第11話 閑話(グラニテ)②
久々に妹と話した日のことです。
ランニング中に考えていたことは、別に妹のことではなかったのです。
「オールユーニディズラブ、オールユーニディズラブ」
義母の好きな歌でした。
愛さえあればいい、愛さえあれば。
走っていると、生活の中で溜まっていく思考の塵が、どんどんまとまって大きくなっていきます。そして吐き出されていく、それが好きなのです。
愛こそが全て、それは真実だと思います。
なぜなら、生まれたとき、私たちは無力です。
母に愛がなければ、そこで人生は終わってしまいます。
だから、私が今、何かを考え、何かができるのも、すべてはその最初の愛の上に成り立っているのです。
ゆえに、愛こそが全てなのです。
でも、私は愛なんて1つもいらないのです。
人から愛情の籠った言葉を投げかけられると、臭くて、臭くって、たまらなく吐き気がするのです。
酷い子どもでしょう?
だから瑠花ちゃんのことはだーいすきでした。私のことを愛してないし、自由をくれるから。私の頭の中に居座らないから。
でも今朝の瑠花ちゃんは、ちょっと臭かったなぁ。
あの、愛特有の、脂っこい、豚バラを炒めた後のような匂い。
ただでさえ、馬鹿なお父さんとお義母さんのせいで家の中はギトギトの反吐がでるような空間なのに、瑠花ちゃんまでそうなったらたまらないです。
みーんな馬鹿だから分からないのは仕方ないです。
愛って、暴力と一緒なんだって。
人間がこの世で最初に受ける暴力は、私、名前を付けられることだと思うの。
その暴力でつけた名前を呼んで、愛してるって呟くの。
子どもが血まみれになってるのにも気づかずに。
子どもも子どもで、その血が温かいから誤学習しちゃうんです。
愛って素晴らしいって。
あーあ、いやいや。
こんなことを考えちゃうのも、愛のせいです。
___でも、あの人だけは違った。
___あの日以来、一日も心を離れなかったあの人だけは。
『キミはどう食べたい?せっかくのディナーだ、好きなように食べよう』
『ね、いいでしょう、お父さん、お母さん、美味しいの作りますから』
、、、、少しづつ、いろんなものを食べたいです。
私は両親に怯えながらそう言ったのだ。
あれは初めてのわがままだったかもしれない。
子どもなりの直観で、その料理人に託してみたいと思ったのだ。
『あー、なるほど、お兄ちゃん分かったよ』
分かった?
何を?
大人が分かったって言うときは、だいたい分かっていない時だ。
また殴られると思った。
理解した、という大人の勝手な愛の言葉で。
だけど、やっぱりその人は違った。
小さいお皿がいくつも私の前に並んだ。
全部一口ずつ、一気に運ばれてきたのだ。
『好きなものを、好きな順番で、好きなだけ食べな。どう食べてもきっとおいしいから』
その若い坊主頭のシェフは言った。
でも、、、、
『何?味の薄いものから食べなきゃとか思ってる?馬鹿いっちゃいけない。イタリア料理は、家庭料理が基本なんだ。いちいち家で食べるのにそんなこと考えないだろう?』
馬鹿って言われました。
でも、なんて気持ちのいい言葉でしょう。
私の前に並べられた皿の数々は、自由のきらめきで溢れていました。
愛の匂い。
それは料理の中だけに込められていて、私には向けられていなかった。
愛の暴力を受けたのは食材たち。
私には、向けられていない。
それを食べるも食べないも、私の自由。
『美味しいって感じる幸せは、その人だけのものだよ。誰にも邪魔されない、自分だけの幸福だ』
それ以来、両親に連れられて食べる食事だけは、誰にも侵されない、私だけの聖域となった。
常につきまってくる両親とともにいても、その時間、その感覚だけは自由。
「会いたいです、、、」
会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、、、、、会いたい。
もう一度、馬鹿っていって欲しい。
東京でお店を開いたことも知っていた。
そして、そのお店が不祥事ですぐになくなってしまったことも。
今はどこにいるのだろう。
会いたい、、、、。
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ランニングを終えて家に帰ると、リビングがしっちゃかめっちゃかになっていました。
どうやら、瑠花さんが朝ごはんを作ったらしいのです。
コンビニで買った食パンと卵が、あちこちに散らばっていました。
義母に聞くと、
『家を汚すな』
と父が言い、
一口食べた母が、
『美味しいけど、後片付けまで出来るともっといいわね』
と言ったらしいのです。
そしたら瑠花さんがキレたとのこと。
瑠花さんはもう家にいませんでした。
これでまた元の瑠花さんに戻ればいいなぁと私は思いました。
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