩は隆々とし、身幅に至っては、リエリーが二人は隠れてしまうほどに屈強だ。その圧倒的なサイズ感から、ビッグサイズの専用店でさえ身丈に合う普段着が見つからず、〈ユニフォーム〉が普段着だ、とは本人の鉄板ジョークだった。
何よりも、リエリーの黒瞳を力強く見つめ返す、その深海の碧をした双眸が、〈涙幽者〉とは一線を画することを示していた。一点の曇りさえない碧眼が、信頼の色を強く浮かび上がらせて、リエリーへ頷き返す。
「あったり前だ、相棒。〈涙幽者〉は俺に任せろ。すぐ追い付く」
「うん。よろしく」
それだけ言い、リエリーはモスグリーンとグレイのツートンになったグローブの手首を、ダイヤルさらがら回し捻る。
たちまち、身体にフィットした〈ユニフォーム〉が、仄か澄んだ蒼い光を帯びる。
「ここからセンターまで高い建築物はないが、気をつけるんだぞ。もう〈ビークル〉壊すのは勘弁な」
「ルーみたいなこと言うし。わぁってるってば」
『除け者ルヴリエイトから要らない情報提供ですぅ。ドクター・ハフナイアの了承が取れましたー』
「ラジャー。ロカ、ルーの機嫌とっといてよ」
「おいおい、おまえさんが無茶するから、
『言っときますけど、アナタもですからね!』
「こほん……。とにかく今は負傷者が最優先だ。リエリー、準備は?」
「スタンバイ。――風よ、天翔る力を」
ぐったりと動かない負傷者の首と脚を抱きかかえ、リエリーは身軽な動きでマロカの肩へと飛び乗った。その口から紡がれた言葉に呼応し、周囲が俄に風を巻く。
「――ライトニングゥ・マッスゥッ!」
ジョークのような掛け声に反し、マロカの茶黒い巨躯を刹那、雷電が駆け抜けた。その絶大な瞬発力と、最大値まで強化された〈ユニフォーム〉の跳躍、そして“風遣い”であるリエリーのユニーカが合わさり、小柄なリエリーの体躯が弾丸のように弾き出される。
「――ぜったい、死なせないから」
形状を失った視界が後方へ流れていく中、少女の言葉を聞く者はいない。
ただ、大都市カシーゴ・シティの夜空を一条の光が、駆け抜けた。
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