第24話 いわしは小骨が多い③

「という経緯だ、邪魔するぞ」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」


そこには、上はピンクのブラジャー、下は緑のパンツでリビングに寝そべっている女がいた。何か健康器具的なサムシングが見えた気がするが、放っておこう。


「部屋、たまにはかたずけろよー、葉月、とりあえずテーブルの上のごちゃごちゃ下に落としていいから、食材並べろ」

「はーーーい、お邪魔しまーす」

「お邪魔しますじゃないんですけど?京香もおかしいけど、この子も頭いっちゃってるんですけど????」


紫雨音が急いでスウェットを着て詰め寄ってきた。


「えーー?先生の彼女さんなんじゃないんですか?だったらいいかなぁって?」

「良くないよ?彼女じゃないけど、彼女でも良くないよ?天然系なの?」

「あーー、天然でかわいいねって言われたら勝ったとは思いますねー」

「あ、やばいタイプだ。私なんかが一番適わないやばいタイプの女だ」


俺は並んだ食材を指し示す。


「葉月、まずはパスタからだ」

「はい先生!」

「ねぇ無視?また無視なの?」

「ペペチに合うのは、どんな麺だ?」

「細目の乾麺、スぺゲッティです!」


ずびしっと葉月が敬礼する。


「よろしい。だがそれだけでは足りん。今日使うのは、テフロンダイスのパスタだ。他にはブロンズダイスというパスタがある。違いはつるつるがざらざらか、だ。テフロンダイスの方が扱いが簡単で、パスタ同士が擦れあって風味がなくなることも少ないし、アルデンテにもしやすい」

「メモメモ」

「よし、茹でるぞ」


紫雨音は、


「せっかくの休みなのにぃ」と文句を垂れつつ、部屋を片付けている。


「今日使うニンニクは、奮発して青森県産だ。こないだお前たちが使ったのもそうだな?」

「はい、そうです!部費は潤沢です!」

「え、そうなん?」

「はい!毎日飽きるまで調理しても余るほどです!」

「え、、、だったら俺の給料上げて欲しいんだけど」

「その代わり、多分ですが、何やら結果を残さないとやばいらしいです!」


そんなことは今はいいのだ。考えたくない、世知辛い大人の事情など。


「青森県産のニンニクは最高だが、必要な量が変わってくる。甘味が強く、辛味が少ない。ゆえに、外国産のニンニクよりも多く入れる必要がある」

「ほう、そうなんですね、今初めて、先生が先生に見えてます!」

「黙りなさい!!」

「自業自得です!先生」


葉月は紫雨音から借りたエプロンを付けているが、何をどうしたらそうなるのか、もはや理解できない現代アートぐらいいろんなシミがついている。

これでは料理部というより美術部である。


「唐辛子を入れるのは、辛味を出すためだけではない。唐辛子にはグルタミン酸という旨味と、甘味もある」

「甘味、ですか?」

「そう、品種によっては結構糖度が高かったりもする」


そんなこんな、アドバイスをしながらパスタを作り上げる。

先生の本気、見せちゃうからね。


=====================================


「ほれ、食べてみろ」


出来上がった皿を差し出す。


「乳化具合は、葉月が作ったのとそんなに変わらないように見えます」

「うん」

「香りも近い」

「うん」

「、、、、食べます」

「どうぞ、召し上がれ」


湯気が立つパスタを、葉月は器用にまとめて口に運ぶ。


「ん、、、、、、、これは、、、、、、、、っ!!」

「どうだ、これが天才シェフのアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノだ!」


ごくんと喉を鳴らし、葉月がフォークを置く。

そして満を持して、


「これは、、、、、、微妙です!!!!!!!!!!!!」

「だっせぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


紫雨音が鬼の首を取ったように騒ぎだした。


「いや、ダサすぎでしょ!休みの日に?わざわざ連れ出して?休日の人の部屋で?手料理ふるまって?微妙って?休日に?だっせーーーーーーーーー!」


紫雨音さん、キャラ変わってます。

俺の顔覗き込んで、唾吐きながら言わないで、怖い怖い。

それに休日って何回言うの?そんなに仕事大変なの?俺、心配。


「そんな訳ねぇ、この俺の料理が、、、、」


一口食べて、俺は真っ白になった。燃え尽きた。


「おれぁ、もうだめだぁ、死ぬしかないんだぁ、、、、、瑠花と廉太郎には謝ってくれ、葉月。無能の顧問でごめんと、、、、」

「あ、はい。それはそうしてください」

「冷たいっっ!」

「でも、待ってください!」


葉月はもう一口、二口と食べ進める。


「いいよぉ、無理して食べなくてもぉ、悲しくなるよぉ」

「静かにして、先生」

「、、、、、お、おう」

「真剣な葉月の表情に、その生徒の変化の時に、俺は押し黙るしかなかった。見守るのも、教師の仕事だ」

「え、なに?なんでモノローグみたいなこと言って、良い先生ぶってんの?失敗作作っただけなのに?」


と紫雨音。


「葉月が美味しいと感じるには、そもそも、足りない、、、、?」

「、、、、?」と、紫雨音が首を傾げて、

「具材は全部あると思うけど、、、」

「先生!お金!」

「ない」

「あーーー、葉月も一応あるけど、これ一応部活だしなぁ、、、なんか納得いかない感じもするなぁ、あ」

「ん?」

「先生の、えーーと、大人のお友達さん?お金かーして?あとで先生が返すから」

「なっ、、、、、、、!違うわよ!」


結局、葉月は紫雨音からお金を借りて出て行った。


「京香、どんな教育してんのよ」

「あんまりあいつを責めるな、金のない俺が悪い」

「あったりまえでしょ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る