第3話 ニラと水仙は間違うな③

「ノンノ?雑誌?」

「おい、外国人デブ、なんか文句あんのかよ」


水口瑠花みずぐちるかが顔を上げたとき、そこにいたのは確かに外国人らしい見た目の、太ったおじいちゃんだった。


「ノンナ、おばあちゃんって意味ですよ」


青果店のリンゴを検見けみしながら、初老の男は諭すように言う。


「そんなこたぁどうでもいいんだよ」

「そうだぜ、ここは日本だ、ほらゴーにいったらGO!!だぜ」

「どこに行く気だよ、郷に入っては郷に従えでしょ」


ヤンキーの集団の中では女はまだまともらしい。


「ほほう、活きのいい若者たちですねぇ」


外国人の男が振り返ったとき、場がまさに寒空の下、シンと凍てついた。

無料案内所の軽快な音楽があたりに響く。


男はキャナダグースのダウンジャケットの下、場違いなエプロンを身に着けていた。

その真っ白なエプロンは、真っ赤に___まさに返り血のようにぬるぬると照っていた。


「ひっ!!!」


頭の回転が速いであろう、集団の中の女がまず悲鳴を上げた。

エプロンを着ているのであるから、それは血ではあるかもしれないが、人間のものではない。そう冷静に思えたのは、男の威嚇が自分に向いていないからだ、と瑠花はその光景をしゃがみつつぼぉっと眺めていた。


返り血だと早とちりしてしまうには十分なほど、そのブルーの瞳は冷徹に見えた。

そして、である。

その血のぬめりとエプロンの一般的な関係性にヤンキーたちが気づき、落ち着きを取り戻す直前。


「ふんっっ!!!!」


持っていたリンゴがあっけなく破裂した。

瑠花の鼻に、リンゴの爽やか香りが駆けた。


返り血は誤解である。

しかし、今、目の前でリンゴが破裂したのは事実だ。


「、、、、、ボブ・サップって今の若者は知っているのかね?」


外国人の男が、へらへら笑ってヤンキー集団に近づいていくのが早いか、彼らは捨て台詞もなくクリスマスの夜に走って消えていった。

彼らにとって、わたしの価値など、リンゴを潰す1人の男に立ち向かうほどではなかったのだ。

こんなことで自己肯定感が下がるのもまったく迷惑な話だ。


「娘さん、まずはうちの店に来なさいな。手当してあげよう」


そう言って、男はひょいっとわたしを背に担いだ。

抵抗する気も起きないような、優しい、包み込むような声。

それにふわっと香ったにんにくや香草の匂いが変に心地よかった。


「すぐそこなんだ」


そう言って歩きだそうとしたとき、


「マウリツィオ!!てめぇリンゴ代払いな!!!」


男よりもよっぽど威圧感のある声で、青果店の女店主が叫んだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る