第1章 ノートルダム・ド・パリ
第22話 いわしは小骨が多い①
「先生、先生ってば、起きてください!」
「ダメだこいつ、人生終わってる」
うららかな春の日差しも徐々に傾いている。
東北はまだ桜の咲く時期でなない。
場所によっては、まだ少し雪の残るころ。
「俺、夢を見てたみたいだ。なんかやたら登場人物が多くて、最終的に高校の調理科の、部活の顧問になるっていう、くそみたいな夢だ」
目をつぶったまま、回想する。
ほんとにクソな夢だった。
どこからだったけ?
そうだ、『落ちこぼれ料理人の俺が不良女子校生をうんちゃらかんちゃら』っていう駄作の小説を読みながら、カポを待ってた時だ。
「夢じゃないっすよ」
「ほら、部活始まりますよ、先生っ!」
え、まじ?
目を開けると、そこは中学校とかの調理教室とは違う、もっと本格的な設備の整った場所だった。
大型のオーブンに、ペンギンマークの製氷機、見渡す限り鈍色の世界。
「あれ、まじのまじ?」
「まじのまじです、大まじです。大丈夫ですか?保健室いきます?」
「こいつがいくのは保健室などではない。精神科だ。もしくはハローワークだ」
だんだんと意識がはっきりしていく。
そうだ。
「
「はい!そーです。思い出しましたね、せんせっ」
「
「ああ」
「廉太郎はあれな、先生に人生終わってるとか言った罪で、俺の肩揉め」
そう、ここは
長い、すこし茶色めの髪をウェーブにした、ゆるふわ系が葉月。
眼鏡をかけた、短髪で理知的なのが廉太郎。
どちらも新設の学科のため1年だが、部長と副部長だ。
「先生、今日はぺぺチの日です、ペペチ」
「あれ、部員って2人だっけ?」
「まだ寝ぼけてるんですか?瑠花氏がクラスの用事で遅れてます」
そう水口瑠花。
あのクリスマスで出会った少女もこの学園に入学した。
なんの因果だろうか。
できるならば関わり合いたくなかったが。
「葉月、ペペチの正式名称は?」
「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノです」
「ぞれぞれの意味は?廉太郎」
「アーリオがにんにく、オーリオがオイル、ペペロンチーノが唐辛子だ」
律儀に俺の肩を揉んでる廉太郎が答えた。
「そうだ、実にシンプルだ。ゆえに教えることなどない、以上」
「先生ぃ、また放置プレイですかー!」
「もう諦めよう、諦めて理事長に言いに行こう、こいつがどこで野垂れ死んでも知らん。どこの誰かも知らないし」
そう。
他の調理科の部活、フランス料理研究会、日本食研究会、スペイン料理研究会はいずれも有名なシェフがオンラインなり、直接なり顧問をしている。
結果、定員40人の調理科のうち、ここイタリア料理研究会は部員3名という弱小部だ。ちなみに次点で少ないのはスペイン料理研究会の8人。フランスが17名、日本が12名。これはあれだな、イタリア料理が悪い。きっとそうだ。
「おっそくなったぁーーーーーーーーー!」
そこで入ってきたのが、もう制服を散々に着崩した水口瑠花だった。
「ルカルカ、おっそいよぉ」
「へへへ、クラスの仕事終わった後、先輩に呼び出されちゃった。舐めた服装しやがってって」
「大丈夫だった?」
「ぜーんぜん、問題なし!わたし無駄にタッパあるからさぁ、ちょっとすごめば余裕よ」
「るるるるるるるるるるるる瑠花氏、今日もお綺麗うるわしゅう、、、」
「え、廉太郎くん、何語?それ?うるわしゅーー」
「~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
仲睦まじいことで何よりだ。
「今日はペペチだよね、そして今日も先生は窓際社員?」
「そうなのよぉ、やる気だせばすごい子なんじゃないかって葉月は思うんだけど」
「それになんで廉太郎くんは先生の肩揉んでるの?」
「ここここここ、これはことの成り行きで、ふんっ!!」
「痛えええええええええええええええ!」
廉太郎が恥ずかしさのあまり、俺の肩を粉砕しにかかっていた。
「てか先生さぁ、その髪切りなよ、前みたいな坊主の方がまだましだわ」
瑠花が俺のまわりを鼻を摘まみながらぐるっと一周する。
「そういえばお二人は知り合いなんでしたっけ?」
「ちょっとねー、てか、前は浮浪者一歩手前って感じだったけど、今は浮浪者オブ浮浪者だね」
「刈りましょう」と廉太郎。
「そうだね、そういえばわたしが入学したとき、髪染め直さないと刈るぞって言ってきた進路指導の先生がバリカン持ってた気がする」
瑠花はインナーカラーのピンク髪の1房をくるくると指に巻き付ける。
「体罰反対!職員会議で言ってやる!」と俺。
「先生、顧問なだけで職員会議出れないんじゃ」と葉月。
「葉月、正論ばっか言うやつは料理うまくならないぞ、発想が貧困だ」
「なるほど、善処します!」
「善処しなくていい、馬鹿のアドバイスほどこの世に無益なものはない」
「あー、廉太郎くんがまた馬鹿って言いました、罰として俺の分のペペチも作りなさい」
そんなこんなで、部活が始まった。
俺は窓際社員をキメるだけだが。
「葉月、最初から火強いと、ニンニク焦げるよ」
「廉太郎くん、今日の唐辛子、ちょっと辛いかも」
「パスタ上げるの、早めにね」
ほぅ、さすがカポのところでバイトしてるだけあって、瑠花が優秀だ。
こいつ、思いのほか真面目に働いてるんだよな。
「できました、、、!」
「できたぞ、2人分」
「わたしもできたー!」
ものの15分程度である。
「さすがに食べるぐらいはやってくれるでしょ?」
と瑠花。
しかたない、決して安くない顧問料をいただいているのだから、少しは仕事をしよう。
俺は1口ずつ食べる。
「葉月、ダメ」
「えーーーーーーーん」
「廉太郎、ダメダメ」
「は?」
「瑠花、ダメダメダメ」
「なんかわたしダメ多いんだけどっ!」
俺は廉太郎が作った1皿分のパスタを全部食って
「お前ら才能なしっ、さっさと普通科に行きやがれ」
それだけ言い残して、俺は部室を後にした。
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「ちょっと何あれ、あいつ」
わたしは憤慨していた。
マウさんに教わった通りに作ったのに、それをダメダメダメなんて。
「葉月もショックですぅ、マイチューブで勉強して、家でも作ってきたのに」
「あいつ、いつもダメしか言わないな、本当に味分かってるのか?」
皆、意気消沈といった感じだ。
部活を決める際、各顧問から話があった。その際、
「俺は、やる気ありませーん、来てもめちゃくちゃ厳しくするので、来ないでくださーい、無難にフランス料理とか日本料理学んだ方が潰しききまーす」
とか言われたにも関わらず残った精鋭3人だ。
それにも関わらず、特に廉太郎は、
「本当に転部しようかな」
と、近頃は本気で言っている。
「廉太郎君、もう少し頑張ろうよ、あの人、料理は確かに上手だからさ」
「、、、、、、瑠花氏が言うなら、もう少し、、、頑張ってみます」
「葉月は、、、」
と彼女の方を見ると、
「葉月、先生のとこに行ってきまーす!!」
と、言い残して駆け出して行った。
「葉月はマイペースだなぁ、よし、廉太郎くん、次はちょっとアレンジしてみよう」
「そうですね」
「アンチョビとか、キャベツとか入れてみようよ」
なんとも先が思いやられる。
そもそも私、面倒見いい方じゃないんだけどなぁ。
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