第9話 ニラと水仙は間違うな⑨

___アクアパッツァ。


イタリア南部の料理で、漁師飯が起源とされる魚料理。

味付けは基本塩のみ。

魚や貝類の出汁と塩、トマト、オリーブオイルのシンプルなマリアージュを楽しむ煮込み料理だ。


「食え」


俺の差し出した皿に、ルカとかいう少女は手が出なかった。


「せっかく作ってやったのに、いらねぇのか?」

「い、いや。どう食べたらいいのかわからなくて」


意外にも少女は素直に答えた。

ネイルされた爪がテーブルの上でお行儀よく並んでいる。


俺はスプーンとフォークで、まるごと1匹煮込まれた魚を骨を避けて取り分けた。

それからアサリとトマト、最後に煮汁をかける。


「食え」


俺の言葉に、少女は白身の魚を一口、口に運んだ。


「どうだ」

「、、、、おいしい、っ、!いろんな味がして、あったかくて、ほっとする」

「塩しか入ってないけどな」

「う、うそだ!馬鹿にしてんでしょ!そんなわけない、すごいたくさんのうま味があるもん!」


少女はそんなことを言いながらも、皿から目を離していない。

中学生にしては濃すぎる化粧の奥から、暖かい肌色が浮き上がってきているように見えた。


「うそではないよ、瑠花ちゃん。おそらく、キョーカはワインも使ってないし、ニンニクも使ってないね。本当に塩とオリーブオイルだけだ」

「それでこんなに、、、」

「こんなに、なんだ?」


俺は、いつになくはしゃいでいるようだった。

あんなに作りたくなかった料理。

でも、目の前でこんな反応されては、つい催促もしたくなる。


「もう!!おいしい!、、、、ネックレスなみの価値があるぐらいには、、、」


その言葉を聞いて、俺は満足した。

今後、俺が料理を誰かにふるまうことはないだろう。

最後が、こんな変な小娘、それもクリスマスの夜であるならば、それも悪くないと思った。

こんなに喜んでくれたなら、これを最後にしてもいいと、ようやく1年越しの決心がついた気がした。


「よし、なら俺は今度こそ帰るぞ、二度と会うことはないと思うが。カポも元気でな」

「キョーカ、もう店にはこないのかい?」

「ああ、そもそもここにいることが間違いなんだ。手伝いが欲しけりゃ、そいつでも雇えばいい、皿洗いくらいしてくれるさ」


カポは少し悲しそうな顔をしていたが、まぁいい。

なんとなく流れで5千200円__俺が以前の店で作ってきたアクアパッツァの値段は受け取れずじまいになりそうだが。

最初からカポは分かっていたのだ。俺がアクアパッツァを作るって。


「置き土産にキョーカ、なぜこの料理を作ったのか、教えてくれるかい?」


ほら来た。


「最後くらい、種明かししてくれてもいいだろう?」


少女は不思議な顔をして、2人を見やる。ただその口からは魚の骨が出ているが。


「だせぇから嫌だ」

「タダ飯さんざん食わせてやっただろう?」


それを言われると立場が弱い。


「ああああああ、くそ。いいか、この女を見ろ。まず目のところの化粧が崩れてる、泣いた証だ」


突如自分の話をされ、少女は驚いた顔をする。


「泣いたときは塩分だろ、だからアクアパッツァ、それに普通作るよりは少しだけ魚に多く塩を振っている。その方が旨く感じるだろうからな」

「それだけ?まだ1回の昼ご飯分だね」

「ちっ、あとはこいつおそらく魚好きだ。貝は知らんが、シャケだのネギトロだの言ってただろ。まぁ当たったかどうかは微妙なラインだがな」


そこで、少女は口を開く。


「確かに、魚は嫌いじゃない。むしろお肉よりは好き、、、です」

「それはよかったな!あとはきっと例えで出るくらいにはコンビニ飯ばっか食ってんだろうよ。だから強すぎる旨味ではなく、シンプルに抽出された魚とあさりの出汁がうまいと感じるはずだって思ったんだよ。俺もコンビニ飯ばっか食べてると、食い飽きてくる。あれは単純で強すぎる味のせいだ。だからシンプルで、でも深い味がでるものが良いと思ったんだよ」


俺は一息に言うと、今度こそ出口のドアノブを握った。


「いいや、まだだよキョーカ。なんでチダイを使ったんだい?真鯛もあったはずだ。なんせ昨日はクリスマスイブ。イタリアでは魚料理を食べる日だからね」

「え、これ鯛じゃないんですか?」

「鯛だけど、真鯛より安い、スーパーにもよく売っているチダイという魚だね」


カポがなんでこんなにしつこいのか、俺には全く分からなかった。

だけど、何か逆らえないような瞳の色がカポにはあった。

あれは悲しみなのか、憐憫なのか、いずれにせよ強い力があった。


「そもそも、俺はアクアパッツァはチダイ派だ。店では真鯛で出してたが。身が柔らかくて、水分量も丁度いい」

「そして?でしょう?」

「言ったって意味ねぇ」

「言わないと意味がないですよ。時には解説も良い調味料になります」


俺は恥ずかしくて、少女の顔が見れなかった。

ドアの外、すりガラスの先で舞う雪を見ながら言った。


「ありがたく聞け!人の家のことに口出すのは嫌いだがな!アクアパッツァではチダイの方がうめぇ。真鯛よりどんなに安くても、劣ってると思われても、それは俺の中で、俺の技術の中では間違いねぇんだ。姉より劣ってる?くだらねぇよ。それはお前の家の中だけの話だ。魚料理は刺身だけじゃねぇんだよ。自分で勝てねぇなら、周りを使え、環境を変えろ、死ぬ気で探すんだよ、自分が幸せになれる場所を、、、、!ああ、もう、くそが!!」


顔が真っ赤になっていくのを感じる。22にもなったのに、なんて恥ずかしいセリフを言ってんだ。

いつの間にか出口ではなく、振り返ってるし。どんだけ熱弁してんだよ、、、。


瑠花と言う少女は、一口、またチダイの身を口に入れ、その後アサリ、トマトと次々口に運んでいく。その手が、涙が、止まらない。

そして、食べながら、泣きながら、


「そもそも、、ぐぇ、、うう、、、なんで私に姉妹がいるって分かったんですか」

「そりゃ、、」

「言ってください、、、」


そりゃお前、


「そのベルト、いつもと使ってる穴がちげぇ。普段使われてる穴は、一つぶん小さい、お下がりだな」

「なななな!!!!」

「それに姉で同い年って言い方な、それは普通双子という。そう言わないってことは双子という事実が嫌か、それはまぁ複雑な家庭環境か、だ。お前がこうなるのもまぁ道理、幸せになれる場所を探せってのも酷な話か、かわいそうなチダイ。将来はホストの養分だろうなぁ」


瑠花の涙はどんどん引いて、かえって顔の赤みがどんどん増していく。


「わ、わ、わ、わたしは太ってないっ~~~~!それに成長したのかもしれないじゃん!」

「腕とかはがりがりだけどな、コンビニ飯ばっかり、1日1食とか食ってるから腹にたまるんだよ脂肪。ま、確かにお前が言うように成長して使う穴が変わったのかもしれないが、だけどそれにしてもキツそうだったしー」

「ぶっ殺す!!」


その言葉を背に、今後こそ俺は外に出た。

クリスマスももう終わる。

サンタクロースはさて、俺に何かくれたつもりなのだろうか。



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