第5話 ニラと水仙は間違うな⑤
『初老独身イタリア人シェフがタバコを買いに行ったらJCを救うことになった件』
要約するとそれで。
きっとここから先のストーリーはあれだ。
警察が来て終わりだ。
「だーかーら、家の電話番号教えろ」
「・・・・・・・」
「スマホはどこだ」
「・・・・・・・」
「なんでこんな飲み屋街に!こんな遅くに!お前みたいなしょんべんがいんだよ」
「・・・・・・・」
俺は客席のテーブルに座っている女子中学生に上から怒鳴る。
「なんか言えや!」
と、テーブルを叩くと、その少女はスープでも口に流し込むように、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、悪さがバレた人間のよくする、反省する素振りや、どんな言葉を使えば自分に有利になるか、を必死に考えている色の瞳ではなかった。
怯えつつ、反抗的で、それでいて期待や
こういう女は飲み屋街にいればよく見かける。
己では逃げつつ、それでいて相手を誘うような雰囲気を持つ女。
一番関わっちゃいけないタイプだ。
要するに、自己肯定感の低い、地雷女。
見た目は綺麗系な服装だが、所詮掃いて捨てるほどいるクソな女。
そんな少女が何を見たのか、急にぱっと顔を明るくして、がたがたと立ち上がった。
意外にも背丈は結構あって、少し
170はあるか?中学生にしてはでかいな、、、。
そんな呑気なことを考えていると、少女の真っ白な手がさらにこっちに伸びてくる。
「そのネックレス、有名なブランドの星座のやつですよね!」
俺は拍子抜けしてしまった。
「あ!?そんなの今関係ねぇだろ」
「やぎ座ですよね、私も1月生まれなのでそれください、もうすぐ誕生日なんで」
さっきまでのチワワのような小型犬の様相はどこへやら。
堂々と物乞いを始めやがった。
「なんでお前にあげなきゃなんねぇんだよ」
「だってー、おじさん浮浪者っぽいし、坊主頭だし、全然似合ってないじゃん」
「てめぇな、、、!」
口調まで、急にギアを上げてきやがった。
「そんなハイブラ、似合わないっすよ、だからぴちぴちのわたしがつけてあげます」
「いやだね、俺からにじみ出るハイソな雰囲気がわかんないやつにはやらねぇ」
「ハイソ、、、?ハイソ、、、、敗訴!!ばばん!!あなたは敗訴したので、わたしに罰金としてネックレスを与えること!」
「今時のやつはハイソしらないのか、、、というか、あげるとしたらクリスマスプレゼントでいいじゃねぇか。まぁあげねぇが」
「あ、、、、そう、、、っすよねぇ、、、、。クリプリ!」
2人でわーきゃーしていると、料理長が着替えて戻ってきた。
「おいカポ、警察だ警察。ラチあかねぇ」
「マウさん、この人ひどいんですぅテーブル叩いて脅すんですぅ」
「マウさんだって?」
少女はカポの姿を見るなりその胸にダイブして行った。
そのふくよかな老人に包まれて少女には見えていないだろうが、マウリツィオは腰を抑えて苦悶の表情をしている。
それはそうだ。いかに細くとも、170はある女だ。
「まぁまぁキョーカ、そんなすぐに突き出さんでもいいじゃないか」
「突き出すなんてひどいよぉ、マウさん、ここにいさせて♡」
「おお、いくらでもいたまえ。なんなら明日からバイトしちゃう?」
「しちゃう♡しちゃう♡」
本当に年の差ラブコメでも始まりそうな雰囲気だ。
往々にして、自己肯定感の低い地雷女は年上好きだ。
そして褒美の言葉を貰うだけ貰って、養分にしてさっと去っていくのだ。
刺激が足りない。生理的に受け入れられなくなったとか言って。
そして次の男には、前の男がいかにダメだったかを訴えるのだ。
そうすると男は馬鹿だから、「俺はそいつとは違うぜ、これまでかわいそうだったな」と、相手の術中にはまり、恋愛のイニシアチブを取られるのだ。
「そんなことするなら、前の彼氏と一緒じゃん」と。
あーあ、やだね。
やっぱ女は自立して自信のある、筋の通った女が至高だ。
「ねぇマウさん、あの浮浪者なにずっとぶつぶつ言ってるの?きもちわるーい」
「男には、いろいろあるんだよ、瑠花ちゃん」
くそうぜぇ。
「カポ、俺は帰る。あとはよろしく」
「キョーカ、すまんがもう1個だけ頼まれてくれるか?」
「あ?そもそも今日だって特別手伝いに来たんだ、もう無理、皿洗いすぎて疲れたわ」
「頼むよぉ、そうだな、、5千200円でどうだ?」
「金くれんのか!?ならやるぜ、やらせてくれ!でもなんだその端数は」
俺は金にめっぽう弱い。
いや、金に弱くない人間などいない。
仮に「5千円程度でそんな媚びへつらうの?」という目で女子中学生に見られたとしても。
「やっぱ浮浪者じゃん。金ない男って価値ないよね、シャケおにぎりと、ネギトロ巻がないコンビニぐらい価値ない」
口は目より辛辣であった。それによく分からない例えだ。
「でも待て、5千200円?200円、、、、カポ、、、おまえ、、、」
「そうだ、この子に何か食べ物を作ってやってくれ」
その言葉は、俺が仙台に戻ってから1度たりともカポが言わなかった言葉だ。
「料理を、作ってくれ」
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