第38話 秋ナスは嫁に食わすな③
第1戦。
イタリア料理研究部、
フランス料理研究部、
S特待生同士、かつ女生徒同士の勝負。
男女平等が世で叫ばれている中、しかし、現実問題、料理界のシェフは男性が多いのも事実だ。
女性=繊細かつ美麗な料理、というイメージも固着している。
だからこそ、2人とも大事に育てないといけない生徒だ。
佐柳と廉太郎もすでに調理に入っているが、小鞠彩薫の姿がない。
それは分かっていたことだ。
先日も、
「お兄ちゃん使えねー、使えねーお兄ちゃん。そんな兄は妹にとって存在意義ないよね」
ひどい言いようである。
お目当ての美少女が出てこなかったらこの悪態である。
「まぁでも、月曜日には分かるよ」
「ほんと?ほんとでしょうね?」
「あぁ、出てこないわけがない」
「じゃぁさじゃぁさ、スマホでいいから写真撮って来てよ」
「いや、ここまで姿を見せないんだ、絶対嫌がるだろ」
「そこはお兄ちゃんの話術でさー」
「お兄ちゃん、話術なんてコミュ力あったら、こんなフリーターみたいなことしてないんですが」
「それもそうか、、、じゃぁ名刺渡しといて、それぐらいゲボハゲ矮小な兄貴でもできるでしょ」
それもそうかってひどいよ、、、。しかも矮小って何?なんかすごい心に来る日本語なんだけど。
渡された名刺には、美少女総覧編集委員長と銘打ってあった。
「で、葉月はなんで俺の前で突っ立ってるんだ」
「決戦の前に、顧問らしい一言とかあるでしょ、普通」
強い目でこちらを見ている。
昨晩も相当追い込んだらしく、疲労が見て取れる。いつもの同世代から一歩先にいったような余裕がない。
「あーー、そうだな。一言ね」
葉月が期待の眼差しでこちらを見ている。
そうだな、ここで言うべき、最適な言葉。
いや、最適じゃない。
最善の言葉を言うべきなんだ、俺は。
俺は葉月の両の肩を掴んで、その目を射抜く。
ちょっと怯えたように一歩下がる彼女に、俺は言った。
「お前は、確実に負ける。完膚なきまでに、負ける」
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「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな」
あさりの状態を最終確認しながら、葉月はそう呟かないといけなかった。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなっっ!」
最後に送り出す言葉が、
「確実に負ける」
だって?
なんなんの、本当に。
不安だった。
いくら先生が葉月のことを褒めてくれても、他の人は違うかもしれない。
現に、推薦入試の時だって、葉月は最下位だった。
先生のことは信じている。
でも、本当に他の人も葉月の料理をおいしいと思ってくれるだろうか。
それに今回は、限りなくド定番のシンプルな料理。
1年生の段階では、まだ創作料理に手を出すことは少ない。
伝統的な料理を、完成度高く__。
それが求められていることだ。
だが、本当にそれで勝てるだろうか。
先生だけが葉月に肩入れをしていて、評価がぶれているのではないか。
そう思う瞬間も多々あった。
だからこそ、「できる」「勝てる」って言って欲しかった。
廃部は嫌だ。
でもそれ以上に、先生を失望させたくない。
こんなところで勝てなければ、入部の時に先生が掛けてくれた言葉に答えられない。
だから絶対に勝たなきゃいけないのに。
「なんなの、、、先生、、、、」
憤りと緊張から、手が震える。
ダメだダメだ、葉月、料理を始めないと。
何回も、それころ飽きるほど、繰り返し練習したんだ。
そうしてニンニクを最初に手に取ろうとしたとき、少しだけ視界が広がった。
「あ、、、、、、、、、、あ、、、、、、、、、、」
周囲の全員が、葉月のことを見ている。
先生も、ルメール・白鷺も、フランス料理研究部の顧問も、他の生徒たちも。
そうだ、
あの子は、教室でもいつも1人で目立たず、休み時間にはいつもどこかに消えている。周りをよく見ている方の葉月でも、ほとんど話しかけたこともない。
だから、今、視線は全て葉月に集まっている。
「最初は、、、最初は、、、、、、、、、、」
体が固まる。
ニンニクは潰すんだ。スライスでもなく、刻むでもない。それがベストだと、何回もの試作で結論づけた。
でも、本当?
本当に、合ってる?
ルメール・白鷺は、それで正解だと思うだろうか。
分からない。分からない。
あれだけあった自信が、集団の視線の熱に簡単に溶かされていく。
勝ちたい。
勝って証明したい。
先生の一番は、葉月なんだって。
「先生の一番、、、」
そうだ、、、葉月はいつの間にか、先生に1番評価されているのは自分だって、その立場を居心地よく感じていたんだ。
おそらく部員の中でも、一番目にかけてくれている。
だから、その立場を失いたくない。
やっぱり葉月が一番だって、言われたい。
このままじゃ、ダメだ。
先生が負けるって言ったんだ。
だから、きっと、このままだと負ける。
__何かを変えなくちゃいけない。
その時。
先生が部室から出て行ったのが、傍目に見えた。
「どう、、、して、、、、?」
なんでこのタイミングで?
もう何か、葉月はミスをしたの?
何か、失望させること、、、した?
不安が、動悸となって、逸る血流と一緒に毒素となって全身に駆け巡る。
呼吸が、ままならない。
「このままじゃ、ダメだ」
推薦入試の時とは違う。
誰にも期待されず、誰も葉月のことを意識してないときとは。
S特待生。
イタリア料理研究部のエース。
先生が一番期待している生徒。
急いで新たに鍋を用意し、水を入れ、そこに小さくてボンゴレには使うに適さないと判断したあさりを大量に入れた。
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「ほー、順調だね」
俺は彼女にそう声をかけた。
がらんとしたフランス料理研究部の部室だ。
「、、、、、、、、、、、、、」
もちろん、応答はない。
「料理は、好き?」
「、、、、、、、、、、、、、、、、」
またも回答はない。
フライパンの中に驚くべき事実でもあったかのように、うつむいて覗き込んでいる。
長い前髪に、その表情を見えない。
「ごめんごめん、意地悪したい訳じゃないんだ。君が料理を好きなことくらい、食べればわかる」
「、、、、、、、、、、、、、、、、」
「君の料理は、幸せの味がする」
「、、、、、、、、、、、え?」
その少女はようやくフライパンとの接続が切れて、顔を上げた。
「君の料理は、幸せの味がする」
俺はもう一度声をかけた。
「、、、、、、そう、、、ですか、、、、」
「うん。料理が出来たら声をかけてくれ、俺が運ぶよ」
「いいんですか?」
「ああ、廊下で待ってるから、何かしら合図をしてくれ」
「、、、、、、、、、、、、ありがとうございます」
俺が廊下に出て待つこと、小1時間後くらい。
鍋を叩くような音が、カンカンカンと鳴った。
きっと「おわり」という合図だろう。
俺が教室に入ったと同時に、前方の扉が同時に開く音がして、廊下を駆ける足音が遅れてした。
「恥ずかしがり屋ってレベルじゃねぇなぁ」
そう言いつつ、出来上がった皿を俺は運んだ。
落ちこぼれ料理人の俺が不良女子高生の胃袋をゲッチュする話 @shirano
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