第31話 いわしは小骨が多い⑨
「おお、葉月はボンゴレか」
「あさりが旬ですからね、
この学校、どこからそんな金出てるん?
もう怖いよ、先生。
テキトーに指導してて大丈夫?ある日とつぜん部屋に大人たちが
「あさりはいいとして、これカルチョフィだろ?」
イタリア野菜で、別名アーティチョーク。見た目はほぼ花のつぼみ。
「はい、ちょっと早めに収穫できたそうで、昨日送られてきたんですよ、初物です、葉月と一緒です」
「お前の性体験なぞ知らんでいい」
「やっぱり処女は人気ないのね、嫌だけど、とっても嫌だけど、好きでもない男で散らすしかないのね、、、いてっ!」
葉月がカルチョフィの食べれない花の部分を、虚ろな目で剥いていたので制裁をくらわす。
「ほう、ちゃんとレモン水に入れるのは知ってるのな」
「へへへー、それから今剥いたこの花弁たち、もとい処女ま、、、いてっ!」
なんてことを言うつもりだ。この女子高生。
「花弁は、野菜出汁に使います」
「野菜出汁ね、トマトの皮にセロリの葉、あと玉ねぎに人参、エトセトラって感じか」
「はい!」
葉月はそこから手際よくボンゴレ・ビアンコを作っていく。カルチョフィは別フライパンでソテーして加えるらしい。
「へぇ、あさりそんなに入れんのか」
「送ってくれた生産者の方がですね、旨味は強く、しかししょっぱくはない、と教えてくれまして」
「パスタの塩分は?」
「通常通りです」
「ほーー、楽しみだ」
出来上がったボンゴレ・ビアンコを早速試食する。
「どうですどうです?春の味します?春の味ですよ~春の味がしてくるはずです~春、それは出会いと別れの季節・・・」
「洗脳すんな」
「だって緊張してるんですもーん」
確かに、あんなにあさりを入れたのに全くしょっぱくない。
カルチョフィの苦みと独特な食感もアクセントにはなっているし、野菜とあさりの出汁は春と言えば春だ。
葉月らしい、逆算的思考が垣間見える。
だが、
「美味しいとは言えないな」
「うそーん」
「まず、圧倒的に練習量が足りないな」
「練習?ドユコト?」
そう、忘れがちだが、重要なこと。
レシピには書いてない部分だが、味を明確に左右するモノ。
世の中にプロのレシピも出回り、食材も簡単に手に入るようになった時代でも、料理店が存在する意義。
「せっかくのあさりが過熱のし過ぎでかなり縮んでる。その分ソースに旨味が出てるが、それも煮詰めすぎたな。要するに調理スピードであったり、手慣れてないから加熱時間が無駄に伸びてる」
「やっぱりかぁ、迷ったんですよねぇ、パスタの火の入り加減とか何度も確認するうちにやっちゃってましたか」
「まぁ、パスタをブロンズダイスにしたのは正解だな、あさりのうま味を吸っていい感じだ。それにあさりを入れる量、結構試行錯誤したろ」
「あざす」
「カルチョフィに関しては、まぁチャレンジを認めよう。俺がなんて言うか、葉月なら分かってるはずだ」
「、、、はい。対決とあって、ちょっとアレンジしないと勝てないと思いました」
「まぁ、その姿勢は間違いではない。それに悪くなかった。今回はたまたま素材が良すぎるだけだ」
「あさりを、最高にイカしてみせます」
なんで2本の指でくいくいしてるの?なんかますます下ネタえぐくなってない?お父さん心配。
この子あれよ、きっと夜にあさりの塩抜きして、水をぴゅーぴゅー吐くあさりに「そんなに気持ちよかったのかい?」とか夜通し言っちゃってるよ、多分。
「あの、あさりってなにも蓋せずに塩抜きすると、まるで塩ふ、、、、ぶはぁ」
俺は容赦なく葉月の頭を叩いた。
「この食材がある限り、あさりに集中しよう。でも、少し遊びは入れる」
「遊び?」
「そう、食材はあさりだけ、だが他の要素はどうする?」
「他の要素?ほかの要素って、ほぼアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノですよね、、、あ、、、そうかっ!そうだったのか、なんでこんなことに気づかなかったんだ!がってんしょうちのすけ!」
え、なんかドラマみたいな「ささいなヒントから正解に気づきました」的ながってんしょうちを見せてくれた。
「廉太郎は、、、、頬肉の赤ワイン煮込みだったよな、昨日から仕込んでやったんだろ、お疲れだな」
「先生、バローロ煮込みです」
え、なんて?
「おい、もう1回言ってくれ」
「バローロ煮込みです」
「それってあれだよね?料理名的に言ってるよね?」
「いえ、正真正銘バローロ煮込みです」
イタリアワインの王様、バローロ。
こいつ、酒も飲んだことねぇくせにやりやがった。
「さすがに安いやつですが」
「おい、何が安いだって?あん?俺が普段飲んでるワインの余裕で10倍以上するんだが、それを煮込みにまるまる1本使いやがったな!しかもクソみたいな練習に!てめぇぶっこおすぞ!!!」
「そんなに美味しいワインなんですか?当然のごとく飲んだことがなくて」
「美味いよ、あああ、ああああ」
俺は無碍なく捨てられたガラス瓶を引っ張り出し、ほおずりする。
「なんてことだ、、、あんまりだ、、、お前は肉を煮込むために生まれたわけじゃないのに、、、こんな姿になってしまって、、、」
「泣いてるね」
「そんなに悪いことをしてしまったのだろうか、、、」
「こういう無理解と価値観の相異から戦争って生まれるんだよね」
なぜか葉月が世界平和について考え始めていた。
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合宿の午前は、とりあえず考えてきたメニューの発表となった。
お昼である。
葉月のボンゴレと廉太郎のバローロ煮込みを皆で取り分けて食べる。
「葉月のボンゴレは、見えてるんだろ?」
「ばっちり見えてますよ、見えないものまで見ようとしてます」
こいつ、今日の夜中に星とか見に行く気かしら?
「廉太郎のバローロ煮込みも、丁寧だな」
「ありがとうございます」
「全然褒めてないし、ダメダメだが。まぁ勝負にはなるだろう。お前そもそも料理そこそこ上手いな」
「実家が洋食店をやっていまして、昔から手伝いを」
「ほぉ、なるほどね、なんとなく見えてきた」
「見えてきた?見えないものがですか?」
「ちょっとー、先生、わたしのパンツのぞかないでくださーい、えっちすけっちわんたっち」
「葉月、今日は昭和の日かなんかなの?」
みょーに葉月のテンションがいつもより高いのが気になるな。こいつ、下ネタの投下量で平常かどうかバロメーターになるらしい。
「まぁいい。廉太郎、お前どっきり嫌い?」
「はい。予想外のことはあまり」
「りょーかい。まぁそのまま二人とも煮詰めてけ」
俺のその言葉を待ってました、といわんばかりに二人は顔を見合わせた。
「ということは、あとは自主練でいいわけですね?」と廉太郎。
「そうですね?」と葉月。
「は?まぁ、そうだな。また明日の朝、味を見させてもらえれば」
「よしきた」
「やりましたね、葉月さん」
なんだ、こいつら。
「それじゃ、先生、ルカルカのとこに行ってきてください。葉月、夜1人で寝るのこわーい、いつも弟とか妹とかと寝てるし、最悪連れて来れなきゃ、先生と寝ることに、、、、もう、いやんえっちー」
「私も瑠花さんがいないと、この部に残留した意味がありません」
おい、廉太郎、部活動の意義って知ってる?不純すぎない?
「行かねーよ」
「行くんです、先生」
葉月がこれまでの調子はどこへやら、真面目なトーンで言った。
こいつら、これを言うために朝早く来てメニューに取り組んでたな。自主性とかの話じゃなかったわけだ。
「先生、先生はまだ自分が23の若者だって認識が、薄い気がします」
葉月になぜか説教をされている。
「お前らよりは大人だ、経験値だって違う」
「そうかもしれませんが、それでもまだ若いです。ルカさんに厳しいのは、私情もあるような気がしています。それに、同い年の葉月が言うのは変ですが、ルカルカに今必要なのは、その優しさじゃないと思います」
その優しさってなんだ。そもそも優しくなんてしてない。
「冬の桜に、今すぐ花を咲かせろ、さもなくば切るぞと言っているように見えます。タイミングがあるんですよ、タイミングが」
「、、、根腐れしてて、春にだって咲けないかもしれないだろ、だったら!」
「だったら、先生が植え替えてあげてくださいよ。それぐらいできる人だと、葉月は先生のことを信じたい」
葉月は、瑠花のことについてそこまで詳しく知らないはずだ。
葉月は葉月で、ルカルカと呼びながら、それによってむしろ彼女から一歩引いている感がある。
なら、なんでこんなことを言うんだろう。
「葉月は、瑠花さんが戻って来なくても部活を続けます。一流の料理人になるために。でも、そのためには、先生を信じさせてくれないとダメなんです」
俺は、間違っていたのか?
瑠花は、正直もう駄目だと思う。
高校1年というのは、もうある程度考え方も、人格も定まってきている。
俺は彼女がこれから、人並みに努力をし、批判に耐え、自信を持って自立できるとは思えない。
だが、それが間違いなのか。
「先生、先生が一番信じていないのは、自分なんじゃないですか?」
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