第20話 閑話(グラニテ)③

「おっべんと、おっべんと、うっれしいなぁ」


私、天下の国家公務員様、紫雨音。

お弁当を作っています。

ただし料理は苦手です。


地元の進学校を卒業後、地元の国立有名大学法学部に進み、そこから国家公務員試験を受けて、晴れて農水省の職員となったのです。

料理する暇などまったくありませんでした。


「仕方ないんだから、これは仕方なくやっているんだから」


26にもなって、ツンデレヒロインみたいなことを言っていることには自覚的です。自覚的だからと言って直せるわけではないのです。

無自覚ツンデレよりはましと思うことにしています。


京香とは、家が近所で、両親の仲が良く、幼馴染といったところです。

私が彼を好きになったのは、いや、これはまだ寝かせておきましょう。

私には余裕がありますから。

私は知っています。

私は大の少女漫画ファンですが、往々にして、最初に登場したキャラがヒロインなのです。彼の人生に最初に登場したのは私です。私がヒロインなのだから、結末はお察しです。え、後からヒロインが出てくるパターンもあるって?幼馴染は転校生に勝てない?

そんなのクソくらえです。


誰に話かけてるかって?

もちろん自分です。

この年になって異性へのアプローチにお弁当つくるなんて恥ずかしいことを成し遂げるには、自分でモノローグでも語らないとやってられません。精神衛生上。


冷凍食品ばかりだとあれなので、一応卵焼きだけは作ります。

甘いのとしょっぱいのどっちが好きか分からないから、どっちも入れます。


最後に付け合わせのブロッコリーを湯がいて入れます。


仙台に戻ってきたのが4月、週に1回はお弁当を作るようになって、もう何か月でしょうか。季節は夏になりました。

お弁当箱には、一応保冷剤を入れます。


彼の家は、おんぼろアパートです。

ちょうど県庁の近くにあるので、出勤がてらドアノブにかけます。

弁当箱は使い捨てのプラスチックを使うことがミソです。

これで返却の手間をかけずに済みます。


一応生きているか確認しなければいけないので、台所と思しきところの窓を少しだけ開けます。

彼はいつも、ここの鍵をかけないのです。


ワンルームですから、奥まで見通せます。


「へー、カスミちゃんは、看護学生なんだぁ」

「そうなんですよぉ♡だから、お金なくてぇ、こうしてチャットで稼いでるんです」

「そうなんだぁ、じゃぁ、プレゼントしちゃう」

「やったぁ♡ありがとう♡じゃぁ、今日はどうする?一緒にする?それとも見たい?」

「えー、じゃぁ今日はおもちゃ使ってもらおうかなぁ」


あー、世の中はクソです。

残業ばっかりの仕事の中、こうして朝早く起きて作ったというのに。

彼は別のモノを起こしていました。


「私の方が、絶対胸おっきいのに、、、」


私はムカついたので、玄関のドアを蹴ってやりました。


「いったぁあああああああああああああああああ!!」


「な、なに!?なんかすごい音聞こえたけど、大丈夫?」

「あ、、、、うん、大丈夫大丈夫、続けよ。もう我慢できない」

「ほんとえっちなんだから♡」


我慢できないのはこっちだ。


「はぁ、私なにやってんだろ」


ため息をついて、私はとぼとぼ出勤します。

その次の日でした。

彼の妹の最愛ちゃんからメッセージが来ました。


「お兄ちゃん、腹痛、瀕死」


罰が当たったのだと思うことにしました。


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