第23話 いわしは小骨が多い②

「せーんせっ、どーーーん」

「うわぁつ!」


背中に柔らかな感触。この感触は、、、


「葉月だな」

「せいかーい、そしてえっちー」


そこにはたぬき顔の美人高校生がいた。


「なんだ、不満でも言いに来たか?」

「ちがいまーす、葉月も屋上で休憩でーす」


葉月がふと、物欲しそうに俺の口元を見る。


「なんだ?ちゅーしたいのか?」

「ちがいますー、それ美味しそうだなって」

「いるか?」


俺が差し出したのは、棒つきのキャンディだ。


「タバコの方が絵になりますよ」

「校内は禁煙だろうが、それに俺は吸わん」

「料理人だから、ですかぁ?」


沈黙だ。こういった質問には沈黙に限る。


「せめてどこがダメだったか教えて欲しいデス!」


夕陽の中、葉月の大きな瞳は思いの外真剣だった。


「ったく、しつこいな」

「しつこい女はお嫌いで?」

「いや、大人しい女よりは好きだな」

「でしょー?先生、Мっぽいもん」


心外だ。

広い空の下で開放的になったのか、俺の口は軽くなっていた。


「葉月はマイチューブで勉強したと言ったな」

「はい、そうです」

「それは正しい。今どき、プロ中のプロの仕事も簡単に見れるようになった」

「便利な時代です」

「そうだな、だから手順も知識も完璧。あと足りないのは?」

「うーーーーーーーん、分かりません。手順も知識も完璧なら同じものが作れるのでは?あ、、、、、技術?」

「まぁ、それはあるな。知っていてもできないことはある。ニンニクのカットの仕方と、加熱時間は相互に関連している。動画で見た通りに切ったつもりかもしれんが、微妙に厚さとかが違ったりな。それは無視できない差だが、それほど問題じゃない。練習すればいい話だ」


葉月はキャンディを口の中で弄びながら、


「ふぁかりまふぇん、こうしゃんです」

「お前真面目なのか不真面目なのか分からん奴だな」

「先生が飴くれたんじゃないですかぁ」


にこっと笑う葉月は、さすがに学科のアイドルなだけあって、惹かれるものがあった。一時、彼女がイタリア料理研究会に入るということで、何人かの男子が勇気を持って見学しに来ただけはある。

まぁ、俺にあしらわれた訳であるが。


「要するに、差を知らないんだよ。差を」

「差って?」

「葉月は少女漫画好きか?」

「んーーー、意外に思われるかもしれませんが、葉月、こんなふわふわ系女子してますけど、頭の中は結構きっちりなんですよー、だから好きになったらすぐ突撃しちゃうので、あまり共感できないんですよねぇ」


自分で自分のことふわふわ系とか言いやがった。まぁ間違ってないが。


「俺の友人でそれはそれは少女漫画が好きなやつがいて、借りて結構読んだんだが、あれはすごいぞ」

「えー、でもテンプレ多くないですかぁ?」

「そこだよ、葉月。全部テンプレ。少女漫画の1話でやらなければいけないことは多い。ヒロインはかわいいのか、かわいくないのか、かわいいのを隠しているのか、男はイケメンかどうか、そしてそれを読者に知らせるために、周囲の反応を描く。2人は出会い、すれ違い、再度距離を縮める。それから友人たちの出演。9割はそんなお決まりのルールでがんじがらめだ」

「おおおお、先生が珍しく熱い」

「だが、それでも売れるおもしろい作品と、そうじゃない作品がある」

「それは、、、そうですね」

「料理もそう。自由じゃない。ペペロンチーノだって、やることは決まっている。だからこそ、旨いのと不味いのの、差を知らなくちゃいけない。そこからオリジナリティと創作が始まるんだよ」


葉月は両の手を合わせて、ぱちぱちと拍手する。


「料理人だ、料理人がここにいるぞー!」

「おい、馬鹿にしてるだろ」

「そんなことないですよー、ただ、それでいくと先生。悪いのは先生になりますがよろしくて?」

「なんでだよ」

「その差を教えて、打ちのめすのが先生ではなくて?」

「あ、、、、、、、、、」

「?」

「ほら、サッカー部の顧問とか、プロじゃないじゃん?でも教えてるじゃん?」

「でも指導のプロなのでは?」


そりゃそうだ。

そのための顧問だ。


「あの、、、、、美味しいパスタ屋に連れて行くので勘弁してくれない?葉月様」


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土曜である。

仙台駅のステンドグラス前は、待ち合わせの人でごったがえしていた。


「先生、電車がたぬき轢いて遅れました~~~!」


俺の服の袖をちょんちょんしてくるのは葉月だ。


「おう、田舎あるあるをありがとう」

「で、先生はなにやってるんですか?」


俺はエナジードリンクを片手に、完璧スタイルの美人と向かい合っていた。


「本当に先生?お医者さん?」

「そうだってさっきから言ってんじゃん、だからさ、バイト終わったらご飯行こうよ」


俺はその女のタイトなミニスカートから出る脚を舐めるように見る。

なんでエナジードリンク配ってるやつってこんなスタイルいいの?関連性どこにあるん?


「ナンパですか、先生、これはナンパですか?うら若き女子高生とこれからデートだってのに、ナンパですか先生?」

「女子高生なんてちんちくりん、全然ご褒美じゃねぇもん」

「アノ、この人学校の先生です。しかもただの部活の顧問です。ほぼ無職です」

「てめぇ、葉月、こら!」

「ほら行きますよー、先生っ!」


珍しく葉月がお怒りである。

葉月は少しばかり人より肉がついてるのを気にしているらしく、服装はゆったりな感じの水色のワンピースだった。それに白いカーディガンを羽織っている。足元も綺麗めのパンプスだ。


「お前ん家も金持ち?その恰好なら靴はごつめのスニーカーとかでも似合うんじゃない?」

「いえ、ただ単に戦略でーす」

「戦略?」

「ほら、パーカーとかスニーカーだと幼くなるじゃないですか。先生、大人が女子高生と歩くって、意外に難しいんですよ」

「ほう、確かにな」

「いくら先生が23だからって、さすがに、です」

「おい、人をおじさん扱いしたなてめぇ」

「おじさんでーす」


葉月はくるりと回って、また快活に笑って見せた。


「で、どこに行くんですか?」

「俺ん家」

「え、、、、、、、、、、?」

「俺ん家」

「もう一回、、、」

「俺ん家」


あのいつも余裕たっぷりな葉月が愕然としている。


「いやいやいやいやいやいやいや、廉太郎くんじゃないけど、先生病院行きます?」

「だってぇ、金ないんだもん、、、、」

「大人から金ないって、こんなに聞きたくない言葉ランキング上位なんですね、、、」

「おい、蔑むな、崇め奉れよ」

「家は無理です。葉月、今日下着の上と下、違うの付けてきちゃいました」

「おい、俺を勝手に犯罪者にするな。そしてちなみにだが、俺はその方が生活感が出て興奮するタイプだ」

「まごうことなき、真正の犯罪者じゃないですかぁーー」

「困ったな」

「それはこっちのセリフですぅうううう」








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