第15話 ブロッコリーは腐りやすい④
皆が絶句する中、話すべきなのはもちろん紫雨音だった。
「エミール・
その鷹揚な感のする名前に、1つの場面がフラッシュバックする。
『京香がやってることはさぁ、99%を100%にするようなことだろう?』
『再現可能性が限りなく高くなった伝統料理の完成度を上げるより、創作料理で新たな料理の次元を開く方がよっぽど重要な使命と思わないかい?』
『もっと肩の力を抜きなよ、兄貴』
いつも俺の肩に手をおいて話すあいつ。
「でも、エミールがなんで?」
「お兄ちゃんに会いたいなら会いたいって言えばよかったのに」
と
その意見は真っ当である。こんなストーカー紛いのことをせずとも。
ただ、
「正攻法で来ても、俺は会わなかっただろうな。それをやつは知っている」
そうだ。
俺は過去の友人とは、紫雨音は別にしても、会う気がない。
居場所も誰にも言っていない。
最愛が紫雨音の方をちらちらと見ながら話を続ける。
おそらく紫雨音は答えをもっているが、まだ口を割る気がないのを確認してのことだろう。
「お兄ちゃんが仙台にいることは知ってたの?」
「多分、地元に戻ったって推測だろう」
「じゃぁ私は?なんで私に会えたの?」
「おそらくだが、昔地元番組で特集されたことがあって、近所の八百屋とか魚屋の食材で料理したことがある。それに妹がいることは言っていた。その2つを繋ぎ合わせて、聞きまわったんだろう」
「なっるほどねぇ、それで私を使って仙台にいることを確定させたと」
最愛はエミールと話した内容を要約した。
最初に会ったのは11月末。
ストーキングはそこから始まったらしい。
・あなたの兄の友人であること。
・あの件以来心配していること。
・仙台に戻ってきていて、静かに暮らしているなら安心したとのこと。
・自分とは会いたくないだろうから、あなたに確認に来たのだ、と。
が、結局は最愛をつけて歩いたり、紫雨音を使ったというわけだ。
でも待て、
「いや、やっぱり意味が分からない。直接最愛に居場所を聞こうが、こうしてGPSで居場所を割り出そうが、俺は会わないんだ。だったら最初から最愛に聞けばいい話だ。最愛だって、住所を聞かれれば、俺に確認するなりなんなりするだろう」
会う気はないと言いつつ、影で居場所を割り出す。
そして、おそらく紫雨音はその手紙を俺に渡しにきた。
そうして俺はGPSに気づく。
意味が分からない。
なんだ?フランスのジョークか?
俺の頭が混乱し始めたとき、紫雨音が大きなため息をついた。
「ごめん、私、こんなやり方は嫌だったから、、、。でも、そうね、そもそもこの手紙を持ってこなければよかった話だよね、、、まさかGPSなんて入ってるなんて」
「1人で納得しているところ悪いが、話してくれないか?」
紫雨音は、力なく頷いた。
「ちょっと仕事の関係で、エミール・白鷺とは5月ごろ知り合ったの。仕事をしていくうちに、彼が京香の知り合いだって知って、私も幼馴染だってことを伝えた」
仕事?料理人と公務員が?
「それで、クリスマスの後ぐらいに彼から連絡があって、手紙を渡された。この手紙を渡せば、あの人は必ずまた料理をするって。私は、別に、無理やり京香を料理の世界に連れ戻す気はないって伝えたんだけど、捨てることもできなくて、、、」
紫雨音はぐっと握って皺のついた、開封済みの手紙を俺に渡してくる。
中身は、写真1枚とメモ紙1枚。
「これは、、、、、、、」
写真には、カポとクリスマスに会った瑠花という少女が手を繋いで歩いている姿が、おそらく隠し撮りと思われる角度で写っていた。
夜の国分町である。
それに、写真を裏返すとフランス語で何か書かれていた。
俺はスマホのアプリを使って翻訳した。
『お駄賃はきちんと渡すよ』
『わたし何もしてないのにいいんですか?』
『約束だからね』
『パパ、優しい!!』
______音声データは僕が持っているよ、兄貴。
「相変わらず気持ちわりぃことしてんな、あいつら」
そうか。
分かった。
エミール・白鷺。あいつは昔の戦友なり友人に会いに来たわけではない。
脅しているのだ。
メモ紙には住所が書かれている。
俺は、「何この子、ゲロかわぁ、可愛すぎない???」と写真を見て呑気に言っている妹に水を向ける。
「なぁ、我が妹よ」
「何?ねぇおにーちゃん、この子知り合い?ねぇ知り合い?紹介して!!!」
「この時期って、高校の推薦とか決まってたりする?」
「????するけど????私立とか、秋には決まってる子も多いよ」
「なーるほどねぇ、風呂入ってくるわ」
俺は写真を封筒に戻して立ち上がる。
「ねぇお兄ちゃん、ちなみに聞くけど、お風呂いつぶり?」
「3日は経ってねぇな」
「汚なっ!!!」
「ガス代もったいねぇからな。紫雨音、お前も一緒に行くぞ」
「お風呂にっ、、、!?待って!!!確認させて!!」
いったい何を確認するつもりなのか。
俺はメモ紙の住所を示す。
「ちげぇよ、ここにだよ」
俺は少しだけ元気が出たらしい紫雨音の肩を叩く。
「、、、、、ごめんね、京香」
「いいよ。だが1つアドバイスしてやろう。お前が俺と付き合いたいなら、まずは自分の気持ちを素直に言うことだな。わがままな女の方がモテるぞ」
「なななんあなななんあなななっ!!」
紫雨音が声にならない声を上げつつ、膝の上の木村をぎゅっと掴む。
「きゃーーーーーーん!!」
と木村が鳴いて、部屋の中をぐるぐると走り始めた。
何かが、確かに回り始めたのだ。
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