第25話 いわしは小骨が多い④
「まずは十分な塩でパスタを茹でる、今までは基準通りだったけど、少し多めに」
戻ってきた葉月の表情は真剣だった。
「オリーブオイルにニンニク、唐辛子。にんにくは多め。唐辛子は焦げやすいから、味見ておっけーなら外す。先生のは、少し焦げの味が邪魔だった」
ほう、これは来たかもな。しかし、邪魔って。
「ゆで汁を入れて、混ぜる」
「うん」
「そしたら、盛り付けるお皿は別で沸かしたお湯で温める」
「なんで?」
「オリーブオイルとパスタを乳化させようとしすぎて、さっきの先生のは焼きそばみたいな感じがした。だから、今回は麺をあげたら、火はあまり使わず、絡めるだけ。でも、葉月はあったかい料理が好きだから、だからお皿を温める」
「それはなんで思いついた?」
「ラーメン屋さんで見たことあるから」
こいつ、センスがいい。
朝、服装を見て思ったが、こいつは統一感と、それがもたらす印象っていうのをよく考えている。
「麺を手早く絡める。さっきは表示のゆで時間よりかなり早めに上げてたけど、今回は少しだけ。そしてここにしらす干しを入れる」
「しらす干しね、それは邪道じゃないのか?」
「うん、、、そうかもだけど。葉月、気づいた。そもそも、どんなに美味しいペペロンチーノだとしても、多分、葉月はすっごく美味しいとは思わないと思う」
なるほどね。
それでしらす干し。
「しらす干し好きなのか?」
「うん、それに他の海鮮より安いし、海の味が欲しい気がした」
葉月は、姿勢正しくフライパンを見つめる。
「そして、最後に小葱」
「小葱はなんで?」
「そのままのペペロンチーノだと、食感が少なかった。少し和風よりになっちゃうけど、、、」
「醤油は?」
「使わない」
「そうか」
葉月が緊張の面持ちで、出来上がった皿を俺と紫雨音に差し出す。
「食べるぞ」
「どうぞ、、、召し上がれ」
ああ、きっと大丈夫だ。
「召し上がれ」とお客に伝えるときの、不安と希望の入り混じった顔。
それが料理人の第一歩だ。技術よりも前にあるもの。
こいつは、今、料理人の入り口に立ったのだ。
「、、、、、、、、。」
「、、、、、、、、。」
俺と紫雨音が押し黙る。
「だ、、、、だめですか?」
俺は緩慢に首を振る。
「グストーゾ!だ、葉月」
「え?」
「美味いよ、めちゃめちゃ」
「うん、すっごい美味しいこれ、金払ったかいある!あ、貸しただけだけど」
葉月はへなへな、と席について、自分も食べる。
「うん、、、美味しい、、、気がする。少なくとも先生のよりは」
「そうだろう、すごいだろ」
「なんで先生が自慢げなんですかぁーー」
「ペペロンチーノのアレンジとして、しらす干しはよく使われる。そしてしらす干しに小葱を合わせるのも、まぁ誰でも思いつく」
「え、褒めて落とすタイプ?」
「いや違う。お前がすごかったのは、まずはパスタの塩分量、あれはなぜ上げた?」
「先生のパスタは、適量でしたけど、それだとパスタだけ味が浮いたように感じました」
「うん」
「実はレシピとかの塩分量って少ないのかもって思ったんです」
「そうだな、特にアンチョビとかを入れないパスタに関しては、少ない」
「やっぱりそうなんですね、、、」
「俺も忘れていたが、、、後は、醤油を使わなかったことだ。この感じだと、どうしても醤油を使いたくなる。日本人だからな」
「はい。最初は茹でる塩分量を下げて、醤油を足そうとしました。でも、それだとソースが辛くなって、結局パスタが浮いちゃうんじゃないかって。それにこのパスタに、醤油の風味だったり、焦げだったり、塩味だったりは余計な気がして」
俺は頷く、そして、
「お前気づいてるか?」
「え?」
「料理人になるためにはな、少なからずそのエゴが大事なんだ」
「エゴ?」
「ああ、世の中には醤油を入れ、焦がしにんにく風味にするやつもいる。それが美味しいと感じるやつもな。だがお前は、それはベストではないと考えた。おそらくしらす干しのうま味、それとペペロンチーノのソース、その相性だけで勝負した方が旨い、と」
「はい」
「その決断が、大事なんだ。料理動画を見ても、作れるのは料理だ。作品でもなければ、最低限の商品でもない。だから、差を知り、自分の好みとエゴを見出すことが大事なんだ。その基盤がないと、お客に合わせた料理を作ることもできないし、逆に料理で自分の世界を作ることも、どちらにも行けなくなる」
葉月は、俺の言葉をかみしめるように、頷いた。
「よし、今日の部活は終了!洗い物頼むな、俺は寝る」
「はい!先生!」
「いや、寝るなよ、、出てけよ」
元気に頷く葉月に、俺は満足して本当に寝てしまった。
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「すっかり遅くなっちまったなぁ、家大丈夫か?」
「はい、連絡はしてましたのです!」
少々興奮気味の葉月である。
電車が来るまで、駅中の喫茶店でコーヒーでも飲みつつ、待つことになった。
「先生」
「なんだ」
「野暮なこと言ってもいいですか?」
「野暮なことはいうもんじゃないよ」
「わざと、下手に作りました?」
葉月はニコリともせずそう言った。
「そんな器用なことはできません。そもそもな、ペペロンチーノなんて美味いわけないんだよ。なんでなんも具材入ってないパスタが美味しくなんだよ。荷が重すぎるだろ」
「禅の精神?」
「そんなのは蕎麦だけにしてくれ。あれだって昆布とカツオ節とかいう、飛車角使ってんだぞ」
「最初はそのまま、的な?」
「あー最悪だ、それ。確かに一流が作れば風味やのど越し、香りは感動するがな、それで完成じゃねぇだろ」
俺は暴論と自覚しつつ言う。
「でも、差を知れって先生は言いました。それは下方向でも成立しますよね?」
こいつめ。頭いいな。
「本当にもう感覚が鈍ってんだ、それだけだ」
「そーゆーことにしておきます。次はちゃんとお金貯めてデートしてくださいね。あと、あの人にお金返しといてくださいね」
「へいへい」
葉月はトレーを持って、そのまま帰って行った。
「これであいつが他の部員に伝えれば、いっちょあがりだな。楽勝楽勝」
そんな独り言も、土曜に1人。なんだか少し悲しかった。
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