第12話 ブロッコリーは腐りやすい①

結局、クリスマスにカポが拾ってきたのは、ニラだったのか水仙だったのか。

いや。

あれは間違いなく水仙だ。

ぜったい毒あり。

姉の方が優秀らしいから、きっとそっちがニラなのだろう。

でもまぁ、毒も使いようによっちゃ薬となる。

あの日をもって、少しだけ料理に対する未練は減ったような気がするから。


そんな馬鹿げたことを考えるのも、今日が大晦日だからだ。

世の中全体に、生ぬるい空気感が漂っている。


俺は400円台で買った白ワインをちびちび飲みながら、ぱっとしないテレビのお笑い番組を見ていた。

家賃4万の安アパート。

相棒はマルチーズの「木村」のみ。


「おい、キムラ。ヘソ天で寝てばかりいないで、俺のためにつまみを作ってくれよ」


ピンクのお腹をだらしなく天井に向けて、脚を痙攣させてやがる。

いいご身分だ。

こいつにとっては毎日が大晦日だ。


「でもいいんでちゅよー、寝るのがお仕事でちゅもんねー」


俺はそのお腹にかぶりついてじゃれつく。

木村は嫌そうに、


「ふーーーん」


と、鼻息を荒くした。


その時、玄関の方からガサッとビニール袋が落ちる音がした。


「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが、ついに食うに困って木村を食べ始めたーーーーー!!!!!」


フライトキャップを頭に被り、ごてごてのピンクのコートを着た少女が玄関先で叫ぶ。

そう、我が妹様がそこにいた。


ふぉい、ふぁいむむふぁらせよおい、チャイムならせよ


俺は犬吸いをやめずに忠告する。


「なんて言ってるかわからねーよ!とりあえず木村からは・な・れ・ろっ!」

「おい、俺と木村の愛の巣だぞ、少しは配慮して入れよ」

「木村は男でしょうが!いや別に男でもいいんだけど、犬でしょうが!」

「おい妹よ、性欲の多様性を舐めるなよ」

「舐めてんのはお前だろうが!それも犬の乳首を!」


あぶない。確かに木村の乳首を1つ1つ丁寧に吸っていたようだ。

愛って怖い。


「それで、何の用だ妹よ」


我が妹。

高良最愛たからもあは、ビニール袋をテーブルにがっと置いて、こたつに入る。


「なんの用って、仙台戻ってきてるんだから家に顔だしなよ」

「えーーーー」

「えーーーーじゃない、まったく」

「そうだ!お前高校受験じゃん?風邪とかうつしたらまずいじゃん?」

「そうだ!じゃねぇよ。今思いついちゃってるじゃねぇか」


「あのーーーー」


二人でミカンを剥きつつ、そんな他愛ない会話をする。


最愛はいたって普通の女子中学生だ。

恰好は少しフェミニンだが、それでも普通だと思えるのは、こないだ会った瑠花とかいう少女のせいだろう。

そのまますくすくと育ちたまえ。


「お兄ちゃん、あれでしょ。店なくなったこととか、借金のこととかで顔出しづらいんだろうけど、そんなん誰も気にしてないから」


ほら、ちゃんと優しい、できた妹だ。


「まぁ、借金のことは俺もまったく気にしてないがな」

「それは気にしろよ!働けよ!くそニート」

「働いてるよ」

「なにで」

「出前御殿」

「デリバリーじゃねぇか!何空き時間で小遣い稼ぎしようとしてるの!?全ての時間を用いて収入のために労働しろよ」


「____ねぇってば」


手厳しい。

たが正論だ。


「中卒・資格なしにどうしろと?」

「開きなおんじゃねぇ!人材不足の日本を舐めるなよ!」

「でもほら、俺って奥ゆかしいじゃん?俺よりもこの仕事に適任の人がいるんじゃないかって思ったら給料貰うの申し訳なくて」

「給料もらってから言えよ!それにお兄ちゃんができる最底辺の仕事なんか、誰がやってもどんぐりの背比べだよ!」

「おい、職業差別はよくないぞ、妹よ。すべての仕事は尊いのだ。尊すぎて、求人誌も直視できない。俺にできるのは、朝早く起き、通勤するサラリーマンを眺め、税金を納めてくれてありがとうと感謝の2礼2拍手1礼をすることだけだ」

「このげぼはげくそニートが!」


「無視しないでってばっ!!!!!」


こたつのテーブルに両の手がばんっと振り下ろされる。


紫雨音しうね、うるさい」

「しうねぇ、今は兄妹の話をしてるの」

「ねぇ、なんで?京香はまだいいにしても、私を連れてきた最愛ちゃんはおかしくない?」


タイトスーツに細身の体を包んだ女性が立ち尽くしている。

可愛そうなので、木村をけしかけよう。


「よし、木村いいぞ。やれ」


木村は基本吠えないため、現在はステルス行動で紫雨音の足元に近づいていた。

みなは信じないかもしれないが、木村は美人が好きなのだ。

美人と、口の臭い老人が大好物だ。

誰彼構わず、顔を舐めに行く。


「ひゃーーーーー!!、くすぐったい、やめて、怖い怖い怖い怖い、よだれぇ!!」

「マルチーズは怖くないだろう、小型犬だ」

「ねぇ、かわいいよねぇ」

「私言語が通じないものは嫌いなのよ!」

「おい、木村を馬鹿にするなよ、犬は200語くらいなら認識できるらしいぞ、ほら、待てだ木村」

「ぜんぜん通じてないじゃないのよ!!!!」


紫雨子は床を這いつくばって逃げているが、犬の機敏性には適わない。


「ちなみに木村は今朝、大好きな近所の田中さん(89歳)とディープキスをしてきたばかりだ」

「ねぇ、今いらないその情報!なんで言ったの!?」


紫雨音は涙ながらにキレたらしい。


「私は天下の国家公務員様よ!!!ひれ伏しなさい!!!」


辛うじて立ち上がり、ようやく出した言葉がそれだった。


「やだねぇ、こんなこというやつに税金払いたくない。やっぱ労働は悪だわ」

「しうねぇ、それはないわ、これじゃモテないのも頷ける」


兄妹からの評価に、紫雨音がおいおい泣き始めた。


「ひどいよぉ、2人とも、私年上なのにぃ、、、せっかく来てあげたのにぃ、、」




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「で、なんでこいつがいるんだ?」


紫雨音はなぜか俺の膝に頭を乗せて、いわゆる膝枕をしてまだ泣いていた。


「しくしく、、、ひどい、、、こんな仕打ち、、、、」


しくしくって、良い大人がなんて泣き方だ。


「なんかアパートの近くでずっとうろうろしてて、面白いから泳がせてたんだけど、だんだんウザくなってきて連れてきた」

「うわーーーーーーーーーーーーーーーーん、うざいってうざいっていったぁ!」

「再現してあげようか?」


我が妹がやおら立ち上がって、くねくねしながら、


『大丈夫よ、ダイジョブ。見てこの格好。ルルタンのブーツに、仕立てたばかりのオーダースーツとバーベリ―のコート。カバンだってボーナスつぎ込んで新調したんだから』


「と、新品のヴィドンの鞄をばんばん叩いておりました。典型的なブランド物つけてればおしゃれだと思っている勘違い女です。休日にスーツの時点でおかしいのに気づいていません」


『あいつが落ち込んでるから来てあげただけよ。私もこっちに赴任したから、たまには?たまーには?遊んであげてもいいわよって言いに行くだけなんだから』


「ちなみに彼女は気づいていませんが、スカートにトイレットペーパーが挟まって尻尾みたいになっていました」

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!」


うん。分かってた。うつ伏せで俺の膝に顔を押し付けているから、丸見えである。

紫雨子は鬼の速さでそれを回収し、丸めて投げた。

当然、木村がボールだと思っておいかけ、また紫雨子のところに持ってくる。

その繰り返しである。楽しそう。

紫雨子の顔がより深く俺の太ももに沈んでいった。

そうだよね、恥ずかしくてもう顔上げられないよね。


「で、結局帰ろうとしてたから連れきたとさ、おしまい。はい、ぱちぱちー」


最愛が拍手を求めてきたので、とりあえずぱちぱちすると、太ももを強く噛まれた。












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