第14話 ブロッコリーは腐りやすい③

「会いたいなぁ、会いたい、ずーっと会いたかったんだよぉ」


私は料理雑誌のある1ページから目が離せなかった。


『あたかもケアマネジメントのような料理』

『インテークから始まり、アセスメント、プランの作成、そして再計画と進む様は、まさに料理のフルコースと同列である』

『来店2回必須という横柄なルールは、しかし、合理的なシェフの戦略である』

『ツーゴールドの評価を与える。最年少?興味がないね、味に年齢などない』


世界最高の味覚保有者である、バーゲル・バゲットの評価。

イタリア時代の栄光。

坊主頭で、緊張からかいびつな笑顔の、最愛の人。


「会いたい、会いたい、会いたい、会いたい」


私はこの衝動をなんとか処理しないといけない。

そう思って、ルーズリーフに彼の名前を書き連ねる。


何時間そうしていただろう、ようやく手首に痛みが奔ったとき、ふと起こった感情。


「あーーー、許せないです。なんで私より先に彼の料理を食べたんでしょう」


この世は不合理だ。

こんなに思っているのに、彼の料理を日本で先に食べたのは妹。

彼の愛のこもった料理を、彼の愛を受け取ったのは妹。


「でも、こんな耐えられないほどの我慢も、きっと出会ったときのスパイスですもんね」


私は自分を納得させる。


「梨花、ディナーに行くぞ」


部屋の扉がノックされ、父が呼ぶ。

大晦日。さぞ美味しい料理を食べさせてくれるのだろう。

でも、今は味なんてするだろうか。

お腹いっぱいな感じがする。いや、これは違う。心がいっぱいなのだ。


おめかしして、出かける準備をする。

その時、一本の電話が入った。


「なに?」

「見つかったーよ、梨花ちゃんのフィアンセ」

「そうですか」

「驚かないの?」

「見つかって貰わなきゃ困りますもの」

「ふーん、そっか。かわいいねぇ、梨花ちゃんは」

「なんですか?気持ち悪いんですが」

「だってぇー、気づいてない?」

「何がですか?」

「笑い声、すごいよ」


へへ、へへへ、へへ、へへへ、ふふふふ、へへへへへへへ。


誰の笑い声だろう。

まるで地面に落とした炭酸ジュースのキャップを少しづづ開けているような、空気を多く含んだ笑い声。


「笑ってなんて、へへ、んふっ、へへ、ないですよ、ふふっ」

「それと、それ以上握ったら多分スマホ壊れるか、ケガするねぇ」


ああ、もうこんな男の声なんて聞いていたくない。

ただ彼の料理だけが、今はこの五感が欲しているものだ。


「メールで、へへ、あとは教えてください」

「Entendu、姫」


通話が終わる。


「なんでしょう、このワンピースじゃない方がいい気がしてきました」


梨花がクローゼットから改めて出してきたのは、ボルドーワインのような真っ赤なワンピースだった。





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