第10話 閑話(グラニテ)①

水口瑠花みずぐちるかは、珍しくリビングにいた。

早朝。

朝陽は嫌いだ。

何もかもを受け止めて、幸せを振りまいているような太陽の父性なり、母性なりが気に食わない。


だけど、12月26日。

何かが変わった訳ではない。

人間はそう簡単に変わらないが、なんとなくあの子と話してみたいと思ったのだ。


「あれ、瑠花さん。おはようございます。珍しいですね」


同い年の姉。

水口梨花みずぐちりか

タイトなスポーツウェアを着て、洗面所から現れたその姿は、まさに朝陽の下でこそ美しかった。

少し毛先に癖のあるわたしとは違う、濡れ羽色のまっすぐな長髪が、彼女の落ち着いた理性を象徴するように重力に従っていた。


「たまにはね、起きてみたよ」

「そうですか。昨日は遅かったみたいですが、、、」


彼女はいつも敬語で話す。それはわたしに話すときだけではなく、誰に対しても。


「ちょっとね、デートだよデート」

「そうのなのですか。羨ましいです。私にはそんな人いないので」


ちっとも羨ましそうじゃないじゃん。

むしろ軽蔑している感じすらする。

そう思うのはわたしが姉を色眼鏡で見ているからなのか、梨花の表情からは特段否定の色も肯定の色も分からない。


「そうだ、ねぇ、おねーちゃん。アクアパッツァって知ってる?昨日初めて食べたんだけど、すっごくおいしかったの」

「イタリアの料理ですね、、、、」


梨花は口ごもった。

ああ、そういうこと、別に気にしないのに。


「大丈夫、気にしないから言って、おねーちゃん」

「、、、はい。お父さんたちと旅行に行ったときに、食べました。小学生の頃ですけど」

「そっかぁ。なんかちょっと大人になった気がしたんだけどね、ダメだったか」


わたしはへらへらと笑う。

久々の姉妹の会話で、調子が分からない。

前はもっとまじめに話していたっけ?

それとも冗談まじり?

もうそんなことも分からなくなってしまった。


「そういえば、あのイタリアで食べたアクアパッツアを作ったのは、日本人のシェフでした。若くて、頑張っていて、とっても優しい人で、、、。」

「へー、おねーちゃんが人の話するの珍しいね」

「そんなことないですよ」


そんなことある。

姉は誰かに評価を下すことはしない。

優しいだの、かっこいいだの、嫌いだの、ウザいだの。

とにかく他人の話はしないのだ。

いつも冷静に、透徹して自分のことを内省している感がある。

その雰囲気が父に好かれる要因なんだろうなぁ。

別に好かれたい訳じゃないが、素直にすごいと思う。

わたしはいつもまわりのことばかり気にしている。

誰とつるんだら自分の評価が上がるか、誰がわたしのことを受け入れてくれるか。

そんなことばかりだ。

何かを頑張れば、そんな自分も変わるのだろうか。


何かって何だろう。

まぁ、高校に入ってからでいいだろう。


「じゃあ瑠花さん、ランニングに行ってきますね」


そう言っておねーちゃんはリビングから去っていった。

わたしは朝ごはんでも自分で作ってみようかと思った。






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