第7話 罪
一歩、また一歩と結衣は近づいてくる。それは決して僕を害したいという意図ではなく、彼女の狂気の愛なのだと悟る。
彼女をここまでぼろぼろに壊してしまったのは僕なんだと、本当の罪に気づいた。
安易に助けなければよかった。
助けたのなら振らなければよかった。
振ったのなら、再び近づくべきではなかった。
何もかも手遅れで、僕は結衣を倒すとか仕返しするとか、そんなことは一切許されない。
悪いのはすべて僕であり、僕は情けなく結衣の影に怯える。
「そ、それ以上はやめてくれ……。来ないでくれ……」
「二人で幸せなところへ行こうよ。未来じゃないよ?」
それでも僕は怯えながら後退り続けた。
結衣は、僕の心の根源、未来へ進みたくないということの裏にあるものを露わにする。
それはつまり、罪悪感。
償わなければならないという強迫観念は、自らの人生を生きることを許してはくれない。
そして、償うことは怖い。
償いから逃げて、逃げて、逃げ続けた。
罪なんてただの空想の産物だったのかもしれない。だが、そんな心に結衣は具象として現れた。僕の持っていたコンプレックスが、結衣という具体的な対象として出現した。
僕は、結衣から逃げられない。
逃げたくても、僕自身がそれを許さない。
未来を拒否し続けてきたのは、怠惰であったということだけではなく、必然だったのだ。
どうすることもできない。
僕は、結局ここで死ぬしかないのだろうか。
結衣を突き飛ばすのは簡単なことのように思える。
でも──
「僕にはできないんだ!」
ドアが開く音がして、ぱっと明かりがついた。誰か物音を聞きつけてやってきたのかと思った。
だが、
結衣の後ろに立っているのは
――──彩音だった。
彩音は結衣に
「ストーカーがあなただけだと思った?」
もはや感情は動かなかった。
「得たいものは奪うし、他の人が得ているモノは必ず得なければならない。つまり、あなたが隼斗をストーカーしているのなら、私もあなたをストーカーして隼斗を調べまわさないといけない。私はあなたと違ってバイタリティもあるし、“ここ”が違うの」
そういって自らの頭を指さした。
「第一、そんな文具用のカッターナイフだけで殺すつもりなの?痛めつけて楽しむのなら、まあわからなくもないけど、殺すつもりならよほど脳みそが足りないんじゃない?動物の知能は体重に対する脳の比重で決まるんでしょう?ああ、学校来てないから比較認知科学の講義とか受けてないか。あなたは大学に遊びに来てたの?」
結衣は冷静にいった。
「清川は隼斗をホルマリン漬けにして永遠に愛でるつもりなの。将来の決まった最も幸せな状態で。薬学部とか医学部の知り合いから大量にホルマリンを貰ったり、大きな水槽を用意したりしているのを知っている」
今までの彼女はすべて偽りだったのかとぞっとしたが、そんな間もなく結衣は彩音に切りかかろうとした。
しかし彩音は左袖をめくって刃を受け止める。血は流れるが表情を変えない。
「私もリスカくらい試してるからなんともないわ。カッターが大したことないってことも含めて知っている」
血が滴り、あふれるがその手で結衣の首を掴む。ナイフは床に落ちた。
彩音は結衣に馬乗りになって、首を絞める。
手首からは血が流れ、結衣の首は血に染まる。
「過剰防衛程度じゃ済まないかもね。でも、あなたが隼斗を傷つけたのなら、私は絶対に許さない。彼はね、あの姿のままじゃないといけないの」
結衣はかすれた声で僕の名前を呼んだ。
僕は―──
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