第4話 エルザ隊初任務
(うわっ)
演習場から地上のアセンションリングへ繋がる通路を歩いていると、前からカイルを先頭に5人の集団が近づいてくる。
カイルはエルザと同期で、同じくリーダー権限を同時期に獲得した優秀さを持つ。
身長は165cmと小柄で、切れ長な青い眼と白い肌に白い髪。
その後ろを歩く人物たちは彼のチームだろう。この後演習場を使うようだ。
別段挨拶をする必要もないなとエルザはそのまま集団とすれ違う。
横目でどんな人がいるのかを観察する。
背格好がバラバラな男女が4人。カイルを含めるとエルザのチームより一人多い。得物などを所持している気配はないが全員がグスタフのようなインファイターではないだろう。
(情報を漏らさないように対策しているな)
カイルはどうやら用心深いらしい。
(!)
カイルが引き連れる集団の最後尾。
背の高い男とすれ違う瞬間。
その男の手が素早くエルザの胸倉に伸びる。
エルザは男の動きを捉えていたがあえて好きにさせる。
しっかりとエルザの胸倉を掴んだ男は、そのままエルザを壁に押し付ける。
「お前がエルザだなぁ」
ねっとりとした喋り方に黒と金が混じったモヒカン。耳や鼻にはピアス。
身長はグスタフよりも高い。190cmにぎりぎり届かないといった具合だ。
「・・・・・」
まるでチンピラのような風情の男にチンピラのように絡まれたエルザは、だからどうした。というような視線で応じる。
「強いって噂だったがぁこんなもんかよぉ。弱っちいなぁ!」
無抵抗なエルザを見て男は調子づく。顔面を近づけがんを飛ばす。
(カイル。こいつどうにかしろや)
こちらを振り向こうともしないカイルに怒りを覚えるエルザ。
鼻ピアスを引っこ抜いてやろうか。とエルザが業を煮やしかけたその時。
「てめぇ何してる!!」
3つの足音が近づいてきた。
その駆ける音の主たちは、グスタフ、カナン、マナミア。
先頭を走るグスタフは既に臨戦態勢だ。
「あぁ?誰だお前」
走り込んでくるグスタフにチンピラ男が反応する。
そのチンピラ男の全身からからゆらゆらと霊気が立ち上る。
(こいつマジか)
基本的に許可された施設内以外の場所では霊気を使用しないというのが暗黙の了解としてある。
霊気をどこでも勝手に使われると、修繕費用が馬鹿にならないからだ。
問題行動として認知されるとなんらかの処罰が下る。
(グスタフって知ってるっけ・・?)
ただでさえ感情型で思考も一方向になりやすいグスタフだ。知っていても暴走する可能性もある。
「お前こそ誰だ!」
エルザの予感は的中する。
怒りのこもった声で突撃してくるグスタフからも霊気が立ち上る。
相手に合わせて対応出来ているのは褒めるべきポイントだが、それは時と場合による。
リーダー権限を獲得した2名のチームから問題が出たとなると話も大きくなる。
そんなことは絶対に避けたい。
(そこは信じるぞ)
グスタフがカナンとマナミアを振り切り、カイルが率いる集団に接近する。
それと同時にエルザが動く。
自身の胸倉を掴んでいる手をあっさりと解き、チンピラ男の首に自分の手を回す。そのまま半回転し今度はチンピラ男を壁に押し付ける。
と同時にカイルも動く。
横を走り抜けようとするグスタフの手首を器用につかみ取り、バランスを崩したタイミングで足払い。
後頭部を強打しないように配慮する余裕を見せながら、床に押さえつける。
「グスタフ落ち着け」
「問題を起こすな」
2人のリーダーはそれぞれのチームに声をかける。
グスタフとチンピラ男は全身から力を抜き、抵抗の意思がないことを示す。
「おあいこな」
「怪我はないか」
エルザとカイルも拘束を解いた。
グスタフを起こしながら気を遣うカイルは、やはりリーダーとしての器もある。
そう思うエルザだが、俺は手を出されたし。と自分を納得させる。
(仲間のコントロールくらいできてろよ)
カイルに向けて視線で訴えたエルザは、それ以上言葉を発することなくその場を立ち去った。
それから2日後。
チーム結成のために無休で動き回っていたため前日はオフかつ自主練の日とし、休息を入れたエルザ。
「早速依頼が来てんな」
自室のPCでメールボックスをチェックしていたエルザは、チームに依頼された仕事内容を確認していた。
・下級霊魔討伐依頼
・期限は本日より一週間以内
・チーム結成に対しての励まし
・報酬はチームメンバー数掛けで上がる
内容をまとめるとそのようなことが書いてある。
(いよいよだな)
チーム登録は問題なく受理され正式に活動を行える状態になった。
エルザは現場慣れしているが、グスタフ、カナン、マナミアの三人はまだ外に出たことはない。
だからこその下級霊魔討伐の依頼だ。
アセンションリングに属する人々は霊魔討伐士と呼ばれ、霊魔を討伐することを生業としている。
霊魔とは突如発生した存在であり、霊気で構成されている。姿かたちは獣であったり虫であったり、はたまた独自の姿をしていたり様々である。
霊魔は脅威度によって、下級霊魔、上級霊魔、特級霊魔、幻想種と4段階に分かれている。
区切り方としては知性があるのかどうか。
知性がないのが下級、あるのが上級、言葉を理解するのが特級。書物などに個体名が記されているのが幻想種という区別の仕方である。
そして下級霊魔討伐は新人霊魔討伐士にとっての登竜門である。
演習を見る限り大きな不安要素はないが、何が起きてもおかしくないというのが現場というもの。
気を引き締めてかからなければ最悪死人がでる。
事前承諾もなしに受注するのはチームに不和を生みかねない。
エルザは端末からカナンに電話をかける。
長めのコールの後カナンが電話に出た。
「はい」
「練習中ごめんな。ちょっと二人も集めてスピーカーにしてもらっていい?」
「分かったわ」
カナンがマイクをオフにしたのか、無音の状態が30秒ほど流れた。
「おーっす。どうしたエルザ?」
通話が再開し、元気のよいグスタフの声が聞こえてきた。
「えー。下級霊魔討伐の依頼が我がチームに来ました。受けようと思いますがいかがでしょう」
そう言うとエルザの予想通り、3人は沈黙する。
電話越しでも空気感が伝わってくるが、ここは3人の判断だ。待つほかない。
「やるわ。問題ない」
回答したのはカナン。いつもの凛々しい声音だ。怖気づいたような印象は全くない。
「了解。期限は今日から一週間以内だからそんな焦らなくてもいい。明日以降で予定を組むからまた連絡する」
「エルザちょっと待ってくれ」
電話を切ろうとするエルザをグスタフが止める。
「演習場は今日までなんだろ?だったら試合してくれ!」
その声音は実戦を控えているから少しでも経験値を積みたいという思惑ではなく、ただただ成果を試したいというものだ。
「いいぜ。そしたら1時間後にそっち行くから準備しといてくれ」
初実戦に乗り気なメンバーを頼もしく思いながらエルザは電話を切る。
「俺も本気で相手をしてやろう」
丸2日好きに練習させている関係で、どれだけ実力が伸びたのかは図り損ねる。
実戦も控えているため、ここはそれ相応のレベルで相手をするべきだ。
ロッカーとコンテナから実戦用の装備を整えたエルザは、入念なストレッチを行い調子を整えた後に演習場へ向かった。
「お待たせ」
きっかり1時間後。
演習場に足を運んだエルザは、輪を組み何やら打ち合わせをしている3人に近づいていく。
「お、きたきた」
グスタフが顔を上げて軽く手を振る。
(めちゃくちゃ練習したみたいだな)
3人を見るとレザースーツに土埃がかなり付着している。腕や腰回りも汚れていることから対人戦を行っていたことも想像できる。
「早速いいかしら」
「やる気だなお前ら。いいぜ、かかってこい」
グスタフ、カナン、マナミアは気合十分といった表情だ。
マナミアは口数こそ少ないが意外と表情に出るということは、この数日で分かった。
エルザは3人から距離を取り、両者がスタートポジションにつく。
1対3の構図。まともに戦うのは模擬戦闘以来だが、今回はリアル。
不注意、油断が即負傷に繋がる。
(うっかりまずいとこ斬らないようにしないとな)
戦いが始まる前から抜刀したエルザはその点を頭の隅に置いておく。
開始の合図など不要。実戦ではそんなものは無い。
グスタフが駆け出す。
その初速はおよそ人が出せるスピードではない。
エルザが教えた通り、接地面である足の裏に霊気を展開している。
2日前は跳ね上がるばかりだったが、それなりにモノにしている。
そのグスタフのやや後ろ、四肢を駆りながらマナミアが操作する犬型マシンウォーリア2体が追従する。
どんな武装を積んでいるか分からないそれらは、近づいてくるだけで脅威だ。
(連携まで考えてきたか!!)
グスタフと犬型マシンウォーリアに視線を奪われたエルザは、そのさらに後ろにカナンが移動したことを捉えるのが一拍遅れる。
(でもどうする?射線は通らないぞ)
エルザ、グスタフ、カナンが一直線にならんだ状況。
いくらカナンといえど撃ち抜けるスペースはない。ただでさえ壁となるグスタフが走っているのだ。
下手をすれば同士討ちになる。
エルザが思考を巡らせていると、グスタフが上体を倒し最敬礼の角度を取った。
カナンが構える拳銃の銃口と目が合う。
ズドン!っと銃口から霊気を立ち上らせたその一撃は、グスタフがエルザの間合いに入り込む前の一瞬のタイミングに侵入する。
(使わされたな)
脳に霊気を展開したエルザは、霊気で強化された弾丸すらもスローに映る世界で内心舌打ちした。
脳に霊気を使用して得られる力は相当なものだが、ノーリスクというわけではない。
強制的に本来のスペック以上の処理を引き出すというメカニズムのため、使用時間、使用回数によっては体が動かせ無くなったり、廃人になったりするケースがあるらしい。
好んで廃人になりたい人間などいないため、症例の件数も少なければ治療法も見つかっていない。
そして最大の欠点は、霊気の展開を解除後約1秒は体が硬直する。
タイミングが完璧すぎる3人の連携。回避は不可能。
(パンチは食らう他ない)
片腕で振り抜いた小太刀で銃弾を弾きながら、グスタフの動きを観察するエルザ。
彼の右拳は下から上へすくい上げるような軌道でエルザのみぞおちを抉らんとしている。
その軌道を正確に予測したエルザは、空いている左腕に霊気を展開しガードに回す。
「オラァッ!」
グスタフの気合一発。
殴る直前で霊気を一気に展開させた一撃は、霊気のガード越しでも内臓に響く破壊力を得る。
まるで大型トラックにはねられたかのような勢いでかちあげられるエルザ。
その表情は明らかに苦悶に歪んでいる。
(まともに食らったら骨も内臓もお釈迦だな)
空中で込み上げてくる吐き気を押し殺しながらもエルザは状況把握に努める。
拳銃をこちらにむけスタンスを取るカナン
着地を狙う挙動のグスタフ
自身の真下で待ち構える犬型マシンウォーリア
(布陣の構築も早い)
一連の動作をみるにここまでは想定内の状況だろう。
(さて。ここからどこをどう崩すか)
脳に霊気を使用したフィードバックも解除された。
(カナンとグスタフの連携が厄介だな)
犬型マシンウォーリアの主な仕事は陽動だとエルザは判断する。
決定打となる火力は備わっていないため、グスタフとカナンを補助する形でマナミアが立ち回っている。
という前提を基に作戦を考えたエルザ。
右肩のマントに仕込んだ投擲ナイフに手を伸ばし、それぞれ1本をグスタフの脚元、カナンの肩に投げつける。
避け損ねたらどうしよう。と一瞬不安を感じたエルザだが、2人とも掠った程度で済んだ。
(カウンターへの対応はまだ甘い)
霊気も使わず投げたナイフでダメージを負ってしまうところを見るに、意識がかなり攻撃によってしまっている。エルザに一杯食わせたいという気持ちからくるものだろうが、現実を考えるとあまり良い傾向とはいいがたい。
グスタフ、カナンの体制が崩れる。
その隙に地面に着地することはできたエルザだが、間髪入れず犬型マシンウォーリアが襲い掛かる。
見る限り主武装は爪。ひっかいて切り裂けるようにデザインされている。
2つの機体を精密に操るマナミアは、カナンのさらに後ろでノートPCと向き合っている。
(こいつらの攻撃自体はなんてことないが・・・)
そもそも戦闘経験が少ないマナミアは、攻撃の仕方やタイミングなどが上手くつかめていないのだろう。
決して機械の操作に不慣れであるだとか、性能が悪いだとかいう問題ではない。
エルザも軽やかなステップで攻撃を躱しながらも、このタイミングじゃねぇな。と分析していた。
(攻めのターンは終わりだ)
受けに回っていたエルザだったが、今度は自身が攻める側になることにした。
犬型マシンウォーリアの攻撃をすり抜けたエルザは、足の裏にのみ霊気を展開。
一歩で超スピードを獲得して、3人の視線を振り切ったエルザは跳躍する。
空中で納刀し打撃攻撃の姿勢へ移行するその軌道は放物線を描きながらカナンへ近づいていく。
「カナン上!!」
回避が間に合うギリギリのタイミングでグスタフが声を上げる。
バッと首を上げたカナンと目が合う。
「躱せ」
端的に言ってエルザは霊気を腕全体に展開する。
その出力はユラユラと燃える炎のようだ。
そして重力に引かれるがまま拳をコンクリートの地面に叩きつける。
ズンッ!!!!
まるで地鳴りのような轟音。膨大な量の粉塵と礫が立ち込める。
「上手いこといかないわね」
その粉塵の中からバックステップでカナンが飛び出した。
塵を吸い込んだのかむせてはいるが無傷だ。
間髪入れずに次の攻撃が始まる。
エルザは粉塵の中、口元を手で押さえながらカナンが回避していった方向を見据える。
感で直線状にカナンはいると判断したエルザは、足元に転がっているコンクリートの破片を霊気を展開した脚で蹴り抜いた。
まるで散弾のように飛んでいく破片は、カナンの脇腹に直撃した。
「かは・・・っ!」
戦闘用レザースーツが衝撃を吸収し、内臓破裂などの大ダメージは免れたものの痛い物は痛い。
軽い呼吸困難にも陥ったカナンはその場にうずくまってしまう。
「カナン!」
グスタフが思わず声をかける。
その声に顔を上げ、眼で大丈夫よ。と訴えるカナン。
エルザが動く。立ち込める粉塵がその影響で一方向に膨れる。
ボッと粉塵の中からエルザが飛び出してくる。
その進行方向にはうずくまるカナン。
「うぅ・・・!」
呻きながらも銃口を向けるカナンだが、照準が定まっていない。
「くそ!」
グスタフが悪態をつきながらも、足の裏に霊気を展開。エルザとカナンの間に割って入るべく地面を蹴る
霊気を展開していないエルザ。霊気を展開しているグスタフ。
両者では明確にグスタフの方が速い。
(!?)
エルザの軌道が急激に変わる。カナンに向かっていたのがギュンとグスタフに方向転換を行った。
カバーに意識がいっていたのと、エルザが方向転換と同時に霊気を展開したため、グスタフは対応が間に合わない。
エルザが拳を下から上へ振り抜くような構えをとる。
やり返されると直感したグスタフはガードを固める。
だが、エルザの拳は振り抜かれることはなくガシッとガードするグスタフの両手首をつかむ。
両者の対格差はおよそ10cm。シンプルにグスタフが有利な局面。
重心を落とし踏ん張ろうと考えるグスタフだったが、ほんのわずかだけエルザが速い。
両手首を掴んだ状態からさらにスピードを上げ力のベクトルを進行方向の斜め上に操作する。
ふわっとグスタフの足が地面から離れる。
霊気を使用して空中で身動きを取る方法をグスタフはまだ知らない。なすすべなくエルザに連行され、コンクリートの壁面に衝突させられる。
「ぐはっ・・・!」
肺の空気が強制的に押し出されるのと同時に呼吸がおぼつかなくなる。
エルザはその一瞬を見逃さず、裏拳一閃。顎を弾くように振るった一撃は脳震盪を引き起こす。
地面に足がついたグスタフは受け身すら取れずそのまま地面に倒れ込んだ。
その動きがフェイクでないことを確認したエルザは素早くカナン、マナミアに視線を向ける。
マナミアは先ほど粉塵を巻き起こした時に無力化している。デバイスから数メートル離した位置でぐったりと横たわっている。
カナンは依然うずくまり脇腹を押さえて苦しそうに身を捩っている。
その状況でもしっかり銃は握り、誤射や暴発しても大丈夫なように体から離しているのは素晴らしい。
そんなことを思いつつ、足音を抑えながらカナンに近づいたエルザは容赦なく銃を握っている方の手を
じわじわ重心をかけながら踏みつけていく。
ただでさえ脇腹の痛みの処理で精いっぱいなところにさらなる痛みが加わることになったカナンは
たまらず銃を手放した。
その銃身をサッと掴み拾い上げたエルザは、グリップでカナンの後頭部を軽く叩いた。
「どうだ?まだやれそうか」
煽りでもなんでもない声音で3人に聞こえるように問うエルザ。
沈黙とうめき声しか返ってこないところを見るに、これ以上の戦闘続行は不可能のようだ。
「戦闘終了とする」
グスタフ、カナン、マナミアの挑戦を真っ向から捻じ伏せたエルザはその一声で終了のゴングを鳴らした
「ふぅ」
カナンからも距離を取り投擲ナイフを回収したエルザは、一つ息を入れて高めた集中力をほぐしていく。
(やりすぎたか・・・?)
戦闘終了から5分ほど経過しているが、ダメージを引きずっている3人を見ながらエルザは一人苦笑いを浮かべていた。
3人とも起き上がって座りの姿勢までは回復しているが、雰囲気がかなりどんよりしている。
痛みからくるテンションがあがらない状態になっているようだ。
「グスタフ、マナミア、集合」
一番ダメージの大きいカナンの元に全員を集めたエルザは自身もその場に座り込む。
「骨が折れてたり、筋を痛めたやつはいるか?」
戦闘中の雰囲気とは違い、申し訳なさそうに聞くエルザ。
「いーや大丈夫」
「かなり痛いけどね」
「ううん」
約1名怒りを覚えているみたいだが、エルザは気づかないふりを決め込んだ。
「お前らから挑んできてくれたこと。俺はすごく嬉しく思う」
代わりに今の正直な気持ちを伝えることにする。
「たった2~3日で霊気の扱いも連携も上手く形にしていると思っている。正直驚いたし、俺も下手に手加減が出来なかった。これだけ動けるなら下級霊魔討伐も普通にこなせる」
ただ。と一言入れてエルザは続ける。
「現状に満足していいという訳じゃない。まだまだレベルアップできるところはある」
まずは褒めた上で指摘を聞き入れやすい状態を作りだしたエルザは、各個人の課題点を並べていく。
グスタフは体も身体能力も技術も発展途上であり、それは経験と時間が解決してくれるが心技体という言葉があるように何か一つでもファクターが成り立っていないと意味をなさない。日々のトレーニングや模擬戦闘でまずは土台を固めていくことが大事になってくる。加えてグスタフは直感タイプだと分析している。考えるよりも行動したほうが上手くいくと思う。さっきもカナンのカバーに行くかどうかを考えずに粉塵の中の俺に突撃したほうが少なくとも戦線崩壊は回避できた。だから自分の直感を信じてみてほしい。裏目に出るようなことがあれば俺もカナンもマナミアも全力でフォローする。
カナンは卓越した射撃センスを持っている。この点は誇りと自信を持ってほしい。俺も銃の扱いに関しては特に言うことはないと思う。でも活かし方、工夫の仕方はもっと磨いていった方が良い。カナンは多分自分で思っているより頭が固いかもしれない。さっきの第一射目は完璧すぎる精度とタイミングだった。でもなんでその後は撃てなかったかというと俺がそう誘導した訳じゃなく、カナンが射撃位置を変えなかったからだ。逆に言えば針の孔を通すような精密射撃ができるから自分から射線確保に動くという意識が周りよりも薄くなっていると分析している。カナンは全距離対応の万能型シューターを目指してみて欲しい。3日前に一番運動量が多くなると言ったのはそういうことだ。
マナミアは各種デバイスを扱えるという専売特許がある。俺もその辺りはほぼほぼ無知だ。今から実戦までの時間で基準値まで仕上げるのは不可能だし、時間がかかりすぎる。それをしかも独学とワンオペでやってるんだから俺からしたらもう意味が分からん。それくらい凄いことを平然とやってる。だが反面、設備力がそのままマナミアの力になると言ってもいい。資金もかかる。皆、組織で活動するのは初めてだろうからあまり実感しにくいがお金のやりくりも考えていかないとまともな装備が整わなくなる。
これは設備が整ってからだが、マナミアとカナンの連携は必要になってくる。カナンが全距離からの射撃を行う形を作ることは今のチームバランスを考えた時に外せない。それを可能にするのはマナミアがドローンやマシンウォーリアを走らせて銃器を運搬する他にない。だからマナミアは俺とグスタフもそうだが特にカナンの戦闘傾向をよく分析して先回りできるような準備を今のうちからやってほしい。
あともう一つ。マナミアも格闘の技術を学べ。攻め方が分かっていない攻撃は脅威にはならない。むしろ逆手に取られて仲間が返り討ちに遭いやすくなる。
ゆっくりと聞き取りやすいようにそれぞれの眼を見ながら真剣な表情で話すエルザ。
3人が彼の話を記録していく。
(こいつらなら多少放任する方向性で良さそうだな)
エルザも隊長としてグループをまとめるのは初めての事。経験がないゆえに不安な部分もある。
「さて」
記録が落ち着いたのを見計らって言うエルザ。
「目先の目標は下級霊魔の討伐がある。本来俺一人でもこなせる仕事だから、変に気負わなくていい。まずはアーコロジー外の空気に慣れるようにある種の社会科見学みたいな感じになると思う。出撃の日は勝手に決めさせてもらうが、3日後とする。それまでは各自コンディションを整えておくこと」
以上、解散。とその場を締めたエルザはよっこらせと立ち上がり、その場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます