第6話 ニラと水仙は間違うな⑥
「料理を、作ってくれ」
その言葉は、文字通り俺の頭を殴ったような衝撃があった。
強い言葉は、もう出なかった。
「カポ、5千200円は惜しいが、それはできねぇ。分かってんだろ。あんたが作ってくれ」
「僕はリンゴを潰したときに手を傷めてしまってね」
リンゴ潰したってどういう状況だよ。
そんなツッコミも言う気にならない。
吐き気を、めまいを、抑えるので精一杯だった。
「嫌だね、俺は、作らない」
ゆっくりと席に腰を下ろしたカポの膝の上に、ルカと呼ばれた女が当たり前かのように座る。
膝の上だ。幼稚園生でもあるまいに。
その異常な光景、しかし痛烈なほど、既視感がある。
『この子を、助けて』
『お門違いなのは分かってる。だけど、この子を、助けて』
にこやかな2つの笑顔。1人は母の腕の中で、この世の苦しみを知らない満面の笑顔。もう1人は母として、自分の最大限の武器である笑顔を、泣きながら使って。
吐き気が、めまいが、涙に変わる前に、俺はカポとルカの2人から目を逸らした。そしてごまかす様に、
「1品だけ、そして今回だけだ。クリスマスだからな」
俺がそう言うと、ルカはあっけらかんと、そして偉そうに
「じゃあ、ネックレスの代わりだね、それ相応のをお願いね」
と言った。
満面の、美しい笑顔で。
「生意気すぎんだよ。お前」
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「料理を作る前に、1つだけ質問していいか?」
俺はカポの膝の上で溶けているルカに聞く。
まじで気持ち悪い絵面だ。
「いいですよぉー」
「お前、姉か妹がいるな?」
「え!?なんで分かるんですか?」
「なんとなくだ」
姉妹と聞いて、ルカの顔が少し曇る。
「そして、その姉か妹は、たとえばお前より美人だったり、お前より運動ができたり、勉強ができたりするな?」
「、、、、そう。同い年の、姉がいる」
「それが聞ければ十分だ。あ、あとアレルギーはないな?」
「質問2つ目、でもないよ」
ルカは、また最初に会ったときのような警戒心でもって回答していた。
俺がキッチンに立った背後で、
「なにあれこわーい、メンタルダイブされたぁ」
と、ルカはカポにしな垂れかかり、白い髭を指でくるくるして遊んでいる。
俺は一つ、大きな深呼吸をする。
ここにあの男はいない。
自分の料理を、作ればいい。
ブランクなんて1年しかない。
作る料理は、すでに決まっている。
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