第5話 初陣

アセンションビルとアセンションリングを中心に成り立っているアーコロジーを取り囲む環境は、あまり良いとは言えない。

アセンションリングから出撃ゲートに向かいつつエルザは思う。

ドーム状になるように建設されたアーコロジーだが、4本の柱がやや湾曲しながら上空で一個所に繋がっている。その接続部分の真下にアセンションビル、アセンションリングが存在している。

都市部に見えるのはそこだけであり、周囲の住宅地は一様に古びているといった印象だ。

現在エルザ達が歩いているのは、アセンションリングから出撃ゲートを繋ぐ一直線の道路だ。といっても舗装はされておらず踏み固められた地面が剥き出しになっている。

貧富の差という言葉を体現しているような光景。アセンションリングからエルザ達のような霊魔探偵や霊魔討伐士が出てくるのは珍しい光景ではないが、無邪気な子供の視線、決して良い気持ちを抱いていない大人の視線が彼らに集まってくる。中には駆け寄ってくる子供もいるが大抵スリ目的であったりもする。

武装を盗まれるなよ。と最低限の声量で注意を促したエルザは思考を続ける。

アーコロジーの一歩外は無法地帯そのもの。様々な危険が潜んでいる。

それらから人々を守る役割を果たしているのがアーコロジーなのだが、貧富の差がこうも拡大するのには人類が2種類に分かれているからだ。

霊気を扱える者と扱えない者。

もちろん霊気を扱える者が優遇されていき、その血縁者も待遇が良くなる。

血縁者にも霊気が扱える者がいない人々がアセンションリング外での生活を余儀なくされている。

霊気は使えないが、血縁者に霊気が扱える者がいる人々はアセンションビルとアセンションリングに広がる地下施設で労働することになる。主な仕事は食料生産と地下施設の増設。

といった風に階級にも似た扱いの差が生まれてしまっているのが事実だ。

これそのものを悪だと断言はできないし、少ない資源でアーコロジーを運営していくにはこの形が効率が良いのも理解できる。

周囲を観察しながらつらつらと考えていたエルザだったが、軽く頭を振り意識を切り替える。

今日はチームで初めてのアーコロジー外での行動となる。

任務目標は下級霊魔の討伐。

任務自体はさほど難しいものではないが、何が起きるか分からないのがアーコロジー外の世界だ。

想定外の強敵やアクシデントに見舞われることも珍しくない。

ましてや今回はエルザもリーダーとしては初めてのアーコロジー外活動となる。

あらゆる事態に対応できるように常に神経を尖らせておくことを頭の片隅に置いた。

出撃ゲートが近づいてきた。

4本の柱のそれぞれの根元が出撃ゲートとなっており、大型車両や、個人の特殊兵装など持ち運べないものを格納する役割も担っている。

それらを整備する人員も常駐しており、各チームや個人の出撃に合わせて調整してくれる。

「お疲れ様です。エルザ隊長」

その中の一人がエルザに気づき駆け寄ってきた。

「新車のハンヴィーですが、調整、メンテナンスともに問題なく完了しております。いつでも走れますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

初対面の相手なのでエルザも自然と低姿勢になる。

これがお願い事の2つ目でもある。時間が足りないかと不安だったが何とか間に合わせてくれたようだ。

「「「新車のハンヴィー??」」」

グスタフ、カナン、マナミアが揃って首をかしげる。

「ふっふっふ。この日の為に準備を進めておいたのさ。チーム結成祝いだぜ!」

3人に向かってグッと親指を立てるエルザ。

その背後に、まるで打ち合わせたかのようなタイミングで雄々しいエンジン音を響かせながらハンヴィーが姿を現した。

「「「おぉー!」」」

全長5m全幅2.5m前高1.8mで荒廃前の世界で活躍していた四輪駆動の軍用車両であるが、残存していた資料を元に復元した。その走破力、カスタマイズ性が重宝されエルザ達の時代においてもメジャー車輌となっている。

ピカピカに磨き上げられたベージュのボディは新車であることの証明だ。

「そしてドライバーはマナミアに任命する!」

「了解・・・!」

テンションが上がる一同。

エルザはビシッと敬礼してマナミアと向き合う。

マナミアもびしっと敬礼を返す。

「よしお前ら乗り込め!!」

言いきらない内にハンヴィーに走っていくエルザに続くグスタフ、カナン、マナミア。

ハンヴィーの車内は4人乗りで最後方は武器を積めるだけのスペースが確保されている。

既に犬型マシンウォーリア2機とドローン。ライフル、スナイパーライフル、弾薬、医療品、糧食、メンテナンス用品など、武装と戦場で役立つアイテムが積まれている。

天井には丸型ハッチがあり、機銃をマウントすれば走る砲台にもなる。

(機銃まで買う金はなかったがな・・・)

これまでの出費を思い出しややブルーになるエルザだったが、3人がとても喜んでいるので良しとした。

「マナミア。ハンドルの裏にあるボタン押してみ」

エルザは、シートの位置や背もたれの角度を入念に調整するマナミアに声をかける。

「どこ・・・?」

「多分、右手側のとこだと思うぞ」

小さい手でハンドル裏をもぞもぞと探るマナミア。

そんな見つからんもんか?とエルザが疑問に思っていると、

「触ってたところ全部がボタンだった・・・」

「初見殺しだな。それは俺もわからん。まぁいいや押してみ」

促されるままマナミアがボタンを押すと、メーター、オーディオ機器、シガーソケットの部分が奥へと引っ込み、代わりに液晶ディスプレイが出現した。

「おぉ・・・!?」

これには機械オタクのマナミアも驚いた。

後ろのグスタフ、カナンも、うわすげっ。驚いたわね。とリアクションしている。

「このハンヴィー自体が通信基地の役割を果たせるように改造してもらった。マナミアがドライバーなのはこれが理由だ」

「初期設定から自分でやっていいの・・!?」

「え?あ、うん。もちろん」

(手数料取られるのと、面倒くさいからやらなかっただけなんだよなぁ)

眼を輝かせながら自身の顔を覗き込むマナミアを直視できないエルザ。

代わりに冷ややかな目をしたカナンと目が合う。

【言わないで】

エルザは口パクでカナンに訴える。

するとカナンは今回は見逃すわ。と言わんばかりに鼻を鳴らして窓の外を見やった。

「さて、今回のブリーフィングを行う」

マナミアが初期設定を行っている間でエルザは今回の作戦内容を振り返る。

「目標は下級霊魔1体の討伐だ。作戦地点はアーコロジーから北西に約15kmの市街地跡。観測レーダーでは標的以外の反応は昨日時点で観測されていないが、最新情報ではない。そのために観測レーダーもハンヴィーに搭載しているが100%信用はしない方がいい。」

通る声ではきはきと情報共有を行ったエルザは一呼吸おいて続ける。

「前も言ったが本来俺一人で難なく対処できる仕事だ。だが何が起きるか分からないのが現場というもの。もし不測の事態や対応不能の敵が出現した場合はすぐに逃げること。ハンヴィーでもいいし、霊気全開で走ってもいい。とにかく無駄死にするような行為は厳禁とする。」

「「「了解」」」

マナミアも初期設定が終わったようでしっかりとした返事があった。

チーム結成から約1週間でかなり結束は深まったと感じる。

仮想空間の模擬戦闘以前から関係構築を行ったのがここで効いてきた。

不休で動き回ったのもここで報われるな。とエルザは過去の自分を褒めることにした。

「よし。じゃあ作戦地点に向けて出発!」

エルザの号令により4人を乗せたハンヴィーは雄々しいエンジン音とともに出撃ゲートを飛び出していった。

アーコロジーから100mも離れないくらいから周囲の景色が変わっていく。

人工物が自然に飲み込まれ、土に還っていっているような光景。

家屋は倒壊し植物が巻き付き、ビルは倒壊し朽ち果て、アスファルトは経年劣化でほとんど剥がれもともとの地面が剥き出しになっている。そして建造物だったであろう大量の瓦礫が散乱している。

たまに信号機だったものや電柱だったものも散見される。

(しばらくは好きにさせるか)

グスタフ、カナン、マナミアは外の世界を見るのが初めてだ。

神妙な面持ちで窓の外を見ている。

荒廃した光景ではあるが、度々霊魔討伐士が車両で移動するためその部分だけは踏み固められており簡易的な道路となっている。

想像以上に車内が揺れないのはそういう理由だ。

出発前にマナミアが初期設定を行ったおかげで、液晶ディスプレイも非常に整理されており、走行中はメーター表示と観測レーダーと通信機器の充電を行うようになっているようだ

エルザは観測レーダーに気を配りつつ、いつまにか強張っていた体の力を抜いた。

(あと10分無いくらいでつくな)

しばらく車に揺られていたエルザだったが、頃合いを見計らって話し出す。

「目的地まであと少しだが、今回の任務では現状のレベルを考えて布陣を敷く。まず、2人も知ってる通りマナミアは直接的には戦えない。だからこそ運転手を託したし生命線でもあるオペレーターも担ってもらうし、お釣りがくるほどの能力もある。自衛のためにマシンウォーリアも置いていくから、俺、グスタフ、カナンの3人が今回の直接戦力となる。まぁ今回は俺がフロントやるから霊魔との戦い方を学ぶ場と捉えてもらっていい。いいなお前ら?」

やはり緊張が隠せないのだろう。

いつもなら声で返事する場面だが、首肯するだけに留まった。

「到着までもう間もなくだ。各自準備を怠るなよ」

そう言ってエルザは自身の武装をチェックする。

右肩のマントに仕込んだ5本の投擲ナイフの手触り。

後腰のホルスターに収まっている拳銃を引き抜き、マガジンの残弾数が最大まで入っているのを確認。

座席に座る際に邪魔になったため、自身が抱きかかえている小太刀の重さを感じる。

使い慣れた武装は返って安心感が生まれる。

グスタフはグローブをしっかりと装着し、手を開いたり閉じたりしている。

カナンは拳銃、ライフルと携行する銃をチェックしている。

マナミアは運転しながらも犬型マシンウォーリアの起動を行っている。

(集中力が高まってきているな)

先ほどまでは緊張が隠せなかった3人だが、実戦を前にメンタルコントロールを行っている。

今の顔にネガティブさは感じられない。

「目的地に到着したよ」

マナミアが言って、ハンヴィーの速度が徐々に落ちていく。

「レーダーにも映ってるな」

エルザが液晶ディスプレイを覗き込む。

現在地が中央で円形5kmが観測範囲となっている。

目測で4kmないくらいの地点に赤いドットが点滅している。

ここまで近づけばかなりの精度で観測が可能であるが、ドットが動かないところを見るに停滞しているようだ。

またドットの大きさで下級霊魔か上級霊魔かのおおよその判断ができる。

今回は指示通りに下級霊魔が1体いるだけのようだ。

「マナミア。足元のスペースにインカムが入っている箱があるからとって」

任務中のチームのやりとりはインカムで行う。

基本的に戦闘員たちはレーダーなど見れない。各チームの特性によるがオペレーター要員を設けるところもある。エルザのチームもそうではあるが、戦闘員+後方支援というスタイルはあまり多くない。

純粋にオペレーションができる人材が少ないのと、戦闘員は多い方が良いという考えが一般的だからだ。

だからこそマナミアもチーム所属前は注目株だった。

「これより下級霊魔討伐を開始する」

最後に念のため目視で周囲に危険がないことを確認したエルザは、己が一番最初にハンヴィーから降りる

それにグスタフ、カナンが続く。

「えー。こちらエルザ、各員聞こえるか?」

『おう!問題ないぜ』

『ええ。聞こえてるわ』

『異常なし』

車内では喋らなかったグスタフだったが心配はいらなさそうだ。

「了解。何か問題が起きたらすぐに連絡する事。以降のオペレーションはマナミアに引き継ぐ。ま、今回は練習だと思って気楽にやってくれ」

『了解。レーダーの情報は逐一言うね』

「任せた。グスタフとカナンは俺と一緒についてこい」

ハンヴィーの前方に移動したエルザは2人を手招きする。

拳にグローブを嵌めたグスタフ。

レッグホルスターに拳銃。背中にはライフルを背負ったカナン。

エルザは2人を引き連れるようにして歩き出す。

進行方向はハンヴィーを中心として右前方。4kmも進めば下級霊魔が待ち構えているだろう。

「ここからはいつ襲撃があってもおかしくない。気を抜かないようにしておくこと。そして現場では基本的に霊気を使って移動する。さぁグスタフなんででしょう」

「えっ。あーっと。足場が悪いから!」

「部分点はあげよう。カナンどうだ?」

「人間の脚だと霊魔の移動速度に敵わないこと。霊気を節約するために車両移動をした。霊気を展開しつつ移動すれば急な襲撃にも対応ができるってとこかしら」

「おー。100点をあげよう」

「急に話振られたら驚くじゃん!?」

「ははは。じゃあ移動するぞ」

「愛想笑いが適当じゃね?」

「ちゃんと勉強しときなさいよ」

実地の雰囲気の中、いつものやりとりが交わされることに安堵したエルザは、分かりやすく霊気を展開する。

『観測レーダー、動きはないよ』

「良いタイミングだ。その調子で頼む」

マナミアもオペレーションのセンスがあるようだ。

「はぐれるなよ」

言ってエルザは跳躍する。

瓦礫、倒壊した家屋やビルなど足場となるものはたくさんある。走るというよりかは飛び移るという形で

道なき道を軽やかに進んでいくエルザ。

さながらパルクールのような動きだ。

空中で宙返りや体を反転させ、後方を確認するのも怠らない。

「フゥ!!!」

身体能力に定評のあるグスタフもエルザと同じようにフリースタイルで楽しそうにしている。

「・・・・!」

エルザ、グスタフに比べると身体能力に劣るカナンは最短距離を進むことで2人についてきているといった様子だ

今以上に速度が上がらないように調整しながら進むエルザ。

『もう少しでポイントにつくよ』

インカムはGPSを内蔵しており、観測レーダーの範囲である5km以内であれば現在地が表示される。

「2人とも止まれ」

ビルの残骸で停止したエルザはついてくるグスタフ、カナンに自身の横に来るように促す。

停止位置は倒壊したビルの端。ちょうど足元の景色が見渡せる。

大規模な戦闘か爆発があったところなのだろうか。すり鉢状に地面が抉れており、まるで闘技場のような雰囲気を漂わせている。

その中心地点。舞台ともいえるスペースに下級霊魔がいる。

まるでオオカミのような図体。その全身は霊気で構成されている為真っ黒だ。

今は寝ているような姿勢だが、それでも目測で2mほど体長がありそうだ。

「あれが霊魔か・・・」

「みたいね。資料とそっくり・・・」

実物は初めて見るグスタフとカナン。

グスタフは腰を落として観察するような視線で眼下を見下ろしていた。

カナンは既に拳銃をホルスターから引き抜いており臨戦態勢を取っている。

「まずはデモンストレーションで見て学ぶ時間だな。霊魔は霊気による攻撃しかダメージを与えれない。人類がここまで追い込まれたのはそういうことだ」

とりあえず近くで見てな。言ってエルザは跳躍する。

30mはありそうな深さの地面にスタっと軽やかに着地したエルザは慣れた動作で小太刀を抜刀。

自身の後ろにグスタフとカナンがついてきたことを確認して、攻撃をしかける。

一直線に走り込んで霊気を使用していない斬撃を繰り出す。

寝ている霊魔の脇腹を横一文字に切り裂くような一撃は、確かに命中したが刃がすり抜けただけに見えた

続く連撃も見た目とは裏腹に虚しくすり抜けていく。

【・・・?】

ここでようやくオオカミ型の霊魔も反応を見せる。

首だけを持ち上げてキョロキョロしている。

「こういうことだ」

霊魔が反応を見せる前にグスタフ、カナンの元へ戻っていたエルザは端的に話す。

「次に、お前らのスタイルに合わせた攻撃をやってみよう」

小太刀を納刀したエルザは両腕を脱力する。

「グスタフ。俺も体術ができないわけじゃない。ただ性に合ってたのが小太刀ってだけだ。俺のスタイルはお前には合わないかもしれないが参考にはしてみてほしい」

後ろを見ることなく話したエルザの両拳からユラユラと霊気が立ち昇る。

まるでそれに反応するように霊魔が動き出す。寝ているような姿勢から機敏な動きで立ち上がり頭部をエルザ達に向けて威嚇するように構えた。

寝ている状態で2mはあった霊魔が立ち上がるとかなりの威圧感が生じる。

グスタフとカナンは顔が引きつっているが、エルザはいつもと変わらない雰囲気でゆっくりと霊魔に向けて歩き出す。

霊気を使用できる以上、お互いの間合いに両者がいる。

霊魔が仕掛ける。

野生さながら前足を振り下ろす一撃。エルザを上から潰せる大きさだ。

普通であれば見ている側が声を荒げてしまいそうな光景だが、グスタフとカナンは固唾を飲みながらエルザの動きに注目している。

「_____」

エルザの左手が半円を描くような軌道で自身の頭上に迫る霊魔の太い前足に触れる。

その瞬間、まるで前足がエルザを避けるような軌道に変わる。

ズシン!

エルザの数センチ横の地面に霊魔の前足がめり込む。

スパァンッ

重心が乗ったその前足にエルザの右足払いが決まる。

そしてバランスが崩れ落ちてきた霊魔の横っ面にエルザの右拳の裏拳が突き刺さる。

ゴッ!!!

ただの拳で出せるエネルギーなど遥かに超越した威力の霊気の拳。

その打点から霊気の残滓が飛び散る。

地面をバウンドしながら吹っ飛んでいく霊魔を見つつ、エルザは右肩のマントから投擲ナイフを2本取り出しそれぞれ右手左手に構える。そして両の指先をくっつけ霊気を展開。引き延ばすことで5本の糸を生成する。

それを投擲ナイフに接続、足の裏に霊気を展開して跳躍したエルザは、霊魔の両サイドに刺さるように投擲。

深々と刺さった投擲ナイフを起点に捕縛用のネットが霊魔に絡みついた。

「今見てもらったように」

何事もなかったかのようにグスタフ、カナンのもとに戻ってきたエルザは霊魔に背を向けて話し出す。

「霊気を使った攻撃でないと有効打にはならない。そして霊気同士で相殺、削っていくようなイメージだな。次はカナンへのデモンストレーションだ」

そう言って後腰のホルスターから拳銃を抜いたエルザは無造作に霊魔に向かって歩きだす。

エルザが話している間もがいていた霊魔が霊気のネットを引きちぎる。

霊魔に感情があるのかは定かではないが、一層戦意が高まったように感じる、

相対するエルザと霊魔。先手の奪い合い。動いたのはエルザ。

慣れた手つきで拳銃を構え間髪入れずに発砲。

基本人間には見えない弾丸が放たれたがなにも起こらない。外せる距離でもないし、的が小さいわけでもない。つまり霊気を使用しない銃撃。

『初心者が陥りやすい状況の一つとして、霊気を使い忘れることがある』

3人のインカムからエルザの声が流れる。

『基本を押さえていても、咄嗟の状況や焦りで霊気を使用せずに攻撃したり防御をしたりしてしまう。それが招くのは自分の死か仲間の死だ。』

さらにエルザが引き金を引く。

ドウッ!

銃声というより空気が爆ぜるような音。

霊気を纏まった銃弾は霊魔の眉間に直撃。打撃の時と同じく被弾したところから霊気が残滓が飛び散る。

『打撃も銃撃も効果としては同じだ。質問はあるか?』

『いーや大丈夫』

『私もよ』

後ろの二人が注意深く観察しているのを感じていたエルザはインカムでやりとりする

『よし。ここからは実戦練習とする。俺とグスタフがフロントで陽動、カナンがミドルで霊魔を削れ。いけるな?』

『お~し!やってやるぜ!』

『問題ないわ』

(やっぱ頼もしいな。こいつらは)

初実戦にも関わらず、臆する気配のないグスタフとカナン。

『デモンストレーションは終わりだ。状況開始!』

エルザの号令直後、グスタフが走り出す。

それに合わせてエルザは霊魔の左側へ膨らみながら走り出した。

『グスタフ。陽動の基本は距離を取り合うことだ。2人固まってたら意味がない。そこに注意しておけ』

『おう!』

エルザは左側グスタフは右側へポジションを取る。

幅広く展開する2人のおかげで視線が定まらない霊魔の眉間にカナンの銃弾がヒットする。

一瞬ひるんだ霊魔だったが、標的をカナンに定め突進のような構えをとる

『ッ!?』

『オラァ!!』

身構えるカナンだったが、グスタフが霊魔の横っ腹を殴りつけたことにより杞憂に終わる。

『カナン。攻撃する事だけに集中するな。陽動している仲間の動きにも注意すること。連携の流れを自分たちで切らなければ大抵のことはどうにかなる』

エルザは霊気を纏わせた小太刀で、霊魔の四肢を削り自由に身動きを取らせないように牽制していく。

『銃撃でのポイントは陽動している俺たちに合わせて3角形を作ることだ。それによってターゲットが分散して残り2人が自由に動ける』

『えぇ。憶えておくわ』

『こちらマナミア。今回の戦闘は記録しておくね』

戦闘しながら交わされる合間を縫って、マナミアからの無線が入る。

(記録?どうやって?)

全然余力のあるエルザは、はて?と辺りを見回す。

すると、先ほどまでエルザ達が霊魔を見下ろしていたビルの縁に犬型マシンウォーリアがちょこんと座っていた。メタリックな塗装にグリーンに光る眼がこちらを見下ろしている。

『カメラ機能もあるのか。便利だな』

『救助活動も想定してるから。あと、予備の弾薬もその子に持たせてるよ』

犬型マシンウォーリアの胴体に小型の携行パックがぶら下がっている。

もともとは医薬品が入っていたはずの携行パックだがマナミアが中身を入れ替えたのだろう。

『良い機転の利かせ方だ。ナイス』

エルザは犬型マシンウォーリアに向けてグッと親指を立てた。

『うんっ!!』

『お前らもマナミアみたいに、より考えて動いてみろ。ビビる必要は無い、俺がいる』

『『了解!』』

発破をかけるようなエルザの声音にまだ硬さが残っていたグスタフとカナンの動きが加速していく。

エルザは2人のレベルに合わせて調和を図る。

非常に粗削りではあるものの、連携はだんだん形になってきた。

エルザとグスタフは常にお互いの距離を意識しながら立ち回る。

経験の無さからくる不利な立ち回りはエルザがすぐさま穴埋めしていく。

グスタフはその度に悔しそうな顔をするため、特に言うことはなさそうである。

カナンは課題だと言われていた射撃ポジションを自ら確保しに動くことを実践している。

エルザが大部分のバランスをとっていることは間違いないが、それでも流動的に戦いのペースを作り出している。

斬撃、打撃、銃撃が織りなす連撃は下級霊魔程度では簡単には抜けだせない。

(想定よりも2人とも動けるようになっている。もう一つ段階あげてみるか?いや、どうだ・・・)

エルザはグスタフのカバーも行いつつ、全体の状況も分析する。

グスタフは連携をとる動きの経験がないだけで、ソロで立ち回る分には恐らく問題ない。

ただ、息が上がってきているのが不安材料でもある。

カナンはいつも通りクールな表情ではあるが、残マガジンを気にする動きが増えてきた。

スタミナは問題ないが、弾数次第で動きを考えたいところだ。

(そしたらカバーの立ち回りを教えとくか)

状況に合わせて指示を出すのが隊長の仕事。ペースメイクをおろそかにしてはならない。

そう判断したエルザは即座に指示を飛ばす。

『カナン。残弾はいくらだ』

『拳銃マガジン1。ライフルマガジン4』

『拳銃を撃ち尽くしたら、ライフルに移行しろ。フルでもセミでもなんでもいいから、とにかく隙間を作らないこと』

『了解したわ』

『グスタフ!今からチームの戦略であるスイッチをやる。フロントの俺らに必須なものになるから覚えおくこと。』

『あぁ・・・っ!』

グスタフの息がかなり上がってきている。

『スイッチをする状況は様々だが、フロントの俺らが交互に負担を一気に引き受け、態勢を立て直す時間を作ることがミソだ。今回だとグスタフのスタミナ回復だな。』

『面目ねぇ』

グスタフも意外と冷静に自身の状況を把握しているようだ。

『スイッチのルールを説明する。一時離脱する側がスイッチと宣言した後に、なるべくデカい一撃を与える。いいな』

『了解・・・っ』

『よし、やれ』

『スイッチ!!』

エルザの説明通り、グスタフは残るスタミナを総動員して渾身のストレートを見舞う。

脇腹を抉るその一撃は霊魔を文字通り吹き飛ばす。

『上出来だ』

エルザが言い終わらないうちにグスタフは一時戦線を離脱する。

すり鉢の縁まで後退したグスタフは上がった息を整え始めた。

『カナン!霊魔のサイドに回れ!』

『えぇ・・・!』

霊魔が体勢を立て直す時間でエルザは背後にいる形になったカナンに指示を飛ばす。

『俺も常に後ろが見えてるわけじゃない、ガンナーは極力フロントの後ろに立つな。味方の人数に関わらず、安全な射線を確保しろ』

『了解よ』

『よし、状況再開!』

エルザの再号令でカナンの銃撃が始まる。

(全弾命中してるのは流石というべきだな)

エルザ、グスタフ、霊魔が接近戦を繰り広げる中、動き回る敵だけを正確に狙えるその技術は素晴らしい。

拳銃はサブウェポンと認識しているエルザはカナンほど銃の腕に自信はない。

その評価も束の間リロードに入ったカナン目掛けて霊魔が突進する。

そのことに銃に視線を落としたカナンは気づくのが遅れる。

戦闘において致命的な隙である。

反射的にリロードを終えた拳銃を構えるが、もう霊魔は近接戦闘の間合いに入っている。2〜3発は撃てるだろうがそれだけだ。確実に反撃を喰らう。

エルザであれば正面切ってガードできるが、カナンはそうもいかないだろう。

(ちょっと手荒だが許せ)

間に割って入るかで悩んだエルザだが、背中を誤射される危険を考慮しカナンを運ぶ選択をする。

と言ってもカナンとの距離はそれなりに離れているため、霊気による加速で超速移動しつつ小太刀を納刀。カナンの背後で急停止。胴体をホールドして再加速する方法になる。

「きゃっ!?」

急に抱き抱えられられたカナンからは普段からは想像できない声を聞いたが、今はそんなことをツッコンでいる場合ではない。

「戦闘中は敵から目を離すな。グスタフにも言った気がするな」

「わ、悪かったわ」

霊魔が一時的にこちらを見失ってくれたおかげで、会話するくらいの余裕はある。

(2人にダメージを稼がせようと思ったが、ここらが限界だろうな)

初の実戦で、演習では行っていない指示やアクションに食らいつく2人をみてエルザ

は状況判断とは別に内心満足していた。

討伐を彼らの力で成功させたい気持ちは強いが、死亡のリスクとでは天秤にかけるまでもない。

これから先は、日常的に霊魔と戦うことになる。死ななければ成功体験の連続でもある。

『隊長命令だ。グスタフとカナンのこれ以上の戦闘継続は危険と判断する。だが初の実戦での動きとしては上等なことは先に言っておく。あとは俺がやるから安全圏に下がって見ておくといい』

インカムを切ったエルザはカナンの肩を叩いて行動を促す。

悔しげな顔になったカナンだが、エルザの言っていることは理解したのだろう。

霊気を展開してグスタフのところまで下がっていった。

「少々一方的だが、終わりにするぜ」

超速移動したエルザは霊魔の眼前で宣言し、抜刀術の構えをとる。

(紅姫流剣術_裂速れっそく

その抜刀術は霊魔の眼前から後ろへテレポートしたと錯覚するほどのエルザの最高速度で敵を両断する、神速の一撃。

鮮やかな縦の太刀筋から、ずるりと霊魔の体が崩れ落ちる方が遅い。

二つになり機能を停止した霊魔の体は、霧散していき1分もしないうちに消えてなくなった。

『帰るぞお前ら』

存在の消滅。これをもって討伐完了となる。





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