第30話 いわしは小骨が多い⑧
「まぁいっかぁ」
朝起きて、最初に出てきたのはそんな言葉だった。
わたしは悪くない。
そもそもあいつは顧問としてあまりにも不適格すぎる。
現にわたしだけでなく、廉太郎君も不満を持ってたし、葉月は可愛がられてたからいいけど、、、。
なんか、わたしが悪いみたいな言い方してたけど、おかしくない?
普通にあいつが悪いだろ。
まじでクソだな。
学校に行くのも億劫になった。
あんなやつの顔なんて二度と見たくないし。
でも、一生に1回の華の女子高生生活、あんなやつに潰されたくない。
まぁ、あいつがイケメンだったらああいうツンケンしたのも許せるんだけど、全然違うし。
そうだ。
日本食研究会にでも転部して、日本食×イタリアン的な創作料理なんて作っちゃおう。
いや、そもそも料理なんてやめようかな。
マウさんのとこはバイトで良いわけだし。そうしよう。
バイトに行くのも、もう正直面倒になってるけどしょうがない。
とりあえずバイトに行く準備をして部屋を出ると、姉とかち合った。
姉はF〇NDIのグレーのジャンプスーツを颯爽と着て、どこかに出かける前のようだった。
その服、1着いくらだっけ。
30万はくだらないはずだし、女子高生がおいそれと着られるもんじゃない。
「おはようございます、瑠花さん。部活ですか?、、あ、それともバイトですか?」
「バイトバイト」
「あれ?土曜の日中は部活ということになったのでは?どうしてバイトなんですか?」
高校生になってから、あるいはその少し前からか、姉の梨花は快活になった。
すごい話しかけてくるようになったし、表情が明るい。
前までの作った笑顔ではなく、本当に楽しそうに笑うのだ。
自ら積極的にあの両親に話しかけている、気色悪い姿もよく見るようになった。
それに、妹のわたしですら恐ろしくなるほど綺麗になってる気がする。
そのハイブラの服すら、似合っていると思うほどには。
あれ、そもそも土曜が部活って言ったっけ?
「あーーー、部活ね、やめようかなって思って」
「、、、、やめる?」
なんだろう、一気にトーンが落ちた気がする。
まぁでもそうか。
まだ1か月経つか経たないかで入ったばかりの部活、始めたばかりのことをやめるのだ。蔑みたくもなるだろう。ムカつくなぁ。みんなみんな。わたしの自由じゃん、そんなの。
「でも、バイトは頑張ってるしいいでしょ」
「学費は父に払ってもらっているのでしょう」
珍しく突っかかってくるおねーちゃん。
本当にうざい。
なんなのこいつ。
自分はそんないくらするかも分かんないワンピースだの、ブレスレットだの、アクセサリーじゃらじゃらしてさ、どの立場で言ってんの?
「子どもの学費払うぐらいの義務果たしてもらわないと、クソ親なんだし」
「子どもでもやるべきことをやるから庇護してもらえるのではないですか?」
「は?なに?どんな子どもでも守るのが親の仕事じゃん。生んでなんて頼んでないんだし」
「自由にさせてもらって、自分で選んだこともそうやってすぐにやめて、何もとがめられず、十分に生まれてよかったと思える良いご身分だと思いますが?」
こんなことは初めてだ。
言い合い、煽り合い、にらみ合い。
そんなことはこの姉とはこれまで1度もしたことがない。
わたし?
いや違う、調子がおかしいのは姉の方だ。
「あんたに何が分かんの?」
「じゃぁ、じゃあです。私と代わってくださいよ」
「あーあ、あんたボロが出始めたんだ。良い子ちゃんはもう終わり?疲れた?」
「ボロ?ははは、へへへ、私が???」
姉はおかしくてしょうがないと言った感じで、ニタニタ笑い始めた。
こんな人だった?
もっと気が弱くて、親の言いなりになってるだけの子じゃなかった?
互いに理解し合うだけの会話を重ねてきたわけじゃないが、それでも異様なのには変わりなかった。
わたしが今まで見てきた姉はなんだったのか、ふと恐ろしくなり、口調が強くなるのを避けられなかった。
「なに?なんなの?朝から絡んできやがって」
「いや、面白くて。私がボロなんて出すはずないじゃないですか、、ははは。だって私、お父さんの跡継ぎになるんですから」
「結局それか、金?それともあのクソ親に認められたいとか?くっだんない人生」
それは常々思っていた言葉だった。
親に従順な彼女と、反抗的なわたし。
どちらがくだんない人生かっていえば姉の方だ。
ああ、わたし、心の底では姉のことを心底馬鹿にしてたのだ。
バシン!!
その音が、最初何の音か分からなかった。
視界が揺らいで、あ、叩かれたんだと分かったとき、怒りより先に涙が出た。
ああ、わたしもこいつに、こいつにも馬鹿にされてたんだと、分かってしまった。
「くだんない?くだんない人生なのはどっちなんでしょうか。ふふふ、へへへへ。私はね、今、生まれて初めての自由を楽しんでるの。自分で選んだ、自分のためのことに、全てを捧げられてるの、ふふふ。だからさぁ、あなたみたいな人間を見ると、ムカついてしょうがないの。理由は分かんない。幸せな私の周りで、しょうもないことで悲劇ぶってるのが癪にさわるのかなぁ、それとも、なんだろう?わかんないです、わかんないや」
姉はうわごとのようによく分からないことを言って出かけた。
最後に、彼女がロングブーツのチャックを上げる音が、頬の痛みとともにいつまでも耳に残った。
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姉の豹変は、結局全く意味が分からなかった。
とにかく、家にいることも落ち着かず、学校にもいけず、マウさんのとこに行くしかなかった。
ふらふらと、アーケードから国分町に至る路地に入り、お店の玄関につく。
まだランチ営業の仕込み中だが、少し空いた窓からにぎやかな声が聞こえる。
「カポじいちゃんはさ、なんで結婚しないのー?」
「うん?なんだい、最愛もあちゃんが立候補してくれるのかい?」
「えーーー、やだぁ。最愛はね、かわいい女の子と結婚するんでいっ!!」
「ほー、それはいいねぇ。ぜひ結婚式には呼んで欲しいね。紫雨音さんは、、、そうだね、難しいか」
「え、マジトーンで経験豊富な人に言われると本気で落ち込むんですが、、、」
「だってねぇ、賢すぎるからねぇ」
「あーあれですか、女は少し馬鹿な方がモテる的なことですか?明らかな女性蔑視ですが、それは。とことん馬鹿になっちゃえばいいんでしょ?パンツいっちょで裸踊りとかすればいいんだ、そうしてアメリカのタレント発掘バトルで予選敗退しちゃって、異国の知らない人たちにくすくす笑われちゃえばいいんだ」
「カポじいちゃん、それ禁句。しうねぇ、それ言われすぎて、指摘されるとヒステリック無敵フェミニスト状態にピットインするから」
「いやいや、たまには空気を読まずに突撃することも重要なんだよ、それができないからねぇ」
「やめてやめて!泣いちゃう泣いちゃう、いい年した女が老人の恋愛アドバイスで泣いちゃう!」
「昔から変わらないからねぇ、二人は。ドラマだったら苦情殺到の停滞具合だよ」
わたしは、入り口のドアを掴んで動けなくなった。
ああ、ここもわたしの居場所じゃなくなった。
昔からだ。
自分の知らない人たちがにぎやかに話している空間に、わたしは入れない。
言葉のやり取りが、吐き出された蜘蛛の糸のように見える。
時間が経てば経つほど、その糸は複雑に重なり、網目となり、わたしを拒絶しているように見える。
そうして去ることも出来ず、入り口で立ちすくむ。
幼稚園の時も、小学校のクラス替えの時も、つい先日の高校の入学のときも。
みな、不思議に思っただろう。
入口で固まった、派手な格好をしたわたしに。
あのときは葉月が声をかけてくれて、その網目を引きちぎるようになんとか教室に駆け込んだ。
排除されている。
自分はここに必要ない。
言葉の応酬が生んだその蜘蛛の巣が、わたしを拒んでいる。
強張ったわたしの腕がなお震え、掴んでいた扉が微妙に震えた。
入店を示す鐘の音がかすかに鳴る。
「あれ?瑠花ちゃん?」
マウさんがそう言ったのが聞こえ、わたしはそこからも逃げ出した。
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