第6話 反省会1

鉄は熱いうちに打て。という言葉がある通り、下級霊魔討伐を完了したエルザ達は、アーコロジーに帰投後、マナミアが記録した戦闘映像を流す予定を組んだ。

とはいえ、シャワーを浴びる時間や食事の時間は確保している。

コン、コン、ガチャ。

「お疲れーす!」

反省会の開催場所はエルザの自室であった。

エルザもシャワーと食事を済ませた上で、ほかのメンバーを待っていた。

一番乗りはグスタフ。ラフな格好ではあるが体格に恵まれている為、なんだか見た目が良く見える。

「ういー。椅子とか人数分ないから適当なとこに座ってくれ」

エルザは自身のデスクに座り、何やらPCに打ち込んでいた。

「なにしてんの?」

「みんな揃う前に今回の報告書を仕上げようと思ってな。リーダーって事務面でも仕事が増えるらしいぜ」

「うーわ。俺なら絶対にやりたくない」

「賛成ー。ゆくゆくは事務職専門のやつでも引っ張ってこようかな」

「いい案じゃね?」

コン。コン。

エルザとグスタフがそんな他愛もない会話をしているとドアをノックする音が。

ノック音の位置と気配からドアの向こう側にいるのはカナンだと気づいたエルザは、声を出そうとするグスタフを手で制止する。

コン。コン。

コン?コン?

ノック音が、あれまだ帰ってきてないの?的なニュアンスを含みだした。

それを感じとったエルザとグスタフは笑いそうになるのをこらえる。

男が二人でいればどんなくだらないことも、楽しめるイベントとなる。

(ちょっと見てみようぜ)

(よしきた!)

エルザは手振りでドアスコープを覗くようにグスタフに伝える。

にやにやしながらドアスコープに顔を近づけたグスタフ。

「いなくなってる」

「一回自分の部屋に戻ったか。一応、外見といてくれ」

2人にとって悪意ある行動ではない。故にカナンが見えなくなったことに対して焦る気持ちはない。

連絡一本入れればそれで済む話。

かちゃ。とドアを開け無意識だろうが、そろりと顔を出したグスタフ。

エルザから見るとガタイの良い大男がそんなことをしているのだから、かなり滑稽に見える。

(やっぱごついな。普段戦闘衣装でしか見ないからな)

「居留守なんてしくれてありがとう」

「へあっ!?」

「ははっ」

カナンの冷たい声。

グスタフの素っ頓狂な裏声。

エルザはキーボードを打ちながら笑う。

部屋の外を覗き込むために姿勢が低くなっていたことが災いした。

カナンのアイアンクローがグスタフの顔面を強襲する。

「痛った!?えっこんな力あんの!」

「ガンナーの握力、舐めないことね」

最後にグスタフの頭を引っぱたいたカナンは、ふん!と鼻をならしながらエルザの部屋に上がる。

「お疲れさん。ごめんな、グスタフがどうしてもって言うから」

「そんなことだろうと思ったわ・・・。」

「ちょっと待て!エルザも共犯だろうが!!」

すらすらと嘘なのに、嘘を感じさせない雰囲気のエルザ。

あきれるカナン。

抗議するグスタフ。

ただ、悲しいかな世界は往々にして多数の味方をする。

「カナンには硬い床ではなく、ふかふかのベッドに座る権利をあげよう。私の部下が粗相をしたせめてもの謝罪として受け取ってほしい」

「あら、ありがとう」

「貴様この野郎」

まるで長年一緒にいるかのような流れが途切れない会話。

実際には出会って半年ほどの彼らではあるのだが、共に戦場に立つことは心の距離すらも一足飛びに縮める。

結束力のあるチームはいくつもの死線を潜り抜けているものだ。

「まだ痛ぇよ・・・。」

ズキズキするこめかみをもみほぐしているグスタフは放置して、

エルザは報告書の仕上げに入る。

(こいつを送信したら報酬が振り込まれるって流れか)

エルザはリーダーとして一つの仕事が終わるまでの流れを把握した。

「ふぅ。おーわり」

「お疲れ様」

何をしているかを聞くことはなかったが、予想はできたのだろう。カナンがベットに座りながらねぎらいの言葉を投げる。

「リーダーって事務系の仕事も意外と多いんだよ。得意でフリーな奴知ってる?」

「私の知り合いは引き金を引くのが得意よ」

「あ、そうなの。もし情報入ったら教えて」

「憶えておくわ」

人材の勧誘も大事なリーダーの仕事だ。事務員が増えて直接的に助かるのはエルザであるが、

エルザの時間が増えることで助かるのもグスタフ、カナン、マナミアである。

(当面の間はマナミアと分担していくか)

資金面や設備面でのやりくりもある。

そのあたりはマナミアと共有していきながら進めたほうが効率的であるだろう。

こん。こん。

小さめなノック音がする。

「入っていいぞー」

エルザが声をかけるとかちゃりとドアが開き、マナミアがとてとてと入室する。

格好は完全な寝間着。眠気を感じさせる眼をしていた。

(なんだかんだでオペレーションが一番気を遣うポジションだもんな)

それも初の実戦ともなればプレッシャーは相当なものだっただろう。

オペレーターは全体的なバランサーとならなければいけない。

個人の体調面から戦局、あらゆる事態を予測し続ける。見落としがあれば仲間が危機に陥る。

精神面においてこれほどすり減るポジションはないだろう。

「さて、お疲れのところ悪いが今回の反省会を行う」

エルザは椅子に座ったまま日常に戻った雰囲気を締める。

「といっても、俺は反省会って言葉があんま好きじゃない。なんか勝手に空気重くなるからな」

上手くいったあとの反省会など最低限の空気感だけで良い。エルザはそう考える。

「そこでだ。お前らにちょっとしたご褒美を準備した」

よっこらせと立ち上がったエルザは、まず立ったまま寝そうなマナミアを代わりに座らせる。

そのままその場にしゃがみこんだエルザは、デスクにある縦に長い引き出しにあたる部分を空ける。

横開きのそれは冷蔵庫であった。

普通、飲食は食堂で済ませられる。中には地下施設まで下りて行って食材を買う者もいるが、個人の冷蔵庫はこの世界の生活においてあまり普及はしていなかった。

「リーダーともなればそういうのも貰えんのか?」

どうやらアイアンクローのダメージから回復したグスタフがいつもの調子で聞いてくる。

「いや、これは前に個人的に買ったものだ。数は少ないが需要もない。意外と安く買えるぞ。今の相場は知らんがな」

振り返るエルザの手に握られているのは、4本のビンだった。

薬品などに使われる色合いのビンだか、縦に細長く、エルザが持っている部分は細くなっている。

この世界においては高級品とされる品物、それは__

「まさか、お酒なの・・・!?」

カナンの声を聴いて、グスタフもマナミアでさえも驚きの表情を見せる。

「そうだぁ。どうだ?テンション上がるだろう?」

はっはっはーと酒ビン片手に腰に手を当て胸をはるエルザ。

中身がビールという酒であることを説明してもピンとこないであろうから、エルザは酒であることだけを伝える。

「お金持ちだね」

マナミアは眠気がどこかへ去っていったようで、キラキラした目でエルザを見上げていた。

ちなみにマナミアの年齢は15である。

それよりも幼く見えるのは精神年齢による部分が大きいだろう。

セリフと表情だけ切り取れば、変な意味も含みそうだが、そうならないのがマナミアのすごいところ。

「滅ぶ前の世界は20歳から酒が飲めるらしいが、今は関係ねぇ」

ちゃちゃっと3人にビンを手渡したエルザは、自身の酒ビンを持った手をずいっと前に差し出す。

「酒を飲むには、乾杯!ていうセリフが必要だ。これを言わずして__」

「あれ、これどうやって開けんの?」

エルザが気持ちよくしゃべっているとグスタフが当然の疑問を口にする。

ビール瓶であるということは当然、栓がしてある。

栓抜きという存在自体グスタフは知らない可能性もあるが、エルザの部屋には栓抜きなどない。

「グスタフ君、いついかなるときも霊気を応用するということを忘れてはいけないよ」

やれやれというジェスチャーを大げさにするエルザ。

3人に見えやすいように位置を調整し、親指を栓の根元に引っ掛ける。

そして親指だけに霊気を展開して、栓を弾くように親指を動かす。それだけでぽんっと栓が弾けた。

本来、アーコロジー内で霊気を使用するのは禁止という暗黙の了解があるが、それは裏を返せば迷惑行為にならない範囲は問題ないということだ。

普段ルールには厳しいカナンもこの時は考えないようにした。

「さぁ諸君、盃を掲げたまえ!」

ぽんっぽんっぽんっ。と3つの栓が飛ぶ。

「「「「乾杯!」」」」

チームの初仕事を終えた4人は祝杯を挙げた。

「やっぱ染みるねぇ」

ビールを呷って最初に口を開いたのはエルザは、馴染みのある味に一日の疲れが解けていくのを感じる。

チーム最年長であるエルザは酒の味を知っていた。

「初めてビールを飲んだけど、美味しいわね」

酒ビンを直で飲んでいるのに、どこか優雅さを感じさせるカナンは21歳。

チームで2番目の年長者だ。

「おぉ!ウマっ!!」

そう言ってさらにビールを飲むのはグスタフ。18歳。

「うん。美味しいね」

少し怖がりながらも一口飲んだマナミアは15歳。

年齢も個人の得意分野もバラバラな4人が短期間でよくここまで仲良くなれたなと、エルザは内心とても安堵していた。チームが離散する要因はいくつかあるが、結成直後の不和はどうしようもない。

結成したてだから思い入れもないゆえに簡単に空中分解する。

(だから半年かけて口説いたんだけど)

エルザが3人に目をつけたのは約半年前。

当時リーダー権限を持った直後だったエルザは、ある種それをとっかかりとしてチーム勧誘を行うための関係づくりを始めた。

繊細で気を遣う時間だったが、それがここでひとまず報われた。

(というか、全員ビール初めてでうめぇって言うのはまさかだったな)

チーム初の任務成功を祝したいというのはもちろん本音。

ただイタズラとして、ビールを飲んで苦いという奴を、「おこちゃまが」とイジるつもりだったエルザは肩透かしを食らった気分になりつつも、次のステップが完了した暁には酒場に連れて行こうと、ひそかに計画を立てた。

「うーし。酒が無くならないうちに反省会すっぞー」

今回の趣旨である初実戦の振り返りはとてもエルザ好みの雰囲気になった。

マナミアに映像を流させつつ、気になる点や、この場合の陣取り方、やるべきこと、やってもいいこと、やってはいけないことを個人、全体問わず教え込んでいく。

場の空気も良い意味で軟らかいため、グスタフ、カナン、マナミアからも随時質問が飛んでくる。

それに淀みなく的確に答えるエルザは本人の意図しないところでリーダーとしての信用をさらに強固なものにしていった。

「一番気になるのは最後よね」

映像上では戦いは終盤。グスタフがスイッチを行い、カナンがライフルを撃っているシーン。

エルザもこのシーンについては特に言うことはない。2人とも咄嗟によくやってくれたと思う。

銃撃が終わり、落下する霊魔が十文字に両断され霧散する。

マナミアも気になるのか、だれに言われずともスローで繰り返し再生しているがスロー映像で見てもエルザの動きはまるで追えない。

全身に霊気を展開していれば理由はつけられるが、その様子はない。

「答えは簡単だ。霊気を展開するそのものの捉え方の問題」

エルザは3人の思考を答えに誘導する為、映像を止め、視線を集める。

「霊魔を攻撃する時、また守る時、前提として霊気を使用せねばならない。グスタフはグローブに、カナンは銃弾に。俺は小太刀に。このことは何も問題ないが、武器に霊気を使用しない場合のみ運用方法はより効率的になる。ヒントは最初の演習だ。はい、わかる人」

首をかしげる3人。

そりゃそうか。とエルザは納得する。つい最近霊気をまともに扱えるようになったのだ。その先を見るにはタイミングが早すぎた。

「少し意地悪だったな。すまん」

3人は特段なんとも思っていないがエルザは謝っておく。

「人体に霊気を使用する場合は、なにも体外に展開する必要などない。ということだ」

3人はビールの比ではないくらい驚愕する。そんな視点、考えはなかった。

仮にそこに到達できるとしてどれだけの時間が必要となるのか。

それを自分たちのリーダーであるエルザはさも当然の領域かの如く披露する。

それはいくら演習やっても勝てんわ。言葉こそ違えど同じ感想を抱くグスタフ、カナン、マナミア。

「俺は人体を学んだ。自分という機構を最高効率で燃焼させるために」

酒が入っているせいか、いつもより少しだが饒舌になるエルザ。

「同じ道をお前ら全員たどれ。とは言わん。代わりに何度でも言う。霊気は使い手の応用次第でどんどん力をもたらしてくれる。俺が証明したろ?いついかなるときも霊気を応用することを忘れるな」

乾杯の直前に、エルザがグスタフに向けて言った一言。

ともすれば状況的に聞き流してしまいそうな一言は、ずしりと3人の胸にのしかかる。

3人は3人ともエルザは良いリーダーだと思う。実際にチームを組んでみてそうなのだから間違いはない。

その反面、容赦の無さも知っている。古いもので言うとエルザがチームメンバーを探し回っていた時期。

もちろんその時点でエルザの名前はある程度知れている。チームメンバーを探していると早い段階で噂が出回ったこともあり、野心溢れる者や、腕に覚えのある者は、勝てばチーム入れろ。という条件でエルザに勝負を吹っ掛けた。

結果は全て惨敗。エルザが強いのもあるが、一切の手加減なく完膚なきまでに叩き潰した後には必ず弱いだけの奴はいらん。と言葉でとどめを刺していた。

そのセリフは今になれば意味合いを理解できる。

次にチーム入隊を賭けた、仮想空間での模擬戦闘。

グスタフは実際に足を切り飛ばされ、カナンは受け身すらとれないようにアスファルトに叩きつけられた。

現実ならまず大けがどころではかったグスタフと、確実に骨の2、3本はイっていたカナン。最悪頸椎損傷で半身不随になるかもしれない。

マナミアもエルザを落とせる可能性があったダイナマイトによる爆破はできなかった。

仮想空間であれど、そんなレベルの攻撃を躊躇なく繰り出せることには畏怖を覚える。

最後に現実世界での演習。

3人のレベルに合わせて強さや立ち回りを調整していてなお、骨が折れてもおかしくない打撃や、カナンに至っては石の散弾をまともに腹に食らっている。内臓が破裂してもおかしくない。

カナンは今でも青あざが残っているのは他の皆には内緒にしているが。

エルザは強く優しく賢く頼れるリーダーである。

今もこうして高級品の酒を惜しげもなく振る舞い、メンバーを労って、成長する為の機会をこれでもかと用意している。

だからこそ今のタイミングで思ってしまったのだ、結果が出ない場合は何を言われるのかと。

「今日のところは解散。2日間のオフを設けた後は、各自俺と2人で任務に出てもらう。詳細は追って連絡する」

グスタフ、カナン、マナミアの顔が様々な意味で引き締まったことを確認したエルザは、これ以上言うことはないといわんばかりに反省会兼飲み会を閉会した。

(全員がそこまで思い至ったなら僥倖。酒くらい安いもんさ)

自室を後にする3人の背中を見てエルザは思う。

そう思うように半年前から種を播いた。勝負を挑んでくるめんどくさいだけの奴らに毎回同じセリフを吐いたのがそれだ。演習ではその面ももちろんあるが、手ぬるいことをする意味もないという面もあった。

エルザは、人心掌握や相手の思考を読み取ることにかけては天才といえるセンスを持っていた。

それが半年前からの行動を可能としたのだ。

エルザ自身、その自覚はある。自覚をしたうえで仲間に悪用することは禁じ手として己に誓っている。

エルザはただ願う。まだ絶望を知らぬ若き才能が潰れてしまわないようにと。

「やっぱうめぇな」

わずかに残ったビールを流し込んだエルザは、再度PCに向かい合う。

色々と整理したいものがある、リーダーとしての仕事はもうしばらくかかりそうだ。

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