霊魔討伐士~過去と現在を股にかける冒険譚~
@hiwajwjwhw
第1話 プロローグ
勝利条件
・制限時間内に戦闘不能にならない
・敵勢力の全滅
・戦闘区域からの離脱
敗北条件
・制限時間内に戦闘不能になる
(勝利条件多すぎたか・・・?)
何もない空間に表示されたホログラムを見ながら男は顎に手を当てる。
(あいつらの能力を図るためだし、別にいいか)
ここは仮想空間。電子で構成されたマンションの一室。
男はホログラムから目を離す。
男の名はエルザ。アップバングの黒髪。やや細身の170cm。
エルザは数分後に来るであろう敵を想定しながら辺りを観察する。
ソファーと簡素な家具程度の内装。
窓際に近寄ったエルザはカーテンを少し開けて外の様子をうかがう。
いたって普通の街並みが見下ろせる。高さは5階程度だろうか。
特に気になる箇所もなくなったエルザはソファーに腰掛ける。
試験と称した今回の模擬戦闘。
仮想空間へ移行する前のミーティングでエルザは面々に伝えている。
「結果次第ではグループへの入隊を拒否する」と。
仮想空間内では、どのような攻撃だろうと現実世界の肉体への影響は皆無である。従って遠慮なく殺すつもりの行動ができる。まさに真剣を試すにはうってつけの場所だ。
ピッという電子音とともに違うホログラムが表示される。
・敵勢力
グスタフ
└男。インファイターユニット。身長180cm。特徴 恵まれた体格に運動センス。スパイラルパーマ。
カナン
└女。ガンナーユニット。身長165cm。特徴 状況把握に長ける。火器全般を扱え全距離対応の能力を備える。グレーのウルフカット
マナミア
└女。マシンユニット。身長140cm。特徴 機械、機器の扱いに特化している。自身が前線にでるより遠隔デバイスやオペレーション等で支援を行う。オレンジのボブカット。片目が隠れている。
(髪型の情報いる?)
目線より少し上のホログラムを目で追いながらエルザは内心苦笑いした。
緊張が弛緩したのは一瞬。
グスタフ、カナン、マナミア。この三人は全くの初対面というわけではない。
いずれもエルザがオファーをかけて、それに応えてくれた者たちだ。
事前情報とホログラムに相違がないことを確認したエルザは、相手の攻め方を予想する。
(戦闘区域からの離脱が一番難易度が低いから・・・)
エルザの勝利条件は三つ。それを封じる作戦を立てるのは基本中の基本。それがわからない三人ではない。
であれば、室内という逃げ道が限られているこの空間で勝負を仕掛けてくるのは想像ができる。
とはいえ、付き合いが長いわけではない相手の思考をすべて読み取るのはとてもじゃないができない。しかもまともに戦うのは今回が初だ。
(ひとまず、逃げることを主軸にこっちは動いてみるか)
おおまかに立ち回りを決めたところでピッとホログラムが切り替わる。
状況開始まで30秒
制限時間10分
ピッピッとカウントダウンしていくタイマー。
エルザは最後に自身の腰に帯びている小太刀に意識を向ける。
今回の試験、流れを左右するのは武器のハンデだとエルザは考えている。
相手はこれといって制限はないが、エルザが使用できるのはこの小太刀と己の肉体のみ。
刀の扱いに関しては得意分野ではあるが、基本的には銃や、暗器も併せて戦うスタイルをとっているエルザにとっては手数や選択肢が減っている状況だ。
「これぐらいのハンデ背負って勝てなきゃ隊長としては認めてもらえんよな」
仮想空間で初めて言葉を発したエルザは、気を引き締め集中を高めていく。
3,2,1
カウントダウンがゼロになりピーという簡単な電子音が鳴り響く。
(さぁ、どうくる)
エルザはソファーに腰かけたままだ。
ヒリヒリとした静寂が流れていく。聴覚に意識を集中するも足音なども感じ取れない。
こうも動きがないと連係、初動のミスを怪しんでしまう。
「作戦中にグダグダしてんのはまずいだろ」
この試験の意味合いを考えるとイライラを抑えられないエルザ。
「!」
だが、そのストレスはすぐに霧散した。
エルザの聴覚がわずかなノイズを捉える。
何かが高速で回転しているような耳鳴りにも近い音。
エルザの脳が訓練の記憶からその正体を暴きだす。
ガトリングガン。六つの砲門が回転し、そこから銃弾の雨を降らせる殲滅兵器。
一個人に対してまず使用されないそれが今まさにエルザに向かって火を吹こうとしている。
「殺す気で来たな!」
先ほどまでのテンションとは打って変わって少しうれしそうなエルザは一番近い壁に向かって走りだす。
ズがガガガガガガガッ!!!!!!
部屋の壁を蹴ると同時に、すさまじい銃声とともに破壊の雨が降り注ぐ。
ガラス窓は一瞬にして粉々に砕け散り、ソファーも家具も次々と弾け飛んでいく。
その光景を天井に突き刺した小太刀を支点に見下ろすエルザは、耳がつぶれそうな轟音の中、天地がひっくり返った視点のままやり過ごす。
音に気が付かなければ今頃エルザも弾け飛んでいただろう。
(銃座についてるのはカナンだな)
ホログラムのプロフィールを思い返しながら、弾薬が尽きるまでエルザは状況を整理する。
居場所が分からないのは、グスタフとマナミアの二人。
マナミアは恐らく後方支援に回っているため、直接的に仕掛けてくるのはグスタフ。
そのグスタフがどこから侵入してくるか。
銃声が止む。
そして間が空くことなく次の一手が迫る。
天井に引っ付いているエルザのちょうど真下の床に火花が走る。
パシュッと手持ち花火のような音とともに広がっていく火花は正方形を描くように床をなぞっていく。
(判断が遅れたッ)
グスタフのことも警戒しなければいけないエルザは真下の床が崩落していく光景に舌打ちした。
使用されたのはテルミットチャージ。テルミット反応を利用し壁や床に突入口を作る爆薬の一種。
(なんだ・・・?)
ぽっかりと開いた大穴を覗くエルザは見慣れない物体を発見する。
パッと見で犬のようなフォルムをしていることは視認できる。だがそれは生命があるようには思えない。
首を垂直に傾けて、緑に発光する両目をエルザに向ける。
(次はマナミアか!!)
グスタフへの意識が大きかったエルザは、遅れてその正体を看破する。
マシンウォーリア。ポピュラーな兵器ではないが、無人運用ができる点が評価され最近運用が活発になってきている。
様々な動物を模して造られており、今まさにエルザへ向けてぱっくり口をあけているのもそれの一部だ。
(そろそろ流れを断ち切らないとまずい・・・!)
悔しいことに初手からしてやられたエルザは、小太刀を引き抜くと同時に天井を蹴り一直線に犬型マシンウォーリアに突撃する。
そしてそのまま小太刀を口内に突き入れ、文字通り串刺しにする。
金属やコードを断ち切る音が内部から聞こえ、駆動音が消える。
(起動が遅くて助かった)
恐らく体内に仕込んである兵器を口から射出しようとしていたであろう犬型マシンウォーリアを撃破したエルザは内心ホッとした。
それもつかの間、今度は頭上から誰かが走りこんでくる音がする。
「俺と勝負しろ!!」
やたら威勢よく今しがたエルザが通った穴から飛び降りてきたのは、グスタフ。
体格に恵まれた彼はエルザの脳天めがけて拳を突き出す。
強襲を予感していたエルザはグスタフの拳を余裕を持ってかわす。
標的を失ったパンチはバキッ!と床を粉砕する。
(やっぱり膂力エグいな)
何も装備していないグスタフの拳を見たエルザは、警戒度を引き上げる。
「オラァ!」
「!??」
運動能力に優れるグスタフは間髪入れずに、エルザの顎めがけて足刀を見舞う。
まさか腰を落とした体制から顎に足刀が飛んでくるとは思ってもみなかったエルザは面食らったが上体をのけ反らせ間一髪回避する。
「もらった!!!」
グスタフが声を上げる。
エルザの視界中央の足が、ふっと少し遠のく。
何事かと思えば、グスタフは持ち前の身体能力を発揮し、腰が落ち、片足は蹴り上げた状態から軸足のみで跳躍。踵落しの体制へと移行していた。
だがエルザも単純なパワー以外の身体能力においてはグスタフに負けていない。
踵が己の顔面目掛けて振り下ろされるタイミングで、体を捻り小太刀を振り抜く。
グスタフの脚を切り落とすつもりの一撃はしかし、カキン。という金属音に阻まれる。
渾身の一撃とカウンターを決め損ねた両者は、瞬時に距離を取り合う。
「「・・・・・・」」
小太刀を下段に構えるエルザと、拳をボクシンスタイルで構えるグスタフは睨み合う。
手ごたえで分かったがグスタフは服の下に鉄のプレートか何かを仕込んでいる。
気づけなかったのはガタイが良すぎで着ぶくれしている雰囲気がなかったからだ。
そんな分析も一瞬。
(マナミアとカナンの動きはない。グスタフを落とす)
エルザは逃走から戦闘に意識を切り替える。
一歩、出口である扉の方へ踏み出すフェイクを入れてグスタフへ肉迫する。
グスタフの反応も早い、フェイクに釣られたがしっかり対応できるような構えをとっている。
だがここまではエルザの予想通り。
視線が交差するような立姿勢から一変、体をグンと沈める。
狙うは膝の関節。
鉄のプレートを仕込んでいるとはいえ、グスタフの動きは関節を封じているものではない。
小太刀一本通せる隙間がある。
しっかり狙いを定めてエルザは小太刀を一閃させる。
しかしそれはグスタフが腰を捻り膝の位置をずらしたせいでまたしても鉄のプレートに阻まれる。
(さすがに反応が早いな。でも今ので隙間がはっきりした)
エルザの攻撃は止まらない。弾かれた斬撃を上手く制御し返す刀で反対の膝を斬りつける。
「クッソ」
焦りからかグスタフの口から声が漏れる。
ずぷっというリアルな感触が小太刀から伝わってくる。
「もらった」
先ほどのグスタフのセリフでそっくりそのまま返したエルザは、右膝から下を躊躇なく斬り飛ばした。
片足を失ったグスタフはバランスを崩して倒れていく。
(確実に戦闘不能にする)
足の無いインファイターは放っておいてもさほど脅威にならないが、エルザは潰せるものは潰しておく。
「悪く思うなよ」
寝転がったグスタフの片腕を踏みつけたエルザは小太刀を構え首を刎ねる動作に入る。
「やっぱ強ぇなー。いきなり隊長になれるんだもんな」
抵抗する術を失ったグスタフはしかし、あっけらかんとしていた。
が。その視線が一瞬エルザから外れる。
ブラフだったとしても自然すぎる動きにエルザは警戒して、グスタフの視線を追う。
たどり着いた先は天井に開いた大穴。そこから犬型マシンウォーリアが二人を見下ろしていた。
先ほど小太刀で貫いた機体ではない。新手だ。
「マジかよ・・・」
犬型マシンウォーリアが咥えているものを視認したエルザは思わず言葉を漏らした。
ダイナマイト。破壊工作にも用いられる威力抜群の爆弾。導火線に火がついている。
「クッソ」
今度はエルザが焦る。
犬型マシンウォーリアが口からダイナマイトを放つよりも一瞬早く駆け出したエルザ。
最短距離である窓に向かう。
スピードに乗ったところで小太刀を投擲し、邪魔なカーテンごとガラス窓に罅を入れ、力任せにタックル。視界はほぼカーテンだが間隔を頼りにベランダの縁を飛び越える。
小太刀はどこかへ行ったようだが、代わりに両手が開いたエルザは焦る気持ちを抑えてまとわりついているカーテンを抱き込む。
エルザが飛び出したのは建物の4階。落ち方を失敗すれば良くて即戦闘不能の高さ。
気持ち程度ではあるがクッション越しにアスファルトの地面へ落下したエルザはなんとか重傷を免れた。
「・・・・。やられた」
落下のダメージから回復したエルザは、自分が突き破った階層を見上げながら舌打ちした。
爆発が起きていない。
ダイナマイトは本物に見えたが、火薬が入っていなかったか、直前で導火線を切断するなどであらかじめブラフとして使用するつもりだったのだろう。
ここまで頭が回るのはマナミアだな。とエルザは当たりをつける。
これだけの猶予があればグスタフを回収して応急手当もできる。想定内だったのかもしれないが、だとしても手際が良い。
(でも俺をフリーにしてしまった)
チームプレイとしては非常に優れた流れだったが、お互いの勝利条件を照らし合わせるとこの状況はかなりエルザに有利だ。
このフィールドの地形はよく分かってはいないが、戦闘区域というものは大抵円状で表すものだ。
つまり、真っすぐ進んでいればいずれ到達する。
それを前提にエルザは走りながら周囲を観察していく。
道幅の広い道路、両サイドに5階建て以上のアパートや雑居ビルが並んでいる。
作りが多少雑に見えるのは仮想空間の悪いところかもしれない。
等間隔で交差点があるところを見ると碁盤状に道が設計されているのだろう。
500mは走っただろうか。ようやく戦闘区域の境目が見えてきた。地面が淡い赤色に染まっている。
そこに到達すればエルザの勝利が確定する。
「!?」
走り続けるエルザの進行を妨げるように何かが複数飛来する。
壁を作るように滞空しているのは横幅が2mはあるドローンだった。
足を止めることを余儀なくされたエルザ。
(今度は何をしてくる・・・)
先ほどマシンウォーリアに一杯食わされたエルザは強く警戒する。
ドローンは全部で4機。ホバリングしていたそれらはゆっくりとエルザに近づいてくる。
(マシンウォーリアに詳しければ対抗策も思いつくんだが)
苦手分野も本腰入れて克服すべきか。そんなことも考えつつエルザはじわじわと後退する。
30mほど押し戻されたころで、交差点に差し掛かる。
(ドローンって振り切れるものか・・・?)
足にはそこそこ自信はあるが、空中を直線移動できるドローンとでは分が悪いことは予想しながらもエルザは逃走ルートを模索する。
後3mも下がれば、後左右の道が使えるようになる。
「・・・・・・」
ドローンに注意しながら、左に進路を決めたエルザはタイミングを計る。
(3.2.1、、、今!)
歩数と歩幅を気づかれないように調整し、俊敏な動きで左手側の道へ飛び出した。
ドローンが視界の隅から外へ流れていき、また直線道路へと切り替わる。
その一番奥。淡い赤色が一個所だけ黒く見えている。
グラフィックぼけだと思ったエルザだが、黒い点がチカッと瞬いたことで勘違いだと気づく。
(狙撃銃の____)
考えるよりも早く体が動き出す。まるで棒高跳びのようなフォームで跳躍するエルザ。
(マズルフラッシュ・・・!!)
その直後、踝に熱が走る。一瞬遅れて銃声。
弾丸が自分の体を掠めていったことを認知したエルザは強い焦燥感に襲われる。
狙撃手はカナン。数百メートル先の動き続ける標的を狙える射撃能力。もしドローンに釣られてゆっくり下がっていたら確実に仕留められていた。
(今のも直撃してないのはただのラッキーだッ)
しかし。狙撃で一番の強みは居場所が割れていない一撃である。
来ると分かっている攻撃ほど回避しやすいものは無い。
(勝負だ。当ててみろ!)
手近な建物に逃げ込んでしまえばそれで回避できるが、エルザはあえて真っ向勝負を仕掛ける。
不規則に速度と進行方向を変化させながら走り続ける。
後はどちらが相手の動きとタイミングを予測できるかが鍵となる。
マズルフラッシュ。
(怖っ・・・!)
ダメージの無い仮想空間とはいえスナイパーの射線に身をさらし続けるのは相当な度胸がいる。
二度目の狙撃はエルザを掠めることなく後方へ流れていった。
緊張が張り詰める読み合いの中エルザは、カナンの射撃がドローンに当たらないように調整していることに感づく。
ただ単に逃げ道を塞ぐ役割だと思っていたが、まだ何か隠し玉があるかもしれない。とエルザは予想する。
露骨ではあるが、プレッシャーをかけるためにあからさまにドローンと被る動きを多めに取り入れる。
(作戦立案はマナミアが主軸だろうな)
マナミアにゲームメイクの才能を感じていたエルザはそう決めつける。
要所要所でマナミアのアクションがあることも関係しているだろう。
マズルフラッシュ。銃声。
だんだんと距離も近づき、マズルフラッシュと銃声の間隔も短くなってきた。
三度目の狙撃はエルザの肩を掠めてその真後ろのドローンを粉砕する。
(ドローンは囮かッ!?)
火花を散らしたドローンが墜落する音を背中で聞きながら予想に反する攻撃にエルザは面食らう。
だがドローンごと撃ち抜くと分かったことはかなり大きい。裏をかかれる要素もこれでなくなった。
不安要素が限りなく消去されエルザの表情に余裕が浮かぶ。
カナンまでの距離はおよそ200m。狙撃すること自体難しくなってくる間合い。
グレーの髪色もしっかり見えてきた。
カナンが動く。
片膝をついた姿勢から立ち上がり、狙撃銃のスコープを手際よく外す。
と同時に三機の内一機のドローンが速度をあげエルザを追い越し、カナンに近づいていく。
エルザは視線がドローンに寄せられそうになるのをぐっとこらえてカナンを見据える。
立射姿勢へと移行したカナンと対峙する。
発砲から着弾までは刹那の距離。エルザはより一層狙いを絞らせないように不規則な動きを強くする。
射撃は来ない。
ドローンがカナンの頭上に到達する。そのドローンの底部が開き、二つの拳銃が降下する。
カナンは狙撃銃を投げ捨て、不均等に落ちてくる二丁拳銃を綺麗にキャッチした。
スッと無駄のない動きで構えるカナン。二つの大型拳銃の銃口をエルザに向ける。
(インレンジでやるつもりか・・・?)
カナンが銃の扱いに長けていることは知っているが、近接戦闘の領域であればエルザに分がある。
読み合いにも分があると判明した今、エルザは大ダメージを負わない自信もある。
エルザとカナンの距離、30m。
カナンが動く。
力強く地面を蹴って駆け出したカナンは、エルザが自身の横をすり抜けていかないように銃撃で妨害する。
絶妙な間隔でしかも特に足元を撃ってくるためエルザはスピードに乗りにくい。
対抗策としてエルザはアパートの壁面や電柱などオブジェクトを可能な限り利用し、より立体的な機動で的を絞らせない。
二人の距離が10mを切り素手のエルザの間合いがぐっと近くなる。
強行突破するか、撃破するかの判断をするタイミング。
(時間切れも味気ないし、ここは突破するか)
正確な時間経過は把握できないが、体感的にそろそろだと思うエルザは最短で勝利条件を目指す。
二人の距離5m。
(イヤらしいところばっか撃ちやがって)
距離がより縮まった時点でエルザの行動を制限するような銃撃が多くなる。
エルザ自体を撃ち抜くのは難しいと判断した上でタイムアップという流れを計算しているのだろう。
とはいえ、この拳銃の射程圏内では完全回避は不可能でエルザの手足に弾丸の擦過痕が少しずつ増えていく。
(でもそろそろだろ。____ほら)
ジャキ!ジャキ!
カナンが構える大型の二丁拳銃がスライドオープンする。
(弾切れまで意外とかかったな)
おそらく大型拳銃を採用した理由は威力ではなくて装填数なのだろう。
一発でもエルザがまともに被弾すればそこでほぼ勝利は確定。当たらなくてもその弾数の多さで足止めして時間を稼ぐ。といったところか。
エルザが仕掛ける。
今までの立体的な機動を中止し、カナンへと突撃する。
ようやくスピードに乗れたエルザは、交差する視線をほんの一瞬だけ眼球運動で下に向ける。眼を見ていないとまず分からないほどの小さな変化。だが相手が一気に追い詰められている状況においては絶大な効果を発揮する。
足元を潜り抜けると見せかけたエルザはさらにボディフェイントも織り交ぜ跳躍する。
カナンの身長は165cm。エルザの身体能力をもってすれば飛び越えられる高さだ。
スピードも乗っているエルザは身軽さを感じさせながら空中前転へと移行する。
(!?)
その直前。エルザの顔面をカナンの右足が強襲する。
ベチィッ!という痛烈な衝撃とともにエルザは地面に戻される。
「ひっかかれよ」
すんでのところでガードが間に合っていたエルザは若干痺れた腕を振りながら、賞賛の意味を込めて言葉を投げる。
「あんたはあんな分かりやすいことはしないと思ったのよ」
体のしなやかさを披露したカナンは弾切れになった2丁の大型拳銃投げ捨て、やや低めの凛とした声音で返す。
緊張感が若干緩んだその一瞬。カナンが一歩踏み込み回し蹴りで格闘戦の火蓋を切る。
それを読めていたエルザは、するりとカナンの懐に入り込み、まだ振り切られる前の足を踏みつけて抑える。
技の起こりを捉える高等技術。
これを初見で食らった者はまず焦る。そして距離を取ろうとする。
それがエルザの経験則だ。
現にカナンも思考が止まったようにビタッと一瞬動かなくなる。
そして次の瞬間、不格好にもエルザにしなだれかかってきた。
(マジか。冷静なのか破れかぶれなのかわからんな)
カナンのグレーのウルフカットに首筋をくすぐられながらもエルザは柔道のように、彼女の腕を掴み、股下に腕を通し力任せに投げる。
踏みつけた己の足と重心の位置を調整すればこれくらいはできる。
しかしこの荒っぽい技は武道のような優しさは一切ない。
まるで弧を描くようにエルザに運ばれるカナンの体は、頂点を超えて頭から真っ逆様に落ちていく。
その落下地点は畳でもマットでもなくアスファルト。
「!?!?!?!」
自分の状況を察したのか、先ほどまで冷静に立ち回っていたカナンが初めて慌てる。
文字通り、ジタバタして何とか抜け出そうとするカナン。
だがそれは腕しか掴まれてない状況だと効果を発揮し間一髪、背中からアスファルトに叩きつけられる結果に変えた。
「かっは・・・っ!」
しかしというか当然というか、落ちる部位こそ変わったものの、大ダメージは免れない。
肺が潰れたのではないかと思うほどの衝撃と痛みがカナンを襲う。
そんな彼女の状況を認識したエルザはしかし容赦なく胸部を踏みつける。
カナン制圧完了。
(ほぉ)
指を動かすのすら億劫になるダメージに追撃を喰らったカナンの目はしかし、戦意を宿していた。
(冷静一辺倒かと思ったが、こんな一面があるのか)
「マナミア!まだ何か策はあるのか?」
カナンの自由を奪ったエルザは、首を倒し頭上をホバリングしているドローンへ投げかける。
『降参・・・』
するとドローンからぼそぼそとしたマナミアの喋り声が聞こえてきた。
その瞬間、ピーという電信音が鳴り響き、戦闘が終了したことを知らせた。
「ちょっと足どけてくれる?」
「あ、ごめん」
下からカナンの苦しそうな声が聞こえてきたエルザは、手を差し伸べて起き上がる手助けをする。
「ログアウトしてくれ」
どこも汚れてはいないカナンの衣服をはたき、エルザは機嫌をとりながら一言。
この仮想空間の記録をとっている研究者に届いたその声で、
エルザたちの視界はブラックアウトした。
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