第26話 閑話(葉月)①

「はぁ、デート楽しかったぁ」


リビングのソファーにばふんっと腰掛ける。


「おねぇちゃんデート行ってきたの?」

「でぇと?でぇとってなに?」

「おかーさーん、おねぇちゃんがオトナになってかえってきたぁ」

「おとなおとなぁ」


3人の弟と1人の妹が口々に騒ぎ立てる。


「お姉ちゃんだってもう高校生なんだからデートぐらいするわよ」


と、母が手をエプロンで拭きながら言う。


「夜ごはん、作るの手伝えなくてごめんね」

「いいのよ、葉月は楽しかったみたいね」

「うん、すっごく楽しかった。まぁ部活だけど」

「お金、大丈夫だった?材料費とか、、、足りた?」

「材料費は部費で出るからダイジョーブ。それにお小遣いももっと少なくて良さそう、お昼もみんなで料理の練習がてらパスタ作って食べてるし」

「すごい学校ね、、、でも、本当に彼氏とかできたら使うでしょ、貯めておきなさい」

「はーい」


まぁ、彼氏なんて作る気などさらさらない。

だから、今日はちょっと楽しかった。

お家デートってこんな感じかなぁって。

まぁ、先生は先生だし、軽くいちゃいちゃさせてもらって、ちょっと下ネタ言い合うぐらいの関係がちょーどいい。葉月の青春はそれで充分。先生にはいつかの日のための練習台になってもらおう。ひどいかな?


今日1日先生と過ごして、改めて分かったことがある。

まぁ最初から確信していたけど。

先生についていけば、きっと、


部活を選ぶとき、それぞれの顧問と話した。

どの先生も有名な人らしく、皆、スマホで調べて見せあっていた。

ただ1人を除いて。


「イタリア料理研究会の顧問、こいつ実績なくね?」

「検索しても出ないんだけど」

「予算足りなかったのかなぁ?それとも、隠れ家的なとこのシェフ?顔出しNGみたいな」

「ありえるかなぁ?なんか見た目も出来ないオーラすごいし、、、」


なんだ、ハズレがいるのか。そんなことを思ったが、一応面談を申し込んだ。

面談室にいた先生は、やはりやる気なさそうにスマホをいじっていた。


「あの、、、」

「、、、、、、。」

「あのっ、、、!」

「んぁ?あーーーどした?トイレはここ出て左、あれ、右だっけ?」

「いや、自分の学校なんで場所くらい分かりますが、、、」

「そりゃそうか」


まったくスマホから目を離さずに、そんな会話だ。

葉月も、ああこれはマジのマジのハズレです、と思ったが、それでもなんか気になって席についた。


「何見てるんですか?」

「うん?チャットアプリなんだけどさ、プロフィールに住所不明って書いてるのに、来るメールは全部、住み一緒ですね!なの、なんで?って思って」

「あーーーー、それ信じちゃってます?」

「だって、身バレしたくないから、信用した人にだけ送ってるって。気が合ったら会いましょうって」

「嘘に決まってるじゃないですか」

「嘘なの!?」

「嘘です」


その当たり前の事実に、先生は、


「分かってたさ、分かってたよ、、、、そんなの嘘なんてことは。だけど、こうして現役女子高生に言われると、本当にそうなんだって、現実見せられるよね、、、」

「どんまいです、先生。そんな画面の向こうのチャットレディより、目の前のきゃわいい女子高生とお話しましょ?」

「そうだな。胸もでかいし、顔も悪くないし、今日はお前で我満しよう」

「その意気ですよ、先生」


それから簡単な自己紹介と、志望動機を話した。

部活に定員等はないが、一応面接の体裁を取ることが決められている。


「あーーーーー、自己紹介してもらったとこ悪いんだが、俺部員取る気ないんだけど、、、」

「意味が分かりません」

「部員ゼロだったら辞められるじゃん?それでいこうおもて」

「いこうおもて、じゃないんですけど、、、ってことは今まだ0人、ですか?」

「そう」

「うぇーーい」

「うぇーーい」


とりあえずハイタッチしておいた。


「志望動機が、イタリア料理が一番、日本人の生活に近いから、ということだが、それなら日本食研究会行けよ」

「日本食は高いです。パスタの方が安くて手軽です、生活の味方です」

「あ?まぁ、そうかもだが、、、、。ちょっと待て、学生データ調べる」


パソコンでカタカタと先生がやりだす。


「お前、S特待か」

「はいそうです。優秀なきゃわいい女子高生です」

「S特待ってことは、実技をしたはずだ、1月頃」

「しましたしましためっちゃ緊張しました」


そこで突然、先生が自分の頭を殴り始めた。

唖然です。

謎の自傷行為に、葉月も


「ちょちょちょちょ、何ですか、何で突如錯乱したんですかっ!?こんなにかわいいのに、成績も優秀で、好きになっちゃいそうなのを抑え込んでるんですかっ!?」


葉月は立ち上がって先生の腕を止めました。

と、先生はその腕を取って、手や腕をじっと眺めました。


「ちょ、ちょっと、さすがにセクハラです!葉月は言葉のセクハラは大歓迎ですが、ボディタッチはNGです。そういうシステムでやらせてもろてます!」


葉月は、顔が赤くなるのを感じました。

でも、先生は手を見るのをやめずに、


「お前、推薦入試の実技で、ボロネーゼ作ったな?ボロネーゼというか、、ミートソースパスタだが」

「何で分かるんですか?あれって料理だけで判断するんじゃ?審査員は知ってたんですか?」

「いや、知らないよ。料理が出てきて、採点するだけ。そして順位の上から合格していくわけだが、俺たち顧問組4人にはそれぞれ1人分だけ、独自の判断で合格者を決められる権限があった、それがS特待。あ、これオフレコね」

「なるほど、、、」


そんな選抜方式だったとは、、、。

ってことは葉月を選んだ顧問がいる?

まさか?


「まぁ、普通に考えれば全員の点数が高かった奴ほど、誰かしらの指名が入る。すると、下位の方で繰り上がりがある。顧問4人の推薦した者は、今回に関しては1人も被らなかった。その3人は上位1~3位のやつだった」

「ということは残り1名は、、、?」

「推薦の定員は14名、今回は112人の応募があった。筆記で足切りくらって、実技を受けたのは30名。そしてお前は30位、ドベだな」


ドベ、、、。

でも納得はいく。

新設の学科ができるとなり、実技試験が必要と知ってからも、その準備は全くできていなかった。だからドベも当然だろう。

ということは、、、。


「俺がお前を推薦した、、、。最悪だ」

「なんで最悪なのかは後でききますけど、、、でもなんで分かったんですか?パスタの話したから?」

「いや、与えられた食材からパスタを作ったのは他にも複数いたよ。中学生が作れる料理なんてたかが知れてるし、背伸びしたのを出しても失敗するだけだからな、無難ではある」

「じゃぁなんで?」

「安くて、手軽、生活の味方。そんなこと言う奴がホタテだのウニだの、使うか?」


実技試験では、まず用意された食材を全員で見、使う食材のおおよその分量と作る料理を提出する。おそらく、食材の用意した量と使用する量を計算するためだろう。用意が足りなかったらどうするんだろう、と応募要項の時に思っていたが、目の前にずらりとならんだ食材の数々を見て、その心配はなさそうだと知った。


それだけ、この学校にはお金がある。

そして、S特待を取れば、学費の免除だけではなく、開業資金も得ることができる。


ただ、多くの食材は使い方も知らなければ、食べたこともなかった。


葉月が書いたのは、調味料を除き、


・合いびき肉

・玉ねぎ

・人参

・スパゲッティ(1.5mm)

・ホールトマト缶

・スライスチーズ(溶けるやつ)


だった。


「相手は中学生だ。なんとなく使いそうな高級食材も用意されていたが、後はスパーにも売っている食材だ。まぁその中でスライスチーズを使うやつがいるとは思わなかったがな」


先生は困りつつ、それでも楽しそうに笑った。


「お前、自分の料理がなんで最下位になったか分かるか?」

「なんとなく、、、作るとき、レシピにはいつも、ナツメグとか、赤ワインとか、バターとか、にんにくとかが使われていました。でも、葉月は使わなかった。ううん。使えなかった」

「お前、祖父母か、小さい妹か弟がいるな」

「弟が3人、妹が1人います。みんな、小学生以下です」

「だからだろ。ニンニクを辛いと感じたり、セロリは苦手な子どもも多い。赤ワインもだな。あとバターとかナツメグは家計の事情だな」

「そうです。でも先生!じゃぁなんで、、、。」


分かりきっていた、受からないって。

でもどうしても特待生が欲しくて、一か八か受けたのだ。それに調理師免許を取ればすぐに働けるから。


「簡潔に答えろよ」

「はい」


先生は葉月の目を、これまでに見せなかった真面目な眼光で捉えた。

ちょっとかっこいいかも、と思ったのは秘密である。


「おそらくだが、ひき肉はミートボール状にして炒めたな?なんでだ」

「家族全員分一気に作ると、水がすごくて、悪い肉だと煮えて臭くなるし、焦げ目もつかないからです。普段お肉食べれないから、ひき肉でもお肉の感じを出したくて」

「人参はすり下ろしたな?」

「はい。苦手な弟がいて」

「中農ソースも使っただろ」

「はい、足りない食材を補って、味に深みを出すために少しだけ」

「ホールトマト缶はなんでだ?その感じなら、ケチャップを使ってもおかしくない」

「ウスターが使えない分、全体が甘くなりすぎたり、濃い気がして」

「スライスチーズは?」

「他のチーズは高くて買えないからです。でもチーズとバターがないと、まとまりもでないし、弟たちは上に溶けたチーズが乗っていると喜ぶから、別のフライパンで軽く溶かしてかけました」

「それだけじゃない、量は?」

「1枚溶けたのをかけると、肉の味が分からなくなるから、少量をかけました」


葉月は少し怯えながら答えました。


「総評はな、家庭で出る分にしては悪くない、だが調理科の学生を目指すにしては足りない、分かるな?」

「分かります」

「以上、解散」


葉月はそこであっけにとられてしまいました。

しっしっと手でジェスチャーする先生に、葉月は、


「ちょちょ、ちょっと待ってください!全然終わってません!それじゃなんで葉月はここに?」

「あ?お前欲しがりか?褒めて欲しいのか?」

「女の子は常に欲しがりだし、褒めて欲しいです。ほら、葉月が画面の向こうのかわいいチャットレディだと思って、ね?」

「しかたねぇな。そもそもな、高校はなんのためにある?」

「勉強するためです」

「だろ?」

「はい」


全然解像度が変わってない。ぼやけたままだ。


「もあぷりーず」

「だから、最初からできるやつ取ってどうすんだって話だよ。3年間昼寝して過ごすのか?ちげぇだろ、入った後学べばいいことを先に知ってたら合格なのか?矛盾してるだろ」

「確かにです」

「俺はな、、、」


葉月は、その言葉を、これからの3年間、きっと大事にし続けるんだ。



「俺はな、3年後に一番うまい料理を作れる奴を選んだんだ」



「あ、、、う、、、、」

「お望み通り褒めたんだから照れるなよ」

「照れるまでが女の子のセットなんです!」

「意味分からん。ぶっちゃけ、お前だけ次元が違ったよ。俺がこの学校の顧問になることに決まったのは、推薦入試の3日前だった。最悪な気分で試食してたけど、お前の料理を食ったとき、少しだけ元気とやる気が出た。だから願わくば会いたくなかったんだ」

「なぜ?」

「俺が推薦したんだ、会ったら責任感じちゃうだろうが」

「いや、顧問で採用になった時点で感じるべきでは?ってことは入部おっけーってことですね?」

「えーーーーーまじぃーーー?」

「じゃないと、さっき腕掴んだこと報告しますよ?というかなんで手とかじろじろ見たんですか」

「え、報告したらクビになるかな?だったら報告してくれ!」

「逞しいですね、先生」


結局、先生は入部を認めてくれた。

主に採用責任を追及する形で。

葉月はもう、この人以外の下で学びたいとは思えなかった。


「で、最後だが。お前の夢はなんだ」

「えーっと、卒業後すぐに働けるレベルになることです」

「かっ!!ちっせぇよ。ちっせぇちっせぇ。大きいのは胸だけか?あ?」

「ちなみに胸はGあります」

「日本の宝じゃねぇか。あれだろ、どうせ貧乏で兄妹も多いから自分が働かなきゃーみたいなことだろ。お前な、俺が推薦したんだぞ。そんな目標は叶えたも同然だ」

「じゃぁ何にすれば?」

「お前が料理を好きなことは、味みりゃ分かる。兄妹のためと言いつつ、強かに自分の好きなものを選んだんだろ?別に高校出て働くぐらい、普通科出て公務員試験受けたりすりゃいいだけだ、違うか?」


そうだ。

別に無理に料理科に入る必要はなかった。もちろん学費全額免除は嬉しいけど、頑張れば勉強だけで推薦が取れるとこもあっただろう。


「ここの料理科はなんでできた?あ?」


新設された料理科。その目的。

パンフレットで嫌と言うほど見た。

本当を言えば、その言葉に、魅了されたのだ。


「お前の料理を食べに、そのためだけに、世界中から人が集まる。そんな店を作るんだよ、他の誰でもない、お前が、だ」


そんなことができるの?葉月に。

ただの貧乏な家庭の、ちょっと料理好きの葉月に。


「できるなら、そんなお店がお休みのときは、子ども食堂がしたい。それから、ファッションも好きだから、オリジナルエプロンとか売りたい」

「その意気だ。全部叶えろ、特待生」




それから、葉月の他に2人の部員が入った。


「部長は葉月な、以上」


先生はみんが集まった最初にそう言った。

どうやら先生と知り合いらしい、スタイルのいいギャルの女の子が、


「えーーーー、なんでぇ、、、ひいきぃ、おっぱい大きいから?そうなんでしょ?そうだろこのやろう」


と言い、真面目そうな男の子も、


「そうです。明確な理由を。るるるうるるるるるるうる瑠花氏や僕ではない理由は?」


と先生に詰め寄った。

葉月は、その時、少しだけ背筋を伸ばした。

もう葉月には、おっきい、おっきすぎる、先生との夢があるから。


「そんなの簡単だ。葉月は別格、以上」


===========================


「おねぇちゃんがにやついてるぅ」

「にこにこだねぇ」

「うんこ踏んだんだろ、うんこうんこ」

「あら、本当に今日はデートだったのかしら?」


そんな母や兄妹たちの声を聞きながら、葉月は自分の決断を噛みしめる。

そして今日の復習だ。


調理科に入って、葉月は基本から学ぶ必要があった。

だから動画を見たり、日々の授業を真剣に聞いていた。

だけど、肝心なことを忘れていたのだ。

なんで葉月が特待を取れたのか。先生は何を評価したのか。

それがなかったから、先生は最初に作ったとき「ダメ」と言ったのだ。

今日は少しだけ、いつもの家で作る感覚だった。

それに、いつもと違ったこともある。


「自分が美味しいと思える料理を作る、エゴ」


そう、兄妹が美味しいと思うものじゃない。

自分が美味しいと思えるもの、それを作ったのだ。

それはとっても、楽しい時間だった。


ただ1つだけ、どうしても不可解だったことを葉月は見逃せない。

知るべきではないと思いつつ、知らないふりはできなかった。


「きょーか?」


そう。

先生の大人のお友達の家に行ったとき、あの女の人、葉月に負けず劣らずの胸をした美人さん。


あの人、先生のこと、きょーかって呼ばなかった?


『お邪魔しますじゃないんですけど?もおかしいけど、この子も頭いっちゃってるんですけど????』


その1回だけ。

思い返せば、その後は不自然なほど名前を呼ばなかった。


「きょーか、きょーか、きょーか、、、、、、、、、先生?」


スマホの画面には、坊主頭のシェフ。

今のぼさぼさとは違うが、でもはっきりと分かる。

それに、、、


『てか先生さぁ、その髪切りなよ、前みたいな坊主の方がまだましだわ』


ルカルカの言葉。


高良京香。

名前が違う、だって、先生は、、、


高橋恭介たかはしきょうすけ、、、先生、、、?」

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