Clause 6.カシーゴ・シティ アップタウン ロジャーズパーク EST 9:17

Episode 64 - 朝の闖入者

「――はぁっ……はぁ……っ」

 質素だが整頓されている部屋に、リズミカルな吐息が響いていた。

 吐息は徐々に熱を帯びていき、伴って官能な響きさえ帯びてきていた。

 声の主はまさしくゾーンの状態にあって、健康的に陽焼けしたしなやかな肢体に汗を浮かべ、自身を高めているところだった。

 そんな声の主が、ふいに響いたドンッという軽い音が聞こえるはずもなく、当然、通りに面した窓辺をかすめる影に気づいた素振りもない。

 このあたりは、古くからあるカシーゴの歴史地区で、年季が入ったアパートや洒落たジャズバーが立ち並ぶ落ちついた地域だ。当然、治安の良さには定評があり、ましてや一人暮らしの女性の朝のアパートに、窓から侵入しようとする者など、ほとんど聞いたこともない。

 部屋の主も同様で、夜勤明けのリフレッシュを兼ねて換気のために窓は開け放っていた。

「はぁっ……はぁ……っ」

 侵入者は、まるで自宅のように足音を忍ばせる素振りもなく、熱い吐息をもらしている部屋の主の背後へ近づいていき――。

「――」

 それまで完全に隙だらけだった部屋の主の女性。

 それが、次の瞬間にはトレッドミルから背後を振り向いて、侵入者の腕を捕縛。アスリートさながらの滑らかな体術を披露して瞬く間に侵入者を床へと、投げ落としていた。

 が、侵入者もまた、驚いた様子もなく、こちらは小さい体躯を活用して部屋の主へ、絞め技を掛けにかかる。脚でがっちりと部屋の主の首を挟み、投げ技の勢いを逆に利用して、今度は自身が上を取った。

「――腕がなまったんじゃない? カミカミ」

「そちらこそ、気配がまるで消せていませんでしたわよ、レンジャー・キッド」

「その呼び方は好きじゃないってば」

「他人様の自宅に窓から入るような無礼者には言われたくありませんわね」

 至近距離から睨み合う両者だったが、やがて小柄なほう――リエリーが、両手を挙げて降参のポーズを取った。頸部を保護すべく、実は締め上げていたリエリーの脚を部屋の主――カニンガムが、渋々といった様子で放すと、両者ともそろそろと立ち上がった。

「それで何の用ですの。さきほど屋上で物音がしましたけれど、まさかあなた、救助艇で乗りつけてきたんじゃないでしょうね?」

「……よく随行機が許しましたね。あれは船の操縦が苦手ではなくて?」

「ルヴリエイトは、いないから」

 しおらしく答えたその反応に、カニンガムは整った眉根を寄せていた。

 普段なら、随行機という呼び方にリエリーは必ず反発してくる。にもかかわらず、今日はやけに物静かだ。何かある、と経験が告げていた。

 そうして短い息を吐くと、カニンガムは「シャワーを浴びてきますわ。シリアルならご自由に召しあがれ」と背を向けた。

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