第8話 反省会2

「報告書ってこんな感じでいいんだね」

「お?簡単に作れる感じ?」

「うん。これくらいであれば」

「まじか、助けて」

「もちろん!」

指名任務完了後、エルザはマナミアを連れて自室で事務処理を行っていた。

まずは書類作成の流れを見せたところで、エルザにとって希望の星が現れた。

エルザとて事務所処理が苦手というわけではないが、面倒なものは面倒である。

まっとうな理由としては、グスタフ、カナン、マナミアの教育に時間を作りたい。

いっそのことマナミアに丸投げしてしまいたい気持ちもあるが、リーダーとして全体の流れは常に把握しておきたいため、まだしばらくは自身がポストをしようと思うエルザであった。

ゆくゆくは任務の受注から細かい管理までマナミアに一任できる環境を作ろう。とエルザは新たな目標も定めた。

「あとはこのデータをアセンションビルの事務局に送ったら任務完了の処理がされて、報酬が振り込まれるって流れだな」

「分かった。ちなみに指名任務の相場ってどのくらいなの?」

「難易度にもよるから一概に言えないが・・・。今回のは500万~600万ってところだろうな」

「えぇっ!?普通のと桁が一個違うんだね」

「それだけ厄介な案件ってことだな。現に4人は殉職してるわけだし」

「・・・。なんでエルザってそんなに強いの?リーダ権限が付与されたのは半年より少し前くらいでしょ?」

「まぁ一般に比べて経験だけは多いんだよ。強いというよりかは対応できる幅が広いってだけだ」

「強いことに変わりはないもん」

「お前らもその内俺に肩を並べるさ。それに強さにはいろんな形があるから自分自身の方向を見失うなよ」

むむむ。となにやら考え込み始めたマナミアの頭をわしゃわしゃと撫でるエルザの表情は柔和である。

「よし。今回の仕事はこれで終わりだ。あとはカナンとグスタフの個別任務があるから、オフでと考えてたんだが、これにも同行してくれないか」

「行きたいと思ってたから行く」

「助かる。日時が決まったら連絡する」

「わかった」

滑らかな会話が終わり、マナミアを見送ったエルザは、自身のPC内にあるメールボックスを開く。

時折アセンションビルから機密性の高いメールが入ることもあるため、不用意にチームメンバーにさえ見せないようにしている。

「おっ。案件来てるね。ちょうどいい」

受信ボックスには新着が2件。どちらも霊魔討伐依頼だ。

指名任務ではなく、チームで対応する通常任務である。

内容は下級霊魔の討伐で、チーム初実戦の任務内容と同様の難易度である。

「カナンからやるか」

順番はどちらでもよいため、なんとなくでカナンの個別任務から先にやることにしたエルザは、早速カナンに自室に来るようにメッセージを飛ばす。

ちょうどカナンも手が空いていたようで、10分もしないうちにノックの音がした。

「あーい」

「お邪魔するわ」

「なんか久しぶりな感じだな」

「そうかしら。でも3日ぶりね」

「まぁそこ座りな」

「ありがとう」

前回と同様にベットにカナンを座らせたエルザは、カナンが来るまでに準備を済ませたブリーフィング用の書類を渡した。

本来であれば新人に向けたやり方はこうであるが、マナミアは育成のベクトルが違うため、段階を上げただけに過ぎない。

「3日前に話してた通り、明日は俺とカナンで任務をこなす。マナミアも同行させるが運転をするだけだ。インカムとかで干渉もしない」

「今日の任務はどうだったの?」

「上手くいったよ。マナミアには将来的にオペレーターとかチーム運営の管理を一任させたいくらいにな」

「それは凄いわね。流石マナミアだわ」

「もちろんカナンにも期待してる。全レンジ対応の万能シューターをな」

「えぇ。任せなさい」

(少し気持ちが変わったか・・・?)

違和感というほどではないが、少し前のカナンと比べて発言するワードが強気になった気がする。

もちろんいいことである。

切磋琢磨という言葉のように、仲間の活躍がモチベーションに繋がるという環境は素晴らしい。

改めて、仲間に恵まれているなと思うエルザ。

「よし。じゃあ明日の個別任務の中身だが、俺は丸腰で行く」

「・・・はい?」

(カナンがここまで困惑するのは珍しいな。面白いな)

ぽかんとあほ面になったカナンの写真を撮りたいエルザであるが、そんなことをすれば明日背中を撃たれそうなのでやめておく。

「想定する事態としては、何らかの理由やアクシデントにより戦闘能力を失った人員を狙撃ポイントまで誘導し救助するというものだ。だから俺も明日は何の準備もしないし、霊魔から逃げるだけに徹する。お分かり?」

「理解したわ。最後ムカついたけど」

「おっと。明日銃口を向けるのは霊魔だけにしてくれよジェニファー」

「誰よその女」

「軽口はこの辺して。まじめな話、お前の誘導指示一つで生かすか死なすかが決まる。俺だからと言って手を抜くことは許さん。いいな」

「分かってるわ、どんな状況でも生かして帰す」

さっきまであほ面をさらしていたとは思えないほど、凛とした表情のカナンを見て、これ以上喋ることはないと判断するエルザ。

「明日は17:00に出撃ゲートに集合。じゃ解散」

いつもより遅い時間からの任務がどう影響するのか。という情報はあえて伝えないことにしたエルザは、綺麗な姿勢で歩いていくカナンを無言で見送った。





翌日。時刻は16:30。

全体集合よりも早めに出撃ゲートで合流したのはエルザとマナミアであった。

「今日の内容を伝えようと思って早めに来てもらった。悪いな」

「ううん。全然良いよ」

「今回マナミアにやってもらうことは、運転と戦闘記録。それと報告書の作成だ。逆にオペレーションとか戦闘に干渉することは一切しないでほしい」

「わかった」

「もしかすると、口出ししたほうがいい状況になるかもしれないが、それでも何もするな。唯一教えて欲しいのは予想外の霊魔が戦闘区域に現れた時のみ」

「危険度高くない?」

「まぁ高いな。というかそれが今回の目的だしそれでいい。現状、俺とグスタフで前衛としての戦力は十分だから、カナンには柔軟なポジションチェンジの感覚も掴んで欲しいってのもある」

「色々考えてるんだね」

「お前らの成長速度が速いから意外と楽しいんだなこれが」

「今の言葉、後でみんなに言っとこ」

「あぁそうしてくれ」

二人は気楽に会話を進める。

今回鍵を握るのはカナンの状況把握能力と指示能力。

つまりはエルザとマナミアにこれといってプレッシャーはない。

(あとは出たとこ勝負だな)

事前に教えておくことや打ち合わせておくことはいくつかあるが、エルザはあえてそれらをしない。

何もかもを教えていると対応力はつくが、学習能力が磨かれない。それは好ましくない。

チームではあるが各個人で依頼をこなしていき、資金調達の効率を上げていく構想もあるエルザとしては不安なく送り出せる実力をつけてもらいたいところである。

「あら、二人とも早いわね。待たせて悪かったわ」

エルザとマナミアが各々時間を潰し始めた頃合いで、ガンケースを片手にカナンが出撃ゲートに到着した

「気にするな。時間に遅れたわけじゃないだろ?」

「うんうん」

「それでもよ。言ってくれたら合わせたわ」

「別個で事前打ち合わせをすることもあるから、あまり気にしないでくれると助かる」

「うんうん」

「えぇ・・・・。分かったわ気にしないでおく」

出撃前の他愛のない会話は、リラックス効果もあり、チームのチューニング効果ももたらす。

話題はなんでもいい。とにかく言葉を交わすことが肝心なのだ。

「よし。早速出発だ。マナミア運転宜しく」

「お願いね」

「了解っ」

時刻は16:50。予定通りにエルザ、カナン、マナミアはハンヴィーで目的地へと出発した。

目的地まではハンヴィーで約30分の道のりだ。

武装がないと手持無沙汰だなぁ。とエルザは退屈を感じながらも、車内で再度ブリーフィングを済ませた。

なんてことの無い会話が流れていく車内の雰囲気は和やかであった。

そのおかげで退屈も紛れ、体感時間は早く目的に到着した。

「頼むぜカナン。間違っても俺を撃たないでくれよ」

「もしそうなってもどうせ当たらないでしょ」

「不意にくる狙撃は無理だよ・・・」

「これでも銃の腕には自信があるから大丈夫よ」

下車した二人は手早く任務の準備を進めていく。

エルザは準備運動。カナンは狙撃銃を組み立てる。

今回の作戦区域はあまり荒廃が進んでいない入り江。敷かれたアスファルトの道路から見下ろせるスポットで沈んでいく夕日がとてもきれいに映えている。

背後を振り返ると傾斜面に集落だったであろう民家が並んでいる。

人間と自然が共存していたであろう空間がそこにあった。

「こんな世界じゃなけりゃ、デート気分だったのかね」

「そんなこと言うのね。意外だわ」

「この景色見ればな・・・」

「ふふ。そうね」

眼を細め夕日に染まる水平線を見つめるエルザとその横顔を盗み見るカナン。

チーム内で精神年齢が高い二人の会話は潮風に流れていく。

短い時間であるが感傷に浸ったエルザは、ふっと短く息を吐き気持ちを切り替える。

「さて、始めようか」

先ほどレーダーで確認した限り、霊魔はここから2km離れた地点に1体。おそらく下級。

エルザにとって逃げ隠れするだけとはいえ、特に問題はない相手である。

耳にインカムは装着しているが、マナミアの回線はオフラインにしており、マナミアへは聞こえるが、マナミアの声はエルザとカナンには聞こえないようになっている。

「カナン。打ち合わせ通りだ。今から5分の猶予を与える。そのうちに狙撃ポイントの決定を行え。それからは俺のインカムが入るまでは待機。いいな」

「了解」

「よし。状況開始」

エルザの最終指示を聞いたカナンは霊気を展開。背後に広がる集落の方へ駆けていった。

集落もそうだが、小高い丘や林になっている場所も点在しているため、狙撃にそこまで詳しいわけではないエルザにはカナンが陣取るであろうポイントは検討がつかない。

(俺が考えてもしょうがない)

銃撃はカナンの領域だ。エルザはとやかく言うつもりはない。

視線を水平線に戻したエルザは脚部に霊気を展開して跳躍。眼下に広がる入り江に飛び降りた。

砂地の部分は想像していたより硬く、足場にするにはそこまで障害にならない。

何度か足元の感触を確かめたエルザは、上体のみをハンヴィーに振り向け、拳を掲げる。

それを視認したであろうマナミアがハンヴィーを動かし、その場から離れていく。

今回の趣旨に沿った動きである。

いつもの癖で腰やマントの中を気にしてしまうエルザであるが、今は丸腰。小太刀はもちろん投擲用ナイフも後ろ腰の拳銃もすべてアセンションリングの自室に置いてきている。

(この景色いいな。気に入った)

誰の視線もないことを肌で感じ取ったエルザは、もう一度だけ目の前の風景に浸っていた。

水平線の向こうでは太陽が3分の1ほど顔を覗かせており、ゆっくりとだが確実に沈んでいっている。

エルザの体内時計で約5分が経過した頃合いで、太陽は沈み夕暮れから日没へと姿を変える。

陽光の力が徐々に弱まり、暗さが強調されていく。

(さて。状況開始だッ)

一人和んでいたエルザは一転、気持ちを戦闘モードに切り替える。

サッカーボールほどのサイズに形成、圧縮した霊気を花火が如く頭上に打ち上げる。

ドンッ。

空中に打ち上げられた霊気は軽い炸裂とともに爆ぜた。

とても花火とは呼べない代物であるが、作戦開始の意図は伝わっただろう。

それに霊気を撒き散らすことの効果はマナミアとの個人任務で確認済み。

「来やがったな」

案の定呼応した霊魔が、入り江を囲っている林を抜けて先ほどのエルザと同じように着地した。

獅子。

そう表現するのがピッタリなほど姿かたちが酷似していた。

強靭な四肢に爪、王者の風格すらあるたてがみ、鞭のようにしなる尻尾、得物を嚙み砕く顎と牙。

本物と違うとすればそのサイズであろう。非常に大きい。

目測で6mはある全長と3mはある全高。

見上げなければ全体すら視界に入れられないほどの巨躯。

どの一撃をとってもまともに食らえば試合終了になる力を内包した獅子型の霊魔がそこにいた。

「上級じゃねぇか」

数々の霊魔と交戦した経験から上級霊魔であるとエルザは判断する。

事前情報では下級と聞いていたが、この短期間で上級へと昇華したのだろう。

現場ではよくあること。で片づけるのもどうかと思うが、アーコロジー側で常にすべての霊魔を観測しているわけではない。優先順位がある。そこはエルザも重々理解している。

(よし。状況開始だ)

このアクシデントすら今回の演習に組み込んだエルザはインカムに向かって吠える。

「こちらエルザッ!想定外の霊魔と接敵した!撃退するだけの武装がないッ。誰か救助に___」

張り上げたエルザの声は、霊魔の腕の一振りでかき消される。

「ぐっ!?」

通常であれば問題なく対処できるそれを、エルザはあえて食らう。

バチィッ!!

痛烈なはじき音とともに、エルザは超スピードで林の中へ吹き飛んでいく。

その過程で何本かの木に激突し、その全てがへし折れていった。

(重っ・・・)

霊気を展開して防御したのにこの威力。

無傷で済んでいるのはさすがの一言だが、もし素のまま食らえば挽肉になることだろう。

【こちらカナン!狙撃ポイントに到着。聞こえてるかしら!?】

今の一部始終は視認していたのだろう。インカムから安否を問うカナンの焦った声が聞こえてきた。

「あぁ。だが今ので方向感覚を見失った。そっちから俺を視認できるか!?」

【木が邪魔で見えな____ッ!そっちに霊魔が向かったわ!!】

「クソッ!どうすればいい!?」

【落ちついて!霊魔が来た方向に進めば浜地に出れる。そこで私が仕留めるわ】

「り、了解」

(冷静だな。流石クールビューティー)

インカムでカナンが飛ばした指示はエルザに対するものとしては完璧だった。

これがグスタフやマナミアであれば話は変わってくるが、単騎で上級霊魔を狩れるレベルであれば、霊魔の攻撃を掻い潜って進むことができる。

(じゃあ第二フェーズといこうか)

その巨体で木々をなぎ倒しながら霊魔がエルザを補足する。

「こちらエルザ。再度霊魔と接敵。指示通り浜地に向かう」

【了解。無事を祈ってるわ】

通信を終了したエルザは、腰を落としいつでも動けるような姿勢を作る。

霊魔はエルザを追ってきた勢いそのままに、強靭な顎での噛みつきを繰り出してくる。

それを横に飛んで回避したエルザは、すかさず着地と同時に疾走。

霊魔を脇目に逃走を開始する。

だが霊魔の反応も早い。視野角的にエルザは見えないはずだが前足で薙ぎ払う動きを見せる。

精度はないが、もともと図体が大きいため雑な大振りでも当てることが出来る。

戦闘において体のサイズは大きいだけでアドバンテージを生む。

背後から迫りくる太い腕を飛び越えることは不可能。そう判断したエルザは霊魔の胴体の下に潜り込む。

獅子型である霊魔の身体の構造であれば、この空間は安全地帯となる。

ブオンッ!と風切り音とともに腕が通り過ぎっていったあとには、地面に落ちていた枝や落ち葉がきれいさっぱり無くなり地面が剥き出しになっていた。

「霊気無しだとキツイな」

二度目の接敵以降、エルザは霊気を使用していない。

今回の演習条件の一つは、何らかの原因で戦闘能力を失った人員を誘導するというものだ。

霊気を使えば霊魔を振り切ることは容易い。だがそれでは演習の意味合いが薄れてしまう。

指示を飛ばしてすぐに、それが上手くいってしまえばもし本当のアクシデントが起きた時に同じ感覚で考えてしまうだろう。

救助対象はエルザでないこともあるし、複数人の場合もあるだろう。

演習は演習であるが、カナンのために可能な限り状況を簡単にはしない。

3人は知る由もないがエルザは体どころか命を張っていた。

エルザもこうしたほうが良いだけ。と思っているだけなのでその雰囲気を出すこと自体が考えにない。

「勝負」

さらなる追撃が来る前にエルザは全力疾走で霊魔の股を駆け抜ける。

木々がなぎ倒されているため、比較的直線で走りやすい。

霊魔もエルザの行動にすぐ気づき追走する。

(怖ッ)

背面からの攻撃は非常に視認しにくく回避行動も難しくなる。

自身の身体スレスレを通っていく腕や顎の風圧を感じながらエルザはひた走る。

幾度かの攻防を凌いでいると、ようやく入り江の浜地が見えてきた。

目的地に設定された浜地は崖の下。

エルザが息を上げながら走っている林は崖の上。

崖といっても大きめの傾斜という雰囲気の為、痛いのを覚悟すれば生身で飛び降りれないことはない。

(カナン。こっからが腕の見せ所だぞ)

状況開始から30分~45分は経過しただろうか。

夕日はすっかり沈み、すでに辺りは真っ暗になっている。

エルザから見ても見通しは悪く、逃走ルートが開けていなければ木に激突していたかもしれない。

闇夜というのはステルス行動にうってつけの環境だが、対霊魔においてはアドバンテージが変わる場面がある。

それは狙撃。

黒い炎と表現されることもある霊気で構成された霊魔は、ただでさえ真っ黒。

闇夜に溶け込んだ霊魔は遠距離からでは非常に視認しずらくなるのだ。

つまり、狙撃ポジションで待ち構えているカナンにとって不利になる条件が整っている。

エルザが今回の集合時刻を遅らせたのはこのためだ。

久しぶりに汗をかきながら疾駆するエルザは崖から飛び降りる痛みに対し覚悟を固める。

エルザはチキンレースが如く崖ギリギリで跳躍する。

霊気を使った時とは異なり、すぐに重力落下が始まりもう身動きが取れなくなる。

後はこのまま浜地に叩きつけられるのを待つだけだ。

【エルザッ!!】

インカムからカナンの切迫した声がした。

初めて聞くカナンの声量で弾かれるように後ろを振り向いたエルザは焦燥する。

同じく崖を跳躍した霊魔の前足による一撃が、今まさにエルザに振り下ろされようとしていた。

(ヤバい・・・)

カナンの狙撃は期待できず、霊気の展開もおそらく間に合わない。

そう考えながらもエルザの脳は防御姿勢を作りだす。

腕をクロスさせ、可能な限り体を丸くする。

霊気使用によるものではなく、死に瀕した時に発動する走馬灯にも近い時間の引き延ばしが起きる。

霊魔の腕が加速して自身の眼前に迫る。

そして自身の腕と霊魔の腕が_____

バシュッ!!!

触れる前に霊魔の腕が弾け飛んだ。

「え??」

呆気にとられたエルザは自身が空中にいることすら忘れていた。

つまり、受け身も取れずに浜地に叩きつけられることになる。

「痛っ!?」

軽い呼吸困難に陥ったエルザは悶えることしか出来ない。

前足が片方無くなった霊魔も似たような状況である。

ドォォン・・・

どこからか遠雷のような音が響いてきた。

「あの一瞬で当てたのか」

それが狙撃音だと気づいたエルザは、ダメージの回復を待ってカナンに問いかける。

【えぇもちろん。どうせ暗闇だから狙撃が難しいって思ってたんじゃない?】

「うっ・・・」

隠していた意図をズバリ言い当てられたエルザは言葉につまる。

カナンはふんっと、それみたことかといった具合に鼻を鳴らす。

「でも、見えないのは確かなはず」

いつもより小さな声で言い返すエルザは、どこか情けない。

【光増幅スコープくらい持ってきてるわ】

「ひかりぞうふく・・・」

機械装備にあまり詳しくないエルザにとっては盲点であった。

「へ、へぇ~、準備がよろしいようで!」

恥ずかしさも相まってどこか嫌味らしく聞こえるようにエルザは言い返す。

【可愛くないわね・・・】

それに対しカナンは、はぁ。とため息をついた。

「くッ。別にいいしー。機械なくても特級と単騎で戦えるし俺ー」

【はいはい。強い強い】

ごちゃごちゃ言うエルザを一蹴するカナン。

これではどちらがリーダーか分かったものではない。

【それで、もう仕留めちゃっていいの?】

「いや、それはちょっと待て」

いつもの雰囲気に戻ったエルザは、カナンを制止する。

「体の一部を欠損させる戦法はかなり有効だが、上級から上は再生能力がある」

そう説明しながらエルザはバックステップで霊魔から離れていく。

「再生速度は個体によりマチマチだが、知らずに追撃すると手痛い反撃を食らうことになる」

エルザが言い終わらない内に、はじけ飛んだ部分から前足が再生していく。

「こいつは、そこそこ早いって感じだな。カナン」

再生直後、霊魔はエルザめがけて突進する。

「撃て」

その号令直後、霊魔の頭部に狙撃が命中。侵入口と排出口が霊気の霧散により確認できる。

気持ちいいほど一直線に対象を穿った弾丸は海面に激突し水柱を立てる。

遠雷のような銃声が響き渡る中、エルザは追加で指示を飛ばす。

「再生させるな。仕留めろ」

今回の演習でやりたかったことはすべて完了した上に、霊魔が再生する場面も見せることができた。

これ以上時間をかけることもないと、エルザはいよいよ霊魔に背を向けて歩き出す。

【あら、信頼してくれるのね】

次々と狙撃が命中し、霊魔に風穴を穿ち、遠雷が重なる中、カナンからのインカムが入る。

「外す方が難しいんだろ?」

皮肉でもなんでもなく称賛の言葉を送ったエルザは、カナンとマナミアにバレないように痛む腰をさすっていた。

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