Episode 6 - 機母の役割

「――お疲れさま、エリーちゃん。晩ご飯は、チーズ入りハンバーグよ。手を洗ってらっしゃい」

「――いらない」

 威療士チーム〈CL〉の救助艇〈ハレーラ〉。仕事柄、移動が頻繁になるために“空飛ぶ家”ともなっているその後部ハッチをくぐり、リエリーはこちらへ目を向けることもなく、そそくさと目の前を通り過ぎていった。

「エリーちゃん……」

 言葉にせずとも、その〈ダブル・ウィング〉を背負った華奢な背が苛立っていると、宙に浮いて見送る正十二面体の筐体――ルヴリエイトは察していた。

 幼いリエリーを迎えたときから生活を共にしているルヴリエイトにとって、リエリーは娘同然の存在だ。たとえ、自分と血のつながりがないどころか、自分が随行支援知性R.A.I.の機械だったとしても、それは変わりはない。

 元より言葉数が多くないリエリーだが、それでも昔はルヴリエイトとよく話をしたものだった。ティーンになってからは御多分にもれず、なかなかコミュニケーションを取りづらくなってしまったが。

「言い過ぎちゃったのかしら、ワタシ」

「そんなことはないぞ、ルー。じっさい、あのやり方はリスクが高すぎるからな」

「あらあら。アナタ、ノリノリだったくせに」

「んぐっ……。反省してる」

 遅れてハッチへ乗り込んできた巨躯が、閉鎖ボタンを叩きつつ、しゅんとうなだれる。併せて倒れ伏している頭頂部の三角耳が、可愛かった。

「あの様子だと、レスカたちとやり合った、ってところかしら?」

「俺が止めに入ったのが気にくわなかったんだろう」

「珍しいわね。いつもどおり、気が済むまでじゃれ合いさせてればよかったのに」

「放っておけば怪我人が出かねなかった。リエリー、ユニーカを使いかけてたからな。」

「……何ですって?」

 船内へ遠い視線をやっていたマロカの言葉に、ルヴリエイトは思わず六本指のマニピュレータをクルクルと回していた。

 リエリーの気性が激しい性格は、自他共に認めるところだった。ここ数年はより拍車が掛かってるという点でルヴリエイトとマロカは同意しているものの、当の本人はそう思っていないらしい。

 ともあれ、すぐカッとなるリエリーではあるが、ユニーカまで行使するのは初めてのことだ。力の制御が未熟だった小さい頃でさえ、マロカとの取っ組み合いには掌サイズのつむじ風が飛ぶくらいだった。

「いちばんユニーカの危険性をわかっているはずなのに、エリーちゃん、どうして」

「俺も、鼻で尋常じゃない怒りを感じて引き返したから全部を見てたわけじゃないが、レンジャー・レスカに何か言われてキレたように見えた」

「きっと、よっぽどだったのよ。あのチームリーダーは事あるごとに吹っ掛けてくるもの。正直、ワタシ、上申したいくらいよ」

「ルー。レスカが柔軟性に欠けるのは認めるが、熱心な威療士には違いないんだ」

「ふーん、そう。ロカってどっちの味方なのよ」

「いや……そういう問題じゃなくてな……」

「はいはい、わかっていますとも。ジョンを煩わせたくないんでしょ? チクったりしませんよ」

「そうしてくれると助かる。彼にはいろいろと世話になってるからな。俺が――いや、俺たちがこうして街にいられるのも、彼の尽力あってのことだからな」

「否定するつもりはないわ。ジョンがいなかったら、ワタシもスクラップになっていたでしょうし。でも、もう負い目を感じることはないんじゃないかしら。だって、あれからもう15年よ?」

「ルー、この話は止そう。いまはリエリーのことが先決だ。準備してるんだろ?」

「ええ、もちろん。本番は明日だけど、ワンデイシフトと重なっちゃったもの。今夜は、前夜祭ってことで」

「そうだな。なら、俺が呼んでくる」

「いいえ。こういうときは、母の出番よ。アナタはキッチンを片付けてちょーだい」

「おう」

「そうそう、ロカ」

「ん、なんだ?」

「レイモンドも招待してあるから、じきに着くわよ」

「なんだってっ?!」

 キッチンへ向かっていた巨躯が、盛大にすっ転んだ。

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