第32話 閑話(葉月②)
「葉月ってさ、普通っちゃ普通だけど、なんかこう超然としてるとこあるよね」
中学のとき、学年で1番頭の良い男子にそう言われた。それはあなたの方でしょう?と言い返したかった。
彼はクラスに友達も作らず、学校が終わればすぐに塾に行くようなゴリゴリのガリ勉というやつで、どこか達観してるような雰囲気があった。
「それってさ、妹とか弟がたくさんいるからなのかな、それともそれだけ美人だと、前提として自分の存在意義が満たされてるから、他のことを考える余裕があるのかな」
それは質問ではなく、自問自答のようだった。
なんか勘違いで親近感を抱いてるところ悪いけど、葉月は普通よ、その時はそう思っただけだった。あなたみたいにナチュラルに同級生を美人と言えるほど同世代からズレてはいない。
ただ、その思いは確信となった。
入学式の日に振り分けられたクラス。
といっても調理科は1クラスしかない。
両親は先に式が行われる体育館に向かい、葉月はクラスに向かう。
自分のクラスにたどり着くまで、いろんな人に話しかけられ、少し遅くなった。
後ろの扉から入ろうとした時、もうほとんど人がいない廊下で、背の高い女生徒が閉まった扉を見つつ佇んでいた。
そう、彼女は佇んでいただけなのに、
「ああ、この子変だ」
と思ってしまった。
人はただ立っていることなどあまりない。何かを探したり、人を待ってるアピールをしたり、ぼぉっとしてたり。
でも彼女は違う、本当に「佇んで」いた。
そう思うと、そのすでに着崩した制服もあいまって、「難しい子なんだな」と偏見を持った。
葉月は、自分がクラスに入るために彼女の背中を押した。
ほら、葉月はやっぱり普通、と思った。
それから部活が決まるまで、彼女のことを時より見ていた。
自分の席では、まるで現在進行形で説教をくらってるみたいに姿勢正しく、また微動だにせず座っていた。本でも読んでればいいのに、それもせずただ一点を見つめていた。その異様さに、周りもあまり声をかけられなかった。
事務的なことで会話をする姿もあったが、なぜか同級生にも敬語。
目立ちたくないのかと思いきや、服装や髪色はいわずもがな、昼には急に袋にレタスしか入ってないコンビニのサラダ、というよりは具材を取り出して、直接割り箸でむしゃむしゃ食べ始める。そのチグハグな様に皆あっけに取られた。
それが、である。
そのかわいさゆえか、ぽつぽつ話す人が増え始めると、途端に距離が詰まった。
その中の1人に葉月もいた。
最初は、声をかけると、
「あ、あ、、、、、、えっと、、、はい」
みたいな感じで目も合わなかったのに、いつからそんな仲良くなりましたっけ、といった感じで、
「葉月、イタリア料理研究部なんだって?わたしもそこにする予定!よろしくね!」
と、握手してきた。
これが1週間の間に起こったため、やっぱり葉月は普通なんだと思った。
自分は普通、誰かが変、そう思うことは悪いことだと思いながら、思ってしまうことは仕方ない。
彼女とは上手く付き合っていこう、と思った。
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「葉月ー!今日女子会しよ女子会、お昼」
ルカルカにそう声をかけられた時、正直ちょっとやだなぁと思った。
昼は調理の練習をしたい。
ちょうど美味しいあさりが仕入れられたから、ボンゴレ・ビアンコを作ってみたかった。土曜日に先生と部活をしてから、毎日朝・昼・夕方とパスタ三昧。今日が金曜日だから、ちょうど1週間のプチ集大成を先生に食べてほしかった。
先生はあの日以来、葉月にはちょこちょこアドバイスをくれた。
他の2人にはダメとしか言わない。
でも、そんなことを気にしてる余裕はない。
葉月は、もっともっと、前に進みたい。
それに、葉月は先生が意味もなくそうした態度をとっているとは思えないし、そう信じたい。
だから、ルカルカの誘いには乗り気じゃなかったけど、致し方ない。これが上手く付き合うということ。
屋上に至る階段の踊り場で、食堂で買ったパンを食べながらだった。
「女子会って言ったのにコロッケパンだと雰囲気でないよね」
と、ルカルカは楽しそうに笑った。
葉月は、お金がもったいないなぁという思いもあったが、それ以上に料理人を目指す人間として、限られた食事のうちの1回を惣菜パンで済ましてしまうことに罪悪感はないのだろうかと思った。自分の試作を食べるなり、誰かの作った物を食べた方が勉強になる。、1日に3回しかないチャンスなのに。
でも、それは葉月が先生に気に入られていて、やる気が出ているからだ、彼女はそうではない。
「葉月さぁ、先生とデートしたんでしょ?」
なんだ、その話かと思った。
「そうよぉ、しかもお家デート!」
「まじ?家!?あいつ本当にろくでもないな」
「お金なかったんだって」
「それで家とか」
「まぁ、お友達の家だけど」
「へぇ、あいつ友達いたんだ」
「なんかねぇ、すっごく綺麗な人、でも残念系美人って感じかな。あれは葉月レーダーによると、多分先生のこと好きだね」
「まじまじ?あいつのどこがいいんだか、で先生の方は?」
「先生の方が分からないんだよなー、仲良いのは間違いないんだけど、微妙。昔なんかあった系友達とかかなぁ」
「なんかムカつくな、それってステイさせられてるってことでしょ?あいつに。そんな美人なん?葉月とかわたしより?」
「ステイさせられてるというか、自らステイしてる感じに見えたけどなぁ。今の状況をよしとするみたいな。まぁ美人だよ、ギリ若さでこっちにアドバンテージあるかなぐらい」
ルカルカはそこでカチカチとスマホをいじり、
「この子と比べたら?」
と聞いてきた。
ほぉ、これはなかなかのミステリアスビューティー。
「なんか雰囲気あるね、インストグラムの有名人?」
服装もバッチリ決まってるし、そうだと思った。
「いや、わたしのおねーちゃん。連れ児同士で、同い年」
おうおう。
こりゃ姉さんぶったまげたよ。
複雑な家庭環境にではなく、それを喜々と打ち明けるこの子に対して。
葉月なんかにそんなこと教えていいのかしら。
同じ部活だから?
多分違う。
軽すぎて重い信頼と、それからこれが彼女のコミュニケーションスキルなのだ。
自分の方があなたより下だ、と先手を打つ。
少女の少女たるところを煮詰めたような性格。
「おねーちゃんか、じゃあルカルカは妹だね、よしよし」
「えへへー」
そう、ここは彼女の手玉になるのが吉だ。
そして、こちらも信頼の証を見せよう。
「そういえばルカルカはさ、恭介先生のこと、知ってるんだっけ?」
その言葉に、一瞬、ルカルカは止まった。
そして少し憮然とした表情になった。
「なんだよ、葉月には言ってんじゃん。わたしにはだまっとけってすごい形相で言ってたのに、やっぱり葉月は特別なんだね、ずるい」
ずるいねぇ。
自分がその特別になろうと頑張るわけじゃないのね。
「いやいや、たまたま気づいただけ。先生の友達が違う名前で呼んじゃったから」
「あー、そうなんだ。なんかさぁ、昔はすごい料理人だったみたいだけど、本当なのかな。なんか信じられない。バックに大きいパトロンとかいるんじゃないかって思ってる。だって結局、表に出せない名前だから偽名使ってんでしょ?」
「どうだろうねぇ」
確かに、ルカルカが言うことも一理ある。
この間先生が作ってくれたペペチは、正直「すごい」とは思わなかった。
だからこそ、わざと下手に作ったしか考えられない。
「てか、葉月気を付けなよ、狙われてるかも」
「えー、それはそれで悪くないかなぁ」
「え!葉月ってダメ男がタイプなの?」
「なんかぁ、初めての男がダメダメって、イケメン・高スペックと付き合うより、美人として格が付く感じがするんだよねぇ」
「あー、ちょっと分かるかも。でもあれはないわ」
「ないかぁ」
「ないない、絶対ない」
二人で笑い合う。
ほら、こうして少しだけ距離を空ければ、快適だ。
「まぁでも。葉月はさ、きっとダメ男と付き合ってもうまくいくね」
「面倒見いいからねぇ、葉月は。おねーちゃんだし」
「うーん、それとも違くて、すっごいサポートするけど、そのサポートをしていることを相手に気づかせないじゃん?」
うん?
どういうことだろう。
「ほら、クラスの男子が騒いでて、他の女子にぶつかりそうになったとき、その前から自然に間に入ったりとか、よく教室のごみとか拾ってるし、ちょっとあぶれそうな子がいても、その子に直接話しかけるんじゃなくて、近くに他の女子とか誘導してそのうち会話に入れたりするじゃん?」
気づかれてるとは思わなかった。
葉月がルカルカを見てるように、彼女も葉月のことを見ていたのだ。
「わたしさ、人の会話とか動きとか、表情とか、多分普通の人よりずっっと視界に入るというか、頭に残るんだよね。特に会話なんてすごい大きい音に聞こえてうるさいってなるし、寂しそうな人とか悲しんでいる人がいると、わたしまですごく苦しくなる。1人になりたくなる。なんでああ言ったんだろうとか、なんであんなことしたんだろうって。余計な事すごく考える癖があって」
これはおそらくわたし可哀そうアピールではなくて、事実なんだろう。
「見たくないのに見えるというか、気にしたくないのに、気になるというか。だからさ、葉月が優しい人だってすぐに分かった。わたしだったら、自分がダメダメで、それを誰かに支えられてるって気づいたら、一緒にいれない」
「なるほどね、だから恰好もそうしてるの?」
胸元を大きくあけ、スカートは短く、髪も染めている。
それはおそらく。
「うん。だってこうしてれば、相手が言うことが事前に分かるでしょ。自分をどう見てるかも、想像できる。こう思われてるんじゃないか、ああ思われてるんじゃないかって、悩まなくて済む。素行の悪い、でもちょっとかわいいギャルだって」
「生きづらいでしょ?」
「まぁね、でもこれがわたしだから」
「ちょっとだけ強いメンヘラギャルだね」
「はは、葉月ならちゃんと面と向かってそう言ってくれると思った。影で言われたらわたし落ちるし」
ああ、この子は普通じゃない。
でも、悪い子じゃない。
きっと、葉月なんかよりずっと、純粋なんだ。全てに対して。
「ねぇ、入学式の日さ、教室の前で立ってたでしょ?」
「うん、葉月がちょっとだけわたしの背中おして、それから、美人のお通りだよーって教室に入ってった。わたしは気づくからね、ああやって自分に注目集めて入りやすくしてくれたんでしょ?」
「ちょっと変な子だなって思っただけだよ」
「変な子って失礼な!自覚あるけどさ!」
「葉月は普通だもーん。メンヘラじゃないもーん」
「あんま言ったら言ったで落ちるからね、結構すぐ泣くからね」
「わたしすぐ泣く女きらーい」
「このやろう!この分厚い胸で隠してる心に優しさはないのか?え?」
「胸はやさしさとせつなさでできてまーす!」
それからはくだらないことを話した。
主にルカルカが、これまで付き合った男がいかにひどいやつだったか、マウさんという人がいかに素晴らしいか。試作を作る度作る度、ダメしか言わない先生への不満。
やっぱり好きになれない部分もあるけど、部活仲間としては悪くないと思った。
だって、葉月のことちゃんと見てくれてるから。
そんなことを言ってしまったら、きっとルカルカと同じ穴のムジナかな。
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