第19話 贈り物
璃子としての、20歳の誕生日パーティ―当日、届けられたドレスを着た千智は、感動した。
“人魚姫みたい。”
身体に沿うよう、繊細な刺繍が施されたマーメイドラインのドレスは、裾に向かってだんだんと淡い色になる、瑠璃色のグラデーションカラーになっていた。
裾は幾重にも重なるシフォンのロングトレーンで、内側にはキラキラ光るビジューが無数に縫い付けられており、ドレスに奥ゆかしいきらめきを添えている。
歩くと、まるで、輝く水面が広がるように見えた。
「よく似合っている。」
理人は満足そうにうなずいた。
「このドレスは、病床の美由紀が、璃子のためにデザインしたものだよ。」
理人は千智にスケッチブックを渡した。
“璃子、20歳になった、私の宝物へ。”
デザイン画にはそう添えられていた。
「美由紀は毎年、誕生日のためのドレスをデザインしていたんだ。成長した璃子の姿を、イメージしてね。」
ページをめくると、年齢ごとのドレスのデザイン画が繊細に描かれていた。
丹念に描きこまれた色とりどりのドレスと靴、装飾品は、どれも愛情を感じさせた。
千智はスケッチブックを抱きしめた。
「それと、これを。」
理人は蝶番のついた革張りのジュエリーケースを開いた。
ケースの中には、信じられないほど美しいネックレスとイヤリングが納められていた。
理人が、最高峰のジュエリーブランドに特別にオーダーしたそれは、佐伯家の家紋である藤をモチーフとした素晴らしいジュエリーだった。
手彫りのカルセドニーでできた花びらに、ペアシェイプのサファイアとダイヤモンドがあしらわれている。
魅惑的なカラーグラデーションの花房は、艶やかな輝きを放ち、房の先端にはサファイアとダイヤモンドが揺れていた。
理人はネックレスを手に取ると、千智を鏡に向かわせた。
「髪を上げてくれるかな。」
肩にかかる髪を持ち上げると、胸元に輝く藤の花が掛けられた。
「何と言ったらいいか…言葉になりません。」
「15年分の埋め合わせにはならないかもしれないが、私の気持ちだ。受け取ってほしい。」
佐伯家の家紋である藤をモチーフとすることで、璃子が佐伯家の一員であることを、招待客に強く示す意図もあるのだろう。
ジュエリーには、璃子に手出しをするなという理人の警告と、璃子を守ろうとする愛情が込められていた。
「ありがとうございます。お父様。」
千智は理人の背中にそっと腕をまわした。
理人は娘をしっかりと抱きしめた。
自らの身支度をするため、理人が退室したのち、ひとり控室で過ごしている千智の元を、受付のスタッフが訪れた。
「佐伯玲司様からです。」
渡された封筒には、誕生日を祝うカードと、リボンが結ばれた小さなUSBメモリが入っていた。
“何だろう?”
パソコンが無いので、中身を確認することはできない。
千智がカードとUSBメモリを封筒に戻すと、スタッフは続けた。
「それと、奥寺久志様、
奥寺久志は、美由紀の兄であり、璃子の伯父にあたる人物で、旺賢が懇意にしていた政治家、奥寺和久の一人息子だ。
商社勤めから、和久の私設秘書に転身した経歴を持ち、和久の政界引退を受けて、父の地盤を受け継ぎ議員入りを果たした、二世議員だった。
演説に定評があり、落ち着いた声音と整った顔立ちから、老若男女に人気が高く、将来の首相候補とも目されている。
控室に現れた久志は、テレビで見かける姿そのままだった。
プレゼントを控室に運んでもよいか問われ、千智が快諾すると、次々に豪華な花が運び込まれ、控室はあっという間に飾り立てられた。
あっけにとられている千智に、久志は右手を差し出した。
「誕生日おめでとう。会えて嬉しいよ。改めまして、君の伯父の奥寺久志だ。」
千智は久志と握手をした。久志の手は分厚く力強かった。
「佐伯璃子です。贈り物をありがとうございます。」
久志は一歩下がって立っている息子に、挨拶をするよう促した。
「息子の
「こんにちは、奥寺
賀久は久志に似て、すっきりと整った顔立ちをしていた。
政治家一家の出身らしく、年齢よりも落ち着いた佇まいだ。
K大学は、国立のS大学と並ぶ名門私立大学で、政界の大物を多く輩出している。
千智と握手すると、賀久は持っていた大きな花束を差し出した。
「お誕生日、おめでとうございます。」
千智は花束を受け取った。
青紫色のバラが束ねられており、爽やかなとてもよい香りがする。
「いい香り。ありがとうございます。魅力的な色ですね。」
「このバラは、青の色素を持つ、本物の青バラなんです。花言葉は“奇跡”です。璃子さんに贈るのにぴったりな花だと思って選びました。」
バラはもともと、青の色素を表出することができない花で、青いバラは“不可能”や“存在しないもの”の象徴だった。
しかし、遺伝子操作の末、ある企業が作出に成功し、幻を現実のものにしたのだった。
挨拶を終えると、久志は、千智のドレス姿を褒めたたえた。
「実に美しく成長したね。まるで女神のようだ。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「話には聞いていたが、これほど美由紀に似ているとは驚きだ。一瞬、タイムスリップでもしたのかと、目を疑ったよ。しかも、S大学の経営学科に通う才媛だとか。どうやら、両親のよいところを全て受け継いだらしい。」
久志は賀久の背中をたたいて、千智の前に押し出すと言った。
「賀久とはいとこ同士、幼い頃は仲が良かっただろう?覚えているかい?」
「それが、当時のことは何も思い出せなくて…」
「いや、気にする必要はない。これからはぜひ、親しくしてほしい。賀久からも何か言いなさい。」
「よろしくお願いします。」
賀久は少し気まずそうに笑って言った。
そのまましばらく話をしていると、泰司と玲子が控室を訪れた。
久志は、長居したようだと言い、泰司と玲子に挨拶をして、奥寺親子は、部屋をでていった。
豪華な花で飾り立てられた控室を見渡して、玲子は呟いた。
「相変わらず、派手な演出が好きね。」
「君が準備した会場も負けてないだろう。ここよりずっと気品があるけどね。」
泰司は、奥寺の贈り物に不服そうな玲子をなだめて、千智にプレゼントを差し出した。
「誕生日おめでとう。これは私と玲子からだよ。」
可憐な草花を束ねたナチュラルなブーケと、リボンがかけられた小さな包みだった。
「可愛い花束!嬉しいです。」
好みの素朴で美しい花束に、千智は少しほっとした。
喜ぶ千智に満足そうにうなずくと、玲子は言った。
「包みも、開けてみて。」
促されて包みを開くと、中身はラピスラズリの文字盤の周りにダイヤモンドがあしらわれた、プラチナのジュエリーウォッチだった。
理人から贈られたドレスとジュエリーといい、部屋を満たす花々といい、先ほどから豪華すぎる贈り物たちに眩暈がしそうだ。
「こんなに高価なもの…」
「15年分だから、今回だけよ。そのドレスやジュエリーと同じように、受け取って頂戴。」
泰司と玲子は微笑んだ。
よく見ると、時計の針が藤の蔓と花になっていた。
これも、佐伯家の家紋を意識したものだろう。
「ありがとうございます。」
千智は感謝をこめて、玲子と優しく抱擁を交わした。
泰司と玲子が去り、千智は夢見心地で一人ソファに座っていた。
高価な贈り物と、豪華な花々に囲まれ、華やかなドレスに身を包んでソファに座る自分が、大きな姿見に映っている。まるで、どこかで見た西洋絵画のようだ。
“誰の絵だったかな?…マリーアントワネットだっけ?”
千智が考えていると、控室のドアがノックされた。
扉を開くと、大きな包みを抱えた瑠偉が立っていた。
瑠偉は包みを運びこむと、千智に言った。
「誕生日おめでとう。乾くのがギリギリになって、簡単な包装しかできなかったんだけど。」
瑠偉が包みを解くと、アーティスティックに描かれた女性の肖像画が現れた。
ソファに腰かけ、夢見るような、それでいてどこかアンニュイな表情で遠くを見つめている。
「これ、もしかして私?」
瑠偉はうなずいた。
少し恥ずかしいくらいに美しく描かれたそれは、モダンなインテリアによく似合いそうな、洗練された絵だった。
「素敵…、ありがとう!」
千智は絵をじっくり眺めながら言った。
「絵には詳しくないけど、私、瑠偉くんの絵が好き。すごく嬉しい。大切にするね。」
瑠偉は少し照れたように、うん、とだけ言った。
千智は部屋を満たすプレゼントを見渡して、すこし涙ぐんだ。
家族から、心のこもったお祝いをしてもらえる誕生日は久しぶりだ。
美香が亡くなってからというもの、誕生日はいつも一人だった。
“もう、一人じゃないんだ。家族がいる。”
「一生分のお祝いを、今日貰った気分。」
佐伯家の一員になれた実感がこみあげてきて、千智が呟くと、瑠偉は少し意外そうな顔をして言った。
「隣の部屋、もう確認したの?」
隣室は、招待客から贈られたプレゼントで一杯になっていた。
花や包みがずらりと並び、セキュリティスタッフが中身を確認している。
「特別なもの以外は、後日、慈善団体に寄付するよう申しつかっています。リストアップできたものから、確認をお願いします。」
スタッフから、贈り物の分厚い目録を差し出され、千智は後ずさった。
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