第28話 いわしは小骨が多い⑥

「という訳で、俺たちの誇りと尊厳をかけた戦いに向けてだが」

「違うでしょ、自分のちっさい独占欲と性欲のためでしょ」


葉月が俺の太ももを摘まみながら小声で言ってくる。

怖い、怖い。さっきからずっと怖い。

何?Gヴァルキュリアって言ったの怒ってるのか、まぁ怒るよね。


「なんかぁ、やっぱり葉月と先生怪しい」


瑠花がなぜか泣きそうな顔で突っ込む。

嫉妬ですかね、これは。モテ期きたね。

瑠花は瑠花で、勝負のメンバーに選ばれなかったことに落ち込んでるらしく、さっきから顔が浮かない。


「だから、お昼に何もないよぉって言ったじゃん、ルカルカ」


ほう。女子会の内容が気になる発言である。


「今はそんなことより、月曜日の対策をすべきでは?時間があまりないです。それに確か向こうにはS特待が佐柳殿の他にもう1人いたはず」


廉太郎、お前、議長とかできるよ。

地方議会の議長になって、ちょっとお年めいたやっかいな議員とか制せられるよ。


「それなんだが、俺に1つ案がある」


皆の視線が俺に集まる。


「合宿だ。土日を使って合宿をするぞ」


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「明日から?急すぎない?」


と瑠花。


「いや、それぐらいじゃないと、確かに厳しいかもしれない」


と廉太郎。


「学校的にはおっけーなんですか?」


と葉月。


「学校的には問題ない。むしろ推奨されているまである。まぁ今日の今日というのはちょっと無理通す必要があるが、大丈夫だろう」


この学校は、なんというか大学に近い考えだ。

院生が徹夜して研究することが当たり前のように、泊まり込みで料理の研究なり練習することは入学時から両親に許可を取っている。

ただ、夜中の出歩きはさすがに危険なため、やるなら朝まで、半端に残るな、必ず大人の監督の下、ということだ。


「えーと、葉月は親に連絡な。でもあれか、お前兄妹多いし厳しいか?」

「うーん、どうでしょう。聞いてみない限りはなんとも、電話してみますね。今ならお母さん繋がると思うし、、、、、あ、、、、、」

「どした?やっぱ厳しいか」

「あのーーー、これってぇーー大事な娘を何日か先生が預かる訳じゃないですかーーー」

「そうだな」

「そういう時わー、ちら、やっぱりー、ちら、先生からお母さんに言うべきだと思うんですよー、ちらちら、まだ会ったことも無いわけですしー、どこの馬の骨とも分からないやつにー」


葉月が意地悪である。が、言っていることももっともだ。

そしてちらちらこちらを見るな、そして言語化するな。


「わかった、スマホかせ」

「はーい、どうぞー」


俺は唾を飲む。


「どうしたのー?葉月」

「あ、お忙しいところ恐れ入ります。私、青葉学園で葉月さんの顧問をしております、高橋恭介と申します。お電話でのご挨拶となってしまって申し訳ございません」

「あら、先生。いつも娘がお世話になっております。葉月に何かありましたか?」

「いえ、少しお母さまにご相談がありまして、葉月さんにケータイをお借りしたのですが、今お時間よろしいでしょうか」


背後でおそらく葉月の兄妹が騒いでいる声が聞こえる。

手短にいこう。


「喫緊のことで大変恐縮なのですが、明日から月曜日まで合宿を行おうと思っておりまして、非常識なのは重々承知しておるのですが、生徒たちのやる気を尊重したいと思っておりまして、、、」

「ふふ、確かに急ですね」


と、葉月のお母さんは笑った。なんだろう。葉月から小賢しいところをろ過したような人だ。


「非常識だとは認識しております」

「でも、あの子毎日楽しそうで、それも先生のおかげなんでしょう?」

「いえ、私は何も、、、」


ほんとに何もしてないよね。

してないな。

ないね。


うるさいよ、聞こえちゃうよ、だめよ。


「土日は主人もいる予定ですので、大丈夫だと葉月に伝えてください。普段は弟たちがいますから大人ぶってますけど、あの子もまだまだ子供な部分がありますので、厳しく指導してやってください」

「お母さん!!!」


そこで葉月が携帯を奪い取り、通話を切った。

策士策に溺れるである。


これで1人はOKだ。


「廉太郎は寮生だったな、寮の管理人に言っとけば大丈夫だろう」

「そうですね、問題ないと思います」

「よし、これで全員クリアと」

「おい、ナチュラルに無視するなよ、泣くぞ、さすがに」


瑠花が俺の耳を引っ張る。

怖いよ。お前ほとんど俺と背丈変わらないから詰められると怖いよ。


「お前は大丈夫だろ許可取らなくても」

「そうだけどさ!そうなんだけどさ!少しはオブラートに包めよ!お前本当に教師か?」

「顧問だ、家庭への支援は担任に頼め」

「無責任すぎるっ!!?ちなみにマウさんとこでのバイトもあるんだけどっ!!?」

「あの店はな、そもそも人手なんていらん。常に閑古鳥なんだから」

「ひどいっ!まぁ、確かにほとんどわたしの料理練ばっかしてるけど」


これで本当に全員オッケーだな。


「よし、それじゃ準備もあるだろうし、今日は解散。葉月と廉太郎はメニュー考えとけ。明日は朝8時集合な」


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「先生っ!」


葉月と廉太郎が帰った後である。

俺も原付に乗って帰ろうとしているところを瑠花に止められた。


「瑠花か、どうした」


短すぎるスカート、胸のはだけたシャツ、派手な髪色。通学カバンにはディ〇ニープリンセスの人形がごてごてぶら下がっている。

まさにギャルだな。


「先生、どうしてわたし、選ばれなかったんですか?」


まぁ、そうだよな。


「毎日、練習頑張ってます。才能ないのは分かってるけど、頑張ってる」

「まぁ、詳しくは知らんが、今までのお前の人生の中では頑張ってるんだろうな」


夕陽が、瑠花の顔の線分をくっきりと描く。

高い鼻に、形の良い口、それから大きな瞳。

ただ、その整った顔も今にも崩れそうだ。


「そうです。こんなに頑張ったこと、今までない。それはあんたが、あんたが、違う生き方でやれって、周りを使って、環境を変えて、幸せになれる場所を探すために、頑張ってる」


それは、本当にそうなんだろう。

カポのとこでも真剣に練習しているのは知っている。

だが、


「俺が言ったから、お前は頑張ってるのか?」

「え、、、、、?」


ここらがこいつの潮時だ。


「手に取るように分かるよ。お前はもう限界なんだろ?作った料理は理由もなく俺にダメだと言われ、3人という小集団の中でも一番認められなくて、それで今日だ。お前はそろそろ思ってるはずだ。ここじゃない場所に行きたいって、私を認めないのは、が悪いからだ、あるいは、と」

「そんなこと、、、それだって、、、、じゃぁ先生はクリスマスのとき、なんであんなこと言ったのっ!!?期待持たせるようなこと言って」

「まさかまた会うとは思わなかったからな、この世にはお前のことを一つも否定せず、努力しなくても受け入れてくれる奴もいる。そういうところに行けばいいと思っただけだ。俺はそんな優しい人間じゃないからな」

「さいっってい、だったら最初から優しくすんなよ、料理作ったり、あんなこと言って、ふざけんなまじで!」


カバンでぶん殴られた。ぶら下がった人形のチェーンが痛い。


「なんとでも言え、俺がお前に言えることは1つだけ。さっさと普通科に行け」

「それ、本気で言ってるの?」

「ああ、本気だ」

「死ねよ、ほんと、死ね」


走り去っていく瑠花の背中。

俺はそれを見つめることなく原付のエンジンをかけた。










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