第2話 始動
まるで寝起きのような、感覚が全身に広がっていくのを感じる。
意識の浮上。
肉体と切り離された精神が再会する。
一度大きく深呼吸したエルザはゆっくりと目を開ける。
空気感で現実に戻ってきたことを把握する。
『第一次模擬戦闘試験を終了します』
機械音声。まるで病院の手術室のような空間。視界の端にガラス張りの面が見えている。
運動量の割に疲弊している体をよじり、固まった体をほぐす。
『脳波デバイスを外してください』
機械音声に従い頭に手をやると、銀色でリング状の機器がある。
様々なコードと接続しているそれを外したエルザは、ガラス張りの面に首を傾ける。
高そうなPCがいくつもならんでいる向こう側では白衣を着た研究員がせわしなくキーボードを叩いたり画面を見てなにやら話している。
その光景には特に興味のないエルザは首だけであたりを見渡す。
左右にはマナミアとカナンが同じく手術台のようなベットに横たわっているが見える。
グスタフは真後ろで同じ状況だろう。
電極デバイスが繋がっている巨大なサーバーといくつものモニターが異色さを演出している。
『全員異常はありません。以上で仮想空間テストを終了します。お疲れ様でした。』
理由はよく分からないが緊張していた体から力を抜いたエルザは、ベットから降りる。
三人もそれに続いてベットから降りるが、気怠そうにしている。
(とりあえずここから出るか)
手振りだけで自分の後ろをついてくるように三人に合図を出したエルザは、ガラス越しの研究員に会釈しながらその場を立ち去った。
仮想空間。
仕事での殉職率を少しでも下げるため、ここ最近ようやく実用化の目処がたった最先端技術である。噂によれば科学技術だけで成立していないらしい。
低コストで戦闘訓練、演習、火器の取り扱いが習熟できることが期待されている。
試験段階であるこの設備をエルザが使用できたのは、本気でやり合える環境がどうしても必要だったのと、サンプルデータが欲しい開発区の利害が一致したからである。
そのまま適当に歩きつつ、エルザはズボンのポケットから端末を取り出して時刻を確認する。
「飯にするか」
液晶が12:00を少し過ぎた数字を表示させていた。
「奢り??」
振り返りながらのエルザの一言にグスタフが食いつく。
調子のいいやつめ。と表情で返したエルザは、
「いいだろう」
はにかみながら後ろを歩く三人に返す。
人の金で食う飯は美味いとはよく言うが、それはその通りで
グスタフ、カナン、マナミアの表情が明るくなった。
自然と足取りも軽くなった4人は、食堂を目指して歩を進める。
「というかグスタフ。あんたやられるの早すぎ」
「うん。もうちょっと頑張ってほしかった」
「えぇ・・・。だってエルザ強いじゃん??」
早速、先ほどの模擬戦闘を振り返る三人の会話を聞きながら、エルザはふと、自分たちが今いる場所を改めて思い返す。
黒いリング状の建造物とそれに囲まれた黒い巨大なビル。
アセンションリングとアセンションビルと呼称されるそれらは、いわば人類の砦だ。
アセンションリングでは、エルザ達と同じ職種の人材が生活しており、大きく居住区と開発区と地下施設の3つに分けられる。
アセンションビルは政を担う人材が生活する場所となっている。要は重要人物とその守護を仰せつかった施設。内部構造含め、公開されている情報は多くない。
(さて、目的に近づくためにはどうするべきか)
自身と同じ、黒を基調とした軍服を着た何人もの仲間とすれ違いながらエルザはぼんやりと今後を見据えた行動を考える。
(安直だが、偉くなることだよなぁ)
組織が存在する以上、階級や序列が存在する。もちろん位に見合った権限も付与される。
階級の階段を駆け上がっていけば自ずと情報もより多く回収できる。
(とすると、武勲を挙げていくことが重要・・・)
何から手を付けようか。と考えだしたところで、食堂が見えてきた。
お昼時のため人が多いのが見て取れるが、順番待ちをする必要がない広さで設計されているため、
エルザ達はそのまま食堂へ入り、4人掛けのテーブル席を陣取った。
内装としてはショッピングモールのフードコートがモチーフになっている。
和洋中、様々な料理が楽しめるため、人気のスポットだ。
「何食うか決めた?」
エルザの問いかけに三人は首肯する。
するとエルザは財布から、確実にお釣りが返ってくる金額を三人それぞれに手渡した。
「金持ってるな~」
「お前らより仕事してる時間が長いからな。遠慮するな」
グスタフの言葉に嫌味なく返したエルザは、三人に自分が食べたいコーナーに行くよう促す。
「あんたは?」
「あー。そしたらカナンに任すわ。待ってる間さっきの模擬戦闘を振り返るから」
「文句は受け付けないわよ」
「もちろんです」
気を遣うカナンに自分のも頼んだエルザ。
グスタフ、カナン、マナミアが席を立った後、エルザも先ほどの戦闘を振り返る。
まず、この三人を選考した理由としては、各個人に秀でた才能があると感じたからだ。
小隊で行動する以上、バランスの取れた人材で揃えるより、はっきりとした強みを持った人材の方が活かしやすいとエルザは考えている。
グスタフは身体能力もそうだが、何よりも膂力と度胸を評価した。
現状は武器を扱う訓練を積んでいないため、体一つで勝負するしかないが、対刀の時に微塵も臆することなく勝負してきた。それは武器を扱うよりも遥かに難しいことだ。
最前線に立てる素質がある。180cmを超える体格はまだまだ成長中でもある。
(ポジションとしてはフロントだろうな)
カナンは射撃能力と冷静さを評価した。
拳銃、ガトリング、狙撃銃を始め、各種銃器を扱えることに加え、そのどれも射撃精度が高い。
射撃訓練を一通り見学したが、周囲とは頭一つ抜けていた。
先ほどの模擬戦闘でも射撃精度を存分に披露し、後方からの火力支援だけでなく単騎で戦えることも証明してくれた。
他からもいくつかオファーがあったみたいだが、運よく試験を受けてくれた。
(ポジションはミドルからバックだろうな)
マナミアは頭脳と機械全般を扱えることを評価した。
実のところ、マナミアは周囲から過小評価されている現状があった。
確かな技術はあるのだが、戦闘におけるセンスがまったくといっていいほどないのだ。
一言でいえば運動音痴。本人も屋内に籠って機械を触っているので改善できる環境になく、またその気もないようである。
しかし前述の通り、強みある人材が欲しいエルザはマナミアも自らオファーした。
先ほどの模擬戦闘では作戦立案を担当し、崩れてしまった作戦をも立て直した。
また自らが前線に立てない代わりに、マシンウォーリアを始めとした機械で支援を行うことも可能だと証明していくれた。
噂にまどわされないことって大事だよな。とエルザは改める。
最近運用が注目され始めたマシンウォーリアをあれだけ機能的に使うことが出来る時点で、機械に対する造詣が深いのは間違いない。
あとぶっちゃけエルザはあまり機械が得意ではない。
(ポジションはバックアップだろうな。あと情報戦にも強く出られそうだ)
チームの構想としてはエルザを含めた4人の小隊。各個人がポジションで強みを発揮しチームとしての強固さを作り上げる。というものだ。
振り返った通り、選考結果としては全員合格とした。
(あとはどういう伝え方をするかだな)
エルザとしてはもちろん全員がチームに入ってほしいが、今回はあくまでもエルザと三人がお互いを見定める場である。
模擬戦闘でエルザの実力がリーダー足りえないと思われていたのなら、加入はまず厳しいだろう。
どうしたものか。と思考を続けるエルザのもとに三人が続々と戻ってきた。
その気配でひとまず思考を中断したエルザは、周囲の視線が変に集まっていることに気づく。
人気者に集まる眼ではなく、好奇心や野次馬の方の眼だ。
それもそうか。とエルザは納得する。
エルザは同世代、同期の中でも早々に成果を挙げリーダー権限の許可を得た。
グスタフ、カナン、マナミアの三人はまだアセンションに来て半年ほどではあるが、新人とカテゴライズされる中では知名度が高い。
そんな4人が集まって飯を食おうとしているのだから周りも気になるだろう。
エルザもリーダー権限を得た当初は色んな話を持ち掛けられたことを思い出し、思わずため息が出そうになった。
「これでいいわよね?」
マナミア、グスタフに続き最後に戻ってきたカナンは、トレーに載せられた親子丼をエルザのテーブルに置いた。
「好き嫌いないから大丈夫。サンキュー」
カナンにお礼を言ったエルザはそれぞれが持ってきた昼食が目に入る。
カナンはパスタにサラダというOLみたいなメニュー。
グスタフは400gはありそうなデカいステーキ。
マナミアは完全栄養食だろうか。パウチされたゼリー飲料や、糧食のような見た目の食べ物だ。
「まーとりあえず、冷めないうちに食べようぜ」
全員合格。以上。頂きます。とは言いにくいエルザは、もっともらしい理由付けをして三人に食事をとるように誘導した。
食事中はなんてことのない雑談を交わし、時折話しかけに来るバカもいたが適当にあしらっている内にあっという間に全員が完食した。
「ふぅ」
ごちそうさまの意味を込めて息を吐いたエルザは、三人の雰囲気が固くなったことを察知する。
(あ、違う意味で捉えられたな)
「食べ終わったばかりで申し訳ないが、模擬戦闘の結果から伝える」
エルザもそれに合わせて口調を硬くする。
「全員・・・・」
「「「・・・・・・・っ」」」
「合格だ」
たっぷりと間を使って良い知らせを発表すると、グスタフ、カナン、マナミアは、ほっ。という効果音が聞こえてきそうなくらい胸をなでおろした。
リアクションは上々。
「俺としては、全員チームの一員として迎え入れたいと思ってる。が、お前らの意向も大事にしたい。入る入らないを含めて今のうちに言っておきたいことはあるか?」
真っ先に意思を示したのはマナミア。
大きく首を横に振った。彼女のこれまでを考えると、とても嬉しいのだろう。エルザを見る目がきらきらしている。
「もちろん俺も入るぜ。いつかエルザより強くなってやるからよ」
次はグスタフ。エルザの眼を真っすぐに見つめて力強く言葉を返した。
「それは楽しみだ」
皮肉でもなんでもなく、そんな未来を想像したエルザは、握りこぶしをグスタフに向ける。
とんっ。とお互いの拳を重ねた二人からは自然と笑みがこぼれる。
(さて・・・)
その笑みの裏でカナンの様子が気になるエルザ。
先ほどから視線が下を向いていて、何かを考えているように見える。
(さっき股とか胸とか触ったのセクハラって言われたらどうしよ)
戦闘中はそんなこと思考の外だが、今思い返せば結構やばいよな。と人知れず背中に嫌な汗を流すエルザだが、グスタフ、マナミアとのアイコンタクトでもう少し待ってみようという雰囲気になった。
それからたっぷり2分ほどの沈黙が流れる。
どうあれそろそろ声をかけるべきだろうとエルザが覚悟を決めた時、カナンがゆっくり顔をあげた。
(((・・・・・・)))
神妙な面持ちでエルザ、グスタフ、マナミアが見つめる中カナンが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「私もこのチームが良い」
その第一声に安心感からか肩の力が抜ける三人だったが、
「でも」
続く言葉に再度身を硬くする。
「何かあったときは私を助けてくれる・・・?」
その言葉の意味するところを図りかねるエルザは、まずこの発言を掘り下げるか迷う。
カナンはもともとハッキリものを言うタイプだ。それは他の二人も知っている。だからこそ下手に聞き返せない。
「もちろんだ。そういう時はリーダーの俺を頼ってくれ」
(これは身辺調査をする必要があるかもな)
戦場に立つこと自体を恐れているわけではないだろうとアタりを付けたエルザは、カナンが懸念する何かは身の回りにあると予想する。
言葉を濁した以上、問いただすのはあまり良い方法ではないだろう。
本人に感づかれないないように慎重に立ち回るべきだ。
「よぉーし。これでめでたくチーム結成だ!」
面倒ごとはリーダーである俺が請け負えばそれでいい。とエルザは思う。
まだいる周囲の人間にも聞こえるように宣言したエルザは、端末を取り出し、正式にメンバーとして迎え入れた三人の連絡先を入手する。
「俺は手続きしてくるから、今日は解散で。また連絡する」
善は急げだと言わんばかりに席を立ったエルザは、三人をその場に残し事務局を目指す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます