Episode 11 - 黒のヴェナート
「――脅威は排除したぜ、隊長。ここまでしてやったんならよ、この機で病院まで運べばよかったんじゃないの? あのレンジャー、けっこう重傷だぜ?」
「我々は、予定された任務遂行に支障する可能性が高い脅威個体に遭遇、特務権限第4項に基づき排除した。それ以上は権限外だ」
「はいはい、ジョークだっての。りょーかいりょーかい」
機体のサイドハッチから迫り出した砲座から身軽に立ち上がったアロハシャツが、愛用の超長距離狙撃ライフルを背負い直し、おどけたように肩をすくめる。まるで緊張感の欠片もない態度だが、中型機の移動司令室に詰めた、残る9名の戦闘服に身を包む隊員がそれを気に留める素振りはない。
「機長。クローキング再開。予定通り目的地へ向かう」
『
自動格納される砲座の合間から、救助艇と思しい離陸の光軸が己の驚異的な裸眼越しに見えて、隊長と呼ばれた細身の人物は、機体前方にある作戦指揮席へ足音もなくつま先を向けた。
「
『――私だ』
「長官、報告すべき事項が発生しました」
『こういうときは、こう言うべきかな。例によって君たちの行動は秘匿され、君あるいは君の仲間が捕まり、あるいは死亡しても、当局は一切関知しないものと――』
「暫定脅威度Bの特異個体を発見、氷塊弾による遠距離狙撃を用いて排除。民間人に目撃はされていません」
【VOICE ONLY】と表示されたモニターから、『もう少しノってくれても良くないかな』とこれもまた緊張感に程遠い声が返ってくる。
「長官。作戦行動中です」
『しかも脅威を排除した直後だったな。これは失敬した。確かに報告は受理した。――ところで、隊長』
「何でしょう」
『脅威の排除は、レンジャーを助けるためだった、と言ってくれてもよかったのではないかな?』
「――っ」
淡々と返ったその指摘の言葉を受け、わずかに隊長の言葉が詰まった。イヤコムを付けたまま席で瞑目していたアロハシャツの、あからさまな舌打ちが通信越しに入り、「見てたんならさっさとそう言ったらどうなんだ!」と、苛立たしげな非難が飛んだ。
『確かに、君たちの行動は随時把握している、スナイパー。その上で、脅威の排除は適切な行為と判断した。隊長の判断は的確だよ』
「じゃあ、何が気に入らない?」
通信は、機内にいる全員と共有している。狙撃手以外、明確な声を出す者はいないが、誰もが耳を傾け、その沈黙によって同感を示しているのがわかる。
隊長にとって、彼らは共に死地へ赴く仲間であり、その絆は他者には推し量れない。だからこそ、隠し事はしないのが隊長のルールだった。当然、長官との通信も例外ではない。
『かつてレンジャーだった隊長が彼らに道義心を感じるのは、人として何ら不思議ではない。しかし私としては、なるだけ彼らとの
「あっちは命を救い、オレらは奪う、ってか」
『率直に言ってくれる君のことがますます好きになったよ、スナイパー。そして君が言った通りだ。〈ヴェナート〉の真価は、生かすことにあるのではない。その本質は――』
「――殺すことで、命を救う。より大勢の命のために」
誰もが口に出さないその指針を、隊長は敢えて口にする。イヤコムを通じて、隊員たちの気が引き締まる気配が伝わってきていた。
『以上だ。貴君らの活躍に期待している』
通信を終え、隊長は静かに目を瞑った。
何度となく繰り返した、自分たちに与えられた作戦内容を、もう一度頭の中で総ざらいし、今すべきことに全神経を統合する。
それは一秒にも満たない時間だったが、立ち上がったその顔からは一切の迷いが消し去られていた。
「心配させてしまったな、諸君。我々は予定通り、カシーゴ・レンジャー・ネクサスへ向かう。わたしとガルシアが本部長ジョン・ハリスと会談する間、諸君は街の要所の確認を。レンジャーチームとしての身分は手配済みだ。各々、ブリーフィング通りに任務を遂行するように。以上」
「
瞬時に返る、隊員たちの頼もしい応答。
それだけがあれば充分だと誇らしく思いつつ、〈ヴェナート〉隊長は機首へ向かった。
「実物はもっとデカいな。おまけに目立つ」
「でもぉ、隊長? うちらのHQに比べたら、地味だと思いますけどぉ」
「完成したら、そうなるな」
フロントガラスに向こうに、目的地の偉容が夜でもはっきりと見て取れる。
それは、太古のピラミッドと近代高層建築を融合したような、聳え立つ星形の巨大な基地だった。
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