第3話 清川 彩音



「彩音、もうどこかの企業に行ってきたのか? 面接なのか何なのかわからないけど。ちょっと早すぎないか?」


僕が逃げるように話をそらそうとする。


しかし、


彩音は支倉を見るなりいきなり彼女の頬を

ぱちんっと叩いた。



「あなたのやってることはストーカーよ。警察に突き出されたくなかったら二度と現れないことね。隼斗、行きましょう」



彩音に手を引かれて僕は就職課へ向かう。


心理のレポートをまだ出していないということなど頭からとうに飛んでしまっている。

しかし支倉に振り返る。



――その瞳は暗かった。



しかし、口だけは笑っている。


へらへらと、何かに悪い喜びを感じているかのように。


一言でいえば、狂気に満ちていた。



嫌な予感しかしない。


彩音と歩いているとキャンパスの照り返しの熱にやられそうになる。


一方で、支倉を前にしたあの冷やかさを思い出す。

まぎれもない現実なのだが、過去の嫌なものが侵食してくる感じがした。


僕は頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられながらこれからどこへ歩いていくのかわからなかった。



就職課で一通りの書類は受け取った。

彩音に駅前の大型書店に連れていかれ、企業情報の棚の前にいる。涼しいこの建物は少しばかり心、つまり頭を落ち着かせる。



「そこのカフェで読みましょう」


本屋に併設された道路に向けてガラス張りのカフェで僕と彩音は業界情報の本を開いていた。



「それで、金融に興味あるの?」


「行動経済学が証券に……」


「うーん、専門じゃないからよくわからないな。私法学部だし」



サークルで知り合ったのだから、学部が違っていたのだ。



「インターンシップは行ったことないのよね?」


「まあ、そうだけど」


「今からでも遅くないわ。そっちを先にしましょう。就活は、最悪、卒業までにできればいい。まだ武器がなさすぎる」


「え、でも……」


「でも、何なの?」


「いや……」


「もう少し危機感を持ってちょうだい。あなたの今の状況はかなり悪い。このままだとフリーターかニートよ」


「えっと……彩音の積極的に物事を進めていく姿勢は尊敬してるけど……。僕が怠惰なだけかもしれないけど……、もっと成り行きに任せても……」


「放っておいたらどうにもならない人ね。えっと、インターンシップを募集してる会社は……」


彩音がスマートフォンで調べている間、僕は退屈になりながら顔を上げる。


ガラス越しに支倉が立っていた。先ほどの不気味な笑みを浮かべている。僕に気づくと彼女は唇を動かした。僕はそれに追従する。



「楽しそうね」


「え?」



彩音が顔を上げる。


支倉を視認するとすぐにスマホのカメラで写真を撮ろうとする。支倉は逃げ出したが、彩音はそれを許さなかった。


商品の業界解説書どころかカバンさえ持たずに走り出す。僕は荷物持ちの様にそれらを持って追いかける。カフェが前払いだったのが幸いだった。


僕は重たい荷物を持っていたからどうしても走るのが遅れた。


だが目の前の様子を見て、急がずにはいられない。




──――彩音が支倉の首を絞めているのだ。

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