Clause 4.カシーゴ・シティ ウェストサイド、クックム倉庫街
Episode 10 - 見えない脅威
パトロール中に受信した、ほとんど自動化された市内有数の倉庫が密集する地区から寄せられた、自動通報。
妙だなと、通報内容を確認しながら威療士アキラ・レスカの直感が報せていた。
とは言え、涙幽者固有の
それならば、なおのこと救命活動に精を出すまでのこと。
救命活動が競い合うものではないのは重々わかっているが、言われっぱなしというのも、ベテランの領域に差しかかりつつある自分たち〈
「行くよ、お前たち! FMの底力、見せてやろうじゃないかい!」
「
士気は上々。これなら余裕だ。
現場へ向かう道中で
そんなものはそれこそシステムエンジニアに任せればいいと、出かかった言葉を察せられたのかどうかはわからないが、オペレーターの話では通報システムに未知の不具合が起きているのだという。
『――複数のセンサが同じ係数の個体を検知しています。近い数値などというものではありませんわ。完全に同一なのです』
「そいつぁ、変だよな。インデックスは、DNAみたいなもんで全く同じヤツなんていないはずだろ?」
『ええ、比喩が少々、不正確ですが、そのようなものという認識で概ね間違いありませんわね。これではまるで、瞬間移動する幽霊ですわ』
「幽霊、かい。あんたがそういうの信じてるなんてな、オペレーター・カニンガム」
『幽霊とオカルトは別物ですわよ? エネルギーの結集として幽霊の存在は科学的に検証されていますし、理論上は物理的特性を持つことが――』
「へいへい、小難しい話は遠慮しとくよ。幽霊だろうと涙幽者だろうと、アタイらは行って、様子を確かめる。涙幽者なら〈ドレスコード〉して帰るし、機材トラブルならあんたに報告、だろ?」
『ええ、頼みましたわ。ただ、充分にご注意を。データベース〈ミーミル〉に記録がない特異個体の出現が北米各地で報告されています。危険と判断した場合は、速やかに撤収を』
「うい。
「隊長! ボク幽霊こわいっす」
「心配すんな、サイアム。なんかわかんねぇ幽霊より、牙むいて来る涙幽者がよっぽど怖えよ」
「"洟垂らし"、ウチの専門。みんなで命、救う」
「その通りだよ、ヴィキ。アタイらはプロ威療士なんだ。いつも通り闘って、いつも通り勝つ……じゃなかった救命する。それだけだ。――そんじゃ、チームのために!」
「チームのために!!」
「――リー、ダー……」
絶え絶えの呼びかけが耳朶を打ち、アキラは記憶に浸りかけていた思考を現実へ引き戻した。
「サムっ!? しっかりしろ! いま運んでやるからな!」
「急いで、アキラ。カバーしきれないっ」
蒼く発光する〈ユニフォーム〉を纏うヴィキが、絶えず円を描いて高速移動する。それは彼女のユニーカによるものだが、冷静沈着がトレードマークなその声に疲労と怯えが混じっていた。
「くそ……っ! なんだよあれ!」
負傷したサイアムを手当てする間も、それは出現と消滅を繰り返していた。ヴィキの反応のおかげで辛うじて食い止めているが、徐々に包囲が狭まっている。
「……コロ、す……レン、ジャー……ヒト、ゴロシ……」
そうして擦れてひび割れた声が、怨嗟の言葉を繰り返していた。〈ギア〉もアキラの目にも、その影たちは黒い巨躯の涙幽者にしか見えない。が、ひたすら破壊を振り撒く涙幽者と異なり、その影たちは執拗にアキラたちを狙ってきていた。
「船まで退避だ! ヴィキ、下がれ!
担ぎ上げたサイアムが咳き込む音が聞こえ、次の瞬間、アキラは左肩に生温い感触を覚えた。
「すんません、リーダー……ボクのゲロ、が」
「しゃべんな! 絶対助けてやるからな!」
潤んで歪んだ視界。種々雑多な〈ギア〉のアラートが、チームメイトの身の危機的状況を無機質に伝えてくる。
それが他人事のように感じかけて、アキラは慌てて首を激しく振り払った。
これは、現実だ。
救命活動に出動した先で未知の涙幽者に遭遇し、不意打ちを受けている。通信が遮断され、応援を呼ぶこともできない。
いま最優先すべきことは、ここを離脱すること。あの涙幽者に〈ドレスコード〉は効かなかった。静める手立てがない以上、長居は危険だ。
「――きゃっ」
「ヴィキっ?!」
チームメイトの悲鳴が耳に届き、振り返ったアキラの視界に背中からカギ爪が飛び出たヴィキの姿が映る。それを突き立てた張本人――輪郭が朧気な涙幽者が、ぎょろりとこちらへ濁ったその双眸を向けてくる。そして、ニタリと口元を歪ませた。
「ヴィキをはなせッ!!」
全身を熱いものが駆け巡る。アキラのユニーカはいわゆる
〈ユニフォーム〉のアシストを最大にする行程さえ思い浮かばず、アキラはサイアムを担いだまま、ただ涙幽者へ突進した。
「――っ?!」
刹那、重い銃声が、閑散とした倉庫街に響いた。
直後、残忍な笑みを浮かべていた涙幽者の顔が――頭ごと消えていることに気が付き、アキラは呆然としてしまう。
倒れかかるヴィキの身体を受け止めつつ、アキラは周囲を見回した。
動くものは何一つ見当たらず、ただ弱々しいチームメイトの息遣いと自身の速い拍動だけが、アキラの耳を打っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます