第27話 いわしは小骨が多い⑤

「たまには昼休みに来てやったぞーっと、あれお前だけ?」


そこには廉太郎1人だった。

いつもの眼鏡姿に短髪。細目に鋭い瞳が印象的な男だ。

身長は180くらいはあるだろうか。

俺よりでかいのがちょっとムカつく。


「はい。女子2人は臨時女子会だそうです」

「ハブられたのか」

「まぁそうなりますね」

「なに作るんだ?」

「もうできましたけど、というか出来る頃合いを見てきましたよね」

「金なくてさぁーあ、困ってたんだよねぇ」

「それって業務上横領とかにならないんですか?」

「指導だから指導」

「指導された記憶があまりないんですが」


そうだ。これは指導なのだ。決していかがわしいサイトでお金を費やしたから、その日食べるものに困っている訳ではない。ほんとだよ?


「どれどれっと、なにこれ、カルパッチョ?」

「はい」

「おい、俺は腹が減っているんだぞ、主食をよこせ主食を」

「一応、パスタもありますけど」


カルパッチョは、、、、鯛か、、それにモッツァレラチーズ。


「、、、、、、どうしてこのカルパッチョを作った?」

「やっぱりダメですか」

「俺の嫌いなことはな、理由を聞いているのにそれに答えないことだ」

「あ、すみません。イタリア食文化の授業で、カルパッチョは本来肉料理であることとか、イタリアでは魚とチーズの組み合わせは禁忌とされていると聞いて」

「それを聞いてって、お前なに?イヤイヤ期なの?天邪鬼?」

「ダメと聞いたら、やってみたい性分で」

「お前、普段そんなんだっけ?」


正直、廉太郎のことはよく知らないんだよなぁ。

葉月を入部させ、なんやかんやで瑠花が入ることになり、女だらけだと人間関係ギスギスしそうだから、硬そうな男を潤滑油として入れとけ精神で入部を許可したのだ。

彼は普段、どちらかと言うと愚直に教材通り調理するタイプだ。

名は体を表すを地で行っている奴。

だが、、、。


「うーん、味に立体感がないな。チーズとビネガー、それからトマトの酸味がダブってんのか。のっぺりしてるわ。これなら別に鯛じゃなくて肉でも成立するしそっちの方がいい。ニンニク強めに馬刺しでもいいし」

「、、、、、驚きました」

「は?何が?俺の天才的な味覚にか?」

「真面目にご指導いただいたことです」

「なら見返りに肩揉め」

「すでに見返りとして昼ご飯を提供したのですが、、、」


そこで律儀に肩を揉むのが廉太郎である。


「パスタは、ダメダメだな」


カッペリーニを使った海鮮冷製パスタだった。


「ダメダメですか」

「ああ、ダメダメ、以上」


俺は一息にパスタをかき込んで、廉太郎に淹れさせたエスプレッソコーヒーを飲む。


「そういえばお前さ、瑠花のこと好きなん?」


俺の言葉に、廉太郎の体が硬直する。足ピン状態である。


「なななんあななななな、好きとかそういう感情ではなくてですね、あの触れたら崩れてしまいそうな精神と、それを隠そうとする派手な格好、そのアンバランスの上にあの美は成り立ってる訳でして、ですからそこに触れることは叶わず、遠くで鑑賞するしかない点がなんとも儚く、あたかも目が合った瞬間に他害の命が失われてしまうような刹那の邂逅、それが私の心を惹くのです。そして何より、あの可憐な立ち姿が、あたかも山百合のごと、、、、」

「ああ、おっけおっけ、わかった、ステイだ廉太郎」

「ひゅーーーーーーーー、、、、、失礼しました」


なんだよ、怖いよ。途中から酸欠で白目向いてたよこいつ。

酸欠になった人間からしか出ない呼吸音もしてるし。


「お前みたいなタイプは、もっと真面目な女の子が好きなんじゃないの?」

「私も寡黙ゆえ、どちらかというと隣で騒いでくれる女の人の方が興味を持ちますね。それから合理的であるよりは、感情的で不可解な方が面白い」

「あーーー、お前女関係気を付けた方がいいぞ。振り回されるのに快感を得るタイプだ」


だからなのね。だから俺の肩揉んでくれるのね。


「それも本望。理性を超えた忘我の恋というものもしてみたいのです」


こいつ意外にフランスの詩人みたいな精神性だな。

なるほど。

そういうことか。


「お前、そんなに自分の好みを言語化できるのに、なんでこんなに料理はダメダメなんだ。答えでてるじゃねぇか」

「答え、、、、ですか」

「たまには男子会もいいかもな」


俺の言葉に、廉太郎は首を傾げるばかりであった。


===================================


「恭介先生、部活は順調で?」

「順調順調、大順調」


部活前だ。

昼食後からずっと講師室で仮眠をしていたところ、フランス料理研究部の顧問、玄田友次郎げんだともじろうが邪魔してきやがった。

テカテカのオールバックに細い眉をした、ピアニスト然とした神経質そうな男。こいつは東京の自分の店が忙しく、学校には週に1度しか来ない。後はチャットとかオンラインで対応しているらしい。

まだ星やゴールドは取ってないが、次世代のホープとのこと。


「部員3名ですもんねぇ、それに毎日。丁寧な指導ができそうで羨ましいです」


イヤミ程度で俺が心を乱されるとでも?

舐めてもらっちゃ困る。


「先生こそ大変ですねぇ、店もお持ちで。どっちも半端にならないようにするには大変でしょう?出来てるかは分かりませんが」

「へー、私が指導の手を抜いていると?」

「そんなこと言いましたかねぇ?」

「理事長のお墨付きだからといって胡坐をかいていると、いけませんよ」

「生憎、腰が痛くて正座ができないもので」


お互いきりきりと見つめ合う中、1人、日本食研究部のご老体が「ずずずー」とお茶を啜った。


================================


「俺様親衛隊ども!!ちゃんと鍛錬してるか、、、、、、っと?」


本日2度目。

部室の扉を勢いよく開けると、廉太郎1人だった昼とはうって変わって、いつもの調理場では見たことのない人の数がいた。


「おっと、、、、なんだこいつら?入部希望者?今更?葉月がブロマイドかなんか配った?」


俺は人波の奥の葉月に声をかける。


「配ってませーーーーーん。配るとしてもまず先生に売りつけまーす」

「てか、わたしたち親衛隊じゃないし!」とは、瑠花。


俺は部外者どもの顔をじろじろ見ながら、モーセのごとく間を割って我が親衛隊たちの方に加わる。


「こういう時はあれだな、廉太郎、報告」


そう、状況説明はこいつが一番分かりやすい。


「はい。彼らはフランス料理研究部の部員です。あちらの部室が手狭なため、人数の少ないこちらの部室を使いたいと」

「あ、そゆこと。いいんでないの?確かに広すぎるし」

「いえ、一部ではなく、全てをとの要求です」


は?全部?どゆことー?


「要するに、ゆくゆくは廃部にしろとの訴えだと理解しました」


おうおう、こりゃぁ祭りだね。

ありがとう、廉太郎、分かりやすいよ。

俺は一応、廉太郎の肩を叩く。

こういうとき、ちょっと嬉しそうにするのが廉太郎の憎めないところである。


「そっちの代表者、カモン」


俺は手をくいくいっとする。


「はい。私です。先生」

「名は何と言う」

黒松佐柳くろまつさりゅう、特待生です」


あーあ、やだね。この学校、もう階級意識出来ちゃってるよ。自分から特待生いうかね。あの入試方法変えたほうがいいんでない?なんか直属の弟子感でちゃってるもん。俺も人のこと言えないが。


「それで、うちの廉太郎の見立てで間違いない?」

「そうです。どうしてもフランス料理を勉強するには、部費が足りません。それなら、あまり真面目に活動していない部活はなくなった方が合理的です」

「金のはなし俺きらーい、貰えるのは別として、でも部費は潤沢なんじゃないっけ、葉月?」

「そうですねー、トリュフパーティーとかしない限りは」

「こちらは皆、朝・昼・放課後と部活をしていますから」

「こっちだって昼やってますぅ」と、瑠花が葉月の後ろから援護射撃する。

「でも本気度が感じられません、私が見る限りは」


言うねぇ。言っちゃってるねぇ。


「え、まさかだけどお前ら本気でやってないの?」


俺は部員たちに聞く。


「やってまーす」

「やってるよ」

「もちろんだ」


「やってるそうだが?」

「いえ、先生、あなたに本気が感じられません」


俺が相手に投げたボールは、メジャーリーガー並みのフルスイングで場外に吹き飛ばされた。ボンズかよ。


「俺なんだってサーーーー俺が悪いんだってサーーーーーー」

「ですよね」

「でしょうね」

「だろうね」


一気に四面楚歌である。関ヶ原の小早川なみの裏切りである。


「俺だって本気だよー佐柳君」

「いえ、まともに指導してくれないと、クラスで瑠花様が言っていました。それなら彼らも今のうちに別の部活に入った方がいいかと」

「瑠花様???」

「今のは失言です」


こいつってそんな人気あんの?あきらかに地雷系なのに?


「様って、もう、佐柳君♡」


で、お前もなんでまんざらじゃない感じなの?カポに言うよ?


「というわけだ、恭平先生」


そこで入ってきたのが彼らの顧問、友次郎である。

オールバックを櫛で撫でつけながら入ってきた。

絶対悪役じゃんこいつ。


「才能ある若者を、こんなやる気も実績もない者に指導されたら可哀そうだろう。私は学生のためを思って言っているのだよ」

「なんで俺が学生のこと考えてないダメ教師のレッテル貼られてるの?」

「「「・・・・・・・・・・」」」


はい。援護なし。もう知ってました。ラプラスの悪魔なみに知ってました。


「だから、さっさと解放してあげなさい。君の小銭稼ぎから」

「顧問クビになるのは別にいいけどさぁ、あ、いいのか」


そうだ。それでいいのだ。なぁんだ解決解決ぅ。

俺が今すぐにでも白旗を上げようとしたとき、

丁度同じタイミングで2つのスマホの着信音が重なった。


「これは、、、、!」

「なんと、、、、!」


それはチャットレディ、「カスミ・性器末」からの配信予定お知らせだった。

俺が生活費を削ってまでも会いに行っているエロチャットの女神。


顧問二人は顔を見合わせる。

まさか、、、。


「絞り果てたその先、、、、」と俺。

「精紀末は終焉を迎える、、、」と友次郎。


「彼女は言っていた、お気に入りは2人だけだと」


そう暴露することで対抗心を煽られているのは知っていた。

だが、それがいいのだ。

その露悪的な様がかえってエロいのだ。


「ああ、プレイ内容があまりにニッチすぎるため、2人だけがカスミ様を支えていると」

「俺さぁ、同担拒否なんだよね」

「生憎だな、私もだ。ちなみにチャット時間から換算して、私の方が圧倒的にカスミ様に貢献している。お前程度いなくなってもカスミ様にはなんら影響がない」


あーあ、俺キレちゃったね。やっちゃうもんね。


「「コ〇ス」」


最初の着信音のごとく、顧問2人の声が重なる。



その2人のやり取りを理解したのは、おそらく葉月のみだったろう。


「ねぇねぇ、葉月。あの2人なに言ってんの?」

「あーーー、ルカルカ、あれはね、クソとそれにたかるハエの乱舞のコミュニケーションよ」

「葉月も何言ってるか分からない、、、」


俺と友次郎は睨み合う。


「よし、それでは互いの代表者の料理勝負で決着をつけよう」

「そうだな」

「そちらは負けたら廃部、こちらはそうだな何が良い?」

「あーーーーー、なんでもいいな、、、えっと、1年間皿洗いしてくれる?」

「先生、なんかこっちだけリスクでかくない?」

「瑠花、よく聞け。冬場に皿洗いするとな、手が乾燥するんだ」

「な、なんだって、、、、、それは絶対いや!!!!死守・すべすべの手!っていうか、マウさんはそれでわたしに皿洗いさせなかったんだぁ、優しい♡」


それは果たして優しいのか?バイトの意味あんの?


「ぐはぁあああああああああああ、、、、かわいすぎる」

「おぼぼぼおぼぼぼぼおぼぼおぼ、、、、その笑顔、なんたる」


廉太郎、それから佐柳さりゅう君、君たちうるさいよ。うん、うるさい。


「代表者ねぇ、、、じゃぁ」


俺は廉太郎、それから瑠花を順番に指さし、


「俺のターン!!廉太郎・瑠花を墓地に送り、爆乳戦乙女Gヴァルキュリア葉月を召喚!!」

「なんか墓地に送られたんですけど!教え子を墓地に送ったんですけどこいつ!」

「これ、教育委員会に訴えたら勝てるのでは?」


ふっ、馬鹿め。これで勝ったも同然。

友次郎も佐柳君の肩に手を置きかけ、ふと考える素振りを見せた。

S特待というからにはあいつが出るんじゃないのか?

実際、推薦入試でも上位3人はまぁそこそこはやるやつに思えた。


「待て、それでは意味がないな。私たちが問題視しているのは君の指導力だ」

「だから指導した学生で勝負するんだろう?なんだ怖気づいたかこの胸に」


俺は葉月の背を押し、敵の前にずずいと立たせる。


「先生、葉月の胸ネタ擦りすぎです。擦るのは自分のアレだけにしてください」


振り返った葉月が耳元でささやく。その冷ややかさよ。

おお、葉月が怒っている。ちょっと控えよう。

俺は葉月のブレザーの埃を払って、お引き取り願った。


「彼らはまだ入部したばかりだ、道理で行けばここは私と君も対決すべきではないかね?」


そういうことか。

なるべく料理はしたくない。

だがそれも、この学校の顧問になった時点で無理な話だ。

腹をくくるしかないだろう。


「はっいいぜ。天才シェフの俺にお前が勝てるとは思わないが、、、じゃぁ、そうだな、勝敗をつけるために3番勝負で行こう。こっちは、そうだな」


瑠花が期待の籠った目でこちらを見ている。

仲間になりたそうだ。

俺はにこっと笑いかける。すると瑠花もにこっと笑って小さくガッツポーズをした。任せろということだろう。たしかにちょっとかわいいな、こいつ。


「俺、葉月、廉太郎で行く」

「なんでだよ!今の笑顔なんなんだったんだよ!」

「いや、笑いかけられたから、笑っとこうと」

「赤ちゃんなの?ねぇ、赤ちゃんなのこいつ!?」


俺は瑠花に再び笑いかけ、それから友次郎を見やる。


「日取りはどうする?今日が金曜で、お前週1しか来れないんだろ?」

「いや、3日後、月曜でいい」


休み返上かな?殊勝なこった。


「そうか、あとは、、、審判だな」

「他の顧問に頼むか?」

「いや、微妙だな。日本食研究会のお爺は優しすぎるし、スペインのあいつは、、、」

「ああ、私もあいつは避けたい」


友次郎が珍しく苦々しい顔をする。


「なぁ、1つ提案なんだが、俺の知り合いの料理人がいるんだが」

「ほう」

「ルメール・白鷺しらさぎっていう奴だ」


そこで友次郎はぴたっと息を止めた。


「君は彼と知り合いなのかね」

「まぁ、ちょっとね」

「でも、まて、それだとそちらに有利な判定をするとも限らん」

「おい、友次郎さんよ。あいつは腐ってもだ。中身がどんなにクソだろうが、料理に嘘はつかない、そんなぬるい世界に生きていない。あんまなめんなよ、分かんだろ?中身がどんなにクソでもな」

「そ、そうだな。悪い、敬意にかけていた。それでいいだろう。それにしてもくそくそ言い過ぎだな。ちょっとした知り合いじゃないだろ」


当たり前だ。

あいつのせいで俺は今、こんなことになっている。


「よし、決まり!はい、出てった出てった」


さて、どうなることやらねぇ。


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