第37話 秋ナスは嫁に食わすな②
「なんで俺が貴様のアテンドをしなくちゃならん」
「それはさぁ、兄貴が俺を審査員に選んだからでしょーよ」
ルメール・白鷺はきざったらしい白いスーツを夕日に照らして、タクシーから降りてきた。
決戦の月曜日。
一般の学生で、部活に入ってない者はその異様な男に奇異の視線を向ける。
俺は一応、礼儀だと思って、
「ラーメン・つけ麺、、、?」
「絶対に言わないよ。絶対だ。僕がそのネタについてどれだけいじられたか、兄貴は知らないだろう?」
「いや、それ待ちかと思って、すかしたらかわいそうじゃん。そして嫌なら違うスーツ着ろよ」
「なぜ他人の意見で己の趣味趣向を変えなきゃいけないんだい?いずれにせよどうやら元気になったみたいで嬉しいよ」
「なってねぇよ最悪だ」
ルメールは俺と並んで学校を見上げる。
「でも、本当によかったのかい?ある意味手の内をさらすことになるよ」
「学生が成長するいい機会だ。そんなことは関係ねぇ」
「、、、、、教師のつもりかい?」
「お前がそう仕向けたんだろうがっ!!」
ライバル校のオブザーバーに審査員を頼むことは、確かに不利になるかもしれない。
でも、そんなことに拘るほど、俺も、おそらくこいつも、料理をなめちゃいない。
今の会話の押収は、まぁ形式みたいなものだ。
「いやぁ、楽しみだなぁ。兄貴の弟子って初めてでしょう?」
「弟子じゃねぇ、生徒だ」
「またまたぁ。紫雨音さんが嘆いていたよ、学生に夢中で全然相手にしてくれないって。あんな綺麗な人を悲しませるなんて罪な人だ」
「じゃぁお前がもらってやれ」
「僕は僕に夢中の人以外興味がないんでね」
「やっぱナルシストじゃねぇか」
そんな他愛ない会話をしながら、舞台に赴く。
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講師控室にて。
「これはこれは
ルメールは出されたコーヒーを優雅に飲みながら、立ち上がりもせずそう挨拶した。
「白鷺シェフもお忙しいところ、我が校の生徒の成長にご協力いただきましてありがとうございます」
おうおう。友次郎先生は大人だね。
若干、声音が震えているが。
それもそうだろう。
年下のシェフに座りながら挨拶されたのだから。
「僕はね、今日は学生の料理ももちろん楽しみだけど、友次郎シェフの料理に一番期待しているんですよ。前回だって星確実と言われていたほどの方ですからね」
いやみだーーー。すっげぇいやみだー。お前は取れなかったけど、俺は取ったもんね、お手並み拝見させていただきますよ、みたいな態度。
「え、、ええぇ。白鷺シェフに評価いただけるとあって、幸せでございます、、、」
頑張ってるよ、友次郎。お前はすごい。俺ならすでに顔面2発ぐらい殴ってるもんね。
友次郎はこれ以上ルメールと関わりたくないのか、俺に水を向け、
「それで、恭介先生、順番はお決まりで?」
「順番?ああ、まぁ、俺たちは最後だろ?」
「そうなりますね」
「先発は、、、、どうしよう。考えてなかった」
できれば奴と葉月は当てたくない。
だが、うーん、どうしよう。
「こちらは、最初に
教えてくれるのね、余裕なこった。
「二人ともS特待だねぇ、嫌だねぇ。そもそも、各講師が1人づつS特待選んだのに、なんで1部活に2人いるかね、友次郎先生の魅力かねぇ」
まぁ、料理食った瞬間にそんな理由、分かったが。
「気持ち悪いですね、そんなに褒めるなんて」
「あ、褒めてないです。思ってないこと言っただけです」
「なっっっ!」
「兄貴のそういう言葉、真に受けない方がいいですよ、友次郎シェフ。この人昔からテキトーですから」
とルメールがいらんフォローを入れ、
「それじゃ、行きましょうか」
とコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「お前が仕切るなよ」
「だって、楽しみで仕方ないんですもん、僕」
そのにこやかな笑顔は、本当に心から楽しそうだった。
今にもスキップでもしそう、ていうかしてる。
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イタリア料理研究部の部室は、未だかつてないほど人で満ちていた。
パッと見知らない学生もいるが、あれは日本料理とスペイン料理の部員だろう。
教師2人と、ルメールが教室に入った途端、一瞬全体が静まり返り、
「あ、恭介先生ー!昨日はありがとうございました」
「頑張ってくださいね!」
「応援してます!」
俺が黄色い声援に手を挙げると、きゃーっとその一団が盛り上がった。
「あの、恭介先生、うちの部員に何を?」
「何も?人望の違いじゃない?」
訝しそうに見る友次郎。
ま、俺が本気を出せばこの程度の人気、当たり前ですがね。
「先生、何浮ついてるんですか?わかってますか?廃部ですよ?廃部。調子に乗って投げキッスとかしてる場合じゃないんですよ、殴りますよ蹴りますよ引き回しますよ?」
引き回すってなんだよ。
目のクマがすごいことになって美人が台無しよ、葉月。
「先生、調理の順番は?」
と、廉太郎が冷静に話しかけてくる。
おう、こいつはあまり態度が変わらないな。
ただ、、、、お前、、、、眼鏡が上下逆さまだ。
全然、耳にかかってないから、眼鏡くいくいする度、床に落ちてる。
そして、「メガネ、メガネ」と床に這いつくばってド定番のセリフを吐いてやがる。
さっきから俺の靴の紐をメガネと見間違うのやめてくれる?確かに輪っかは2つあるけど。
大丈夫かお前ら。
「順番は、そうだな、葉月が1番、廉太郎が2番で行く。下ごしらえ等の準備は順番に限らず、先にやってていい。ルメールに料理を提供する時間だけ守れ、とのことだ」
17時、18時、19時にそれぞれ料理を1品ずつ提供。
パスタの葉月は比較的準備がいらないから最初だ。
もちろん他の要素もあってその順番にしたが。
「それでは、僕が進行していいんだね、兄貴」
その言葉に、会場がざわつく。
料理界の有名人、期待のホープのルメールが兄貴と呼ぶ人物。
それは誰か、もちろん俺だ。
「いいよ、どうせ目立ちたくてうずうずしてんだろ」
「僕のことを分かったように言ってくれて嬉しいよ」
それはイヤミか本音か、分からんやつだ。
「それでは、自己紹介はいいよね。美味しい料理を作る。いかなる場面でも僕ら料理人に求められているのはそれだけ。だからこそ、ここは厳しく美しい世界だ。さぁ、若者の諸君、努力もセンスも君たちの人生すら、ここではどうでもいい。己の評価は1皿だけにかかっている。その意気込みで頼むよ」
その一言には、華奢なルメールの体から発せられたとは思えないほど、質量を持った重みが確かにあった。
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