第3話

 本……欲しかったから置いてある場所聞いてきたんだよな?

それなのに、どうして減ってないんだ?

置いたばっかだったから何冊積んだかも覚えている。

一体、何がしたかったんだ? 

 

 眠れなくなって友人に電話をかけた。

「……もしもし?」

「あ、ゴメン。寝てた?」

「いや、大丈夫だけど……どした?」

「いや、ちょっと考えてたら寝れなくて」

「何かあったん?」


 友人の問いに、今日の“あの店員”の不思議行動を話した。

「わざわざ、店員に聞いてるのに買ってないって。なんかヘンだし」

「そうかなあ?気が変わったとかも、あるんじゃ?」

「それなら、いいけどさ」

「なんかスッキリしないっぽ?」

「うん」


 友人は、しばらく無言のあとに言った。

「じゃあ、カラオケ行こ!」

「カラオケ?」

「そそ。歌って、飲んで、モヤモヤ吹き飛ばそ!」

「カラオケか。ひさびさに行こうか」

待ち合わせの場所と時間を決めて、電話を切った。


 店員……ふと思い出してコンセントに挿したラジオを見た。

相変わらず小さな緑のランプがついていた。

そういえばこのラジオ買ってから、周囲に誰もいないのに視線を感じることが増えたんだよな。

 

 翌日は友人とカラオケを楽しんだ。

いっぱい歌って、いっぱいしゃべって、アドレナリン全開で楽しんだ。

フロントから“お時間です”との連絡が来たので延長を申し出たが、今日は来客が多いからと断られてしまった。

フロントで清算をすませ、帰ろうとしたところに声がかかった。


 「こんにちは、あ、こんばんはかな」

聞き覚えのある声。

振り向くと、そこにはあの店員がいた。

今日は友人らしい数人と一緒だ。

高揚していた気分が一気に冷える。


 「カラオケされてたんですか?ウチら今からなんですけど、よかったら一緒にどうです?」

なぜ誘う?知り合いでもないのに?

おそらくおれは茫然とした顔をしてたと思う。

「いや、これから行くとこあるし。知らない人とってアレだから、ごめん」

友人が横から助け船を出してくれた。


 店を出たところで友人が話しかけてきた。

「あれって昨日言ってた?」

「そう」

「ふうん。前見た時も思ったけど、結構キレイだよな」

「そうかもしれないけど。なんかちょっとイヤっていうか」


 「そうか?あれだけキレイだったら目の保養になると思うけど」

「そうは言うけどさ」

「あの人と出かけた先ではちあわせたのって、こないだ待ち合わせた時と、お前がバイトする本屋と、今日の三回だっけ?ただの偶然じゃね?ここって狭い街なんだし」

「あと何回か、ホームで見かけてる気がする」

「気にしすぎだって」


 そのあと、友人のリクエストで牛丼のチェーン店で食事をし、駅で別れて帰途についた。

乗り込んだ電車が走り出した時、ホームの雑踏の中に店員を見たような気がした。


 ひと月ほど、何事もなく過ごしていた。

バイト先には、あれから店員はあらわれなかった。

バイトの時間がずれたので、友人たちとの遊ぶ約束は電話ではなくメッセージアプリばかりになっていた。

彼らと遊びに出かけた先には、店員はあらわれなかった。

やっぱり、ただの偶然だったんだ……いつの間にかそう思うようになっていた。


 平穏な日々が続いたある日、バイトに行こうと部屋を出るとアパートの前に引っ越し業者のトラックが停まっていた。

(引っ越しか。来るのか出るのか。どの部屋なのか、どんな人なのか)

そんなことを考えたけれど、所詮は他人の生活こと

自分には関係ないと、そのまま忘れてしまった。


 バイトの帰り道、夕食と明日の朝食とを買いにコンビニに立ち寄った。

中華丼とミックスサンドを購入して店を出たところで、声をかけられた。

「こんばんは」

──聞き覚えのある声。

いやな予感を抱えつつ、声の主を見た。

店員だった。


 「あ」

「奇遇ですね。この辺に住んでいらっしゃるんですか?わたし、今日引っ越してきたばかりで、不案内で困ってたんですよ」

にこやかに店員は言った。

「よかったら、案内とかしていただけると嬉しいなって」

「あ、いえ。この辺というわけでは」

つい言葉をにごす。

直感でそう感じた。


 「じゃ、約束があって急ぐので」

それだけ言って、そのまま一番近くに住む友人の家に行き、泊めてもらった。

今回も、偶然かもしれない。

でも、なんだか気味が悪い。

狭い街だから、頻繁に顔をみかけることがあるのも理解できる。

でも……気になる。


 翌朝、友人についてきてもらって部屋に戻った。

さいわいなのか、あたりまえなのか。

しばらくして友人が戻っていっても何も起こらなかった。

なんだか疲れを感じて、ベッドに横になった。


 ……いつの間に眠っていたのか、夢を見ていた。

気味が悪い夢。

大きな闇が迫ってきて、飲み込まれていく夢。

果てしなく拡がる闇で、深くて昏い。

手が、足が闇に取り込まれていく。

意思を持った闇が身体を覆いつくそうとしてくる。

ねばねばと闇がまとわりつく。


 “こいつに捕まってしまったら、ヤバい!!”

振り払って逃げて、ふりはらってにげて、フリハラッテニゲテ……だめだ!飲みこまれる───瞬間に目が覚めた。

いつの間にか夜になって、あたりは真っ暗になっていた。

横を向いた視線の先には、緑のランプが光っていた。







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